ま、忘れたのがノートPCとかじゃなくコーヒー豆でよかった?
来年もこんなオチャラケをよろしく~!
神戸 って恋人達が似合う街です、ホント。
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ところで
皆さんはこの時期、年賀状の作成に追われてらっしゃいませんか?
私は5年ほど前から自分勝手な理由で年賀状を出さないことにしました。
不義理極まりない!とご批判もありましょうが、いいんです私の場合。
なんたって名前がオチャラケですもん。^_^;
面白いことに、出さないでいるとだんだんと届く年賀状も減ってきました。(あたりまえか・・・)
それでも私に年賀状下さる方々、ありがとう。
先輩(本物を見分ける鋭い嗅覚を持っている)が「甲府」に行かれたようです。
「甲府」ってどこだかわかります?
お土産に旅のレポートを送って下さいました。
私一人でいただくのはもったいないので皆様にお裾分けです。
(ご本人には転載了承済み)
甲府
甲府に行った。2006年11月2日(土)~3日(日)。ブラウン大学同窓会。22年前に文部省から中堅英語教員海外派遣団として米国のブラウン大学に派遣された25名が帰国後2年ごとに開催している同窓会。全国各地から集まったものが順次幹事をするので、日本中にいける。今年は山梨県の人が幹事。よって、甲府、と相成った。総勢9名(直前に流行の風邪にかかって1名ダウン。二桁達成ならず)。もうすでに2名が他界している。
甲府って?
甲州はぶどうの産地。甲州ワインが有名。他には?かかあ天下と空っ風。山梨県ってどこにあるの?余りなじみが無い。幹事が送ってきてくれたパンフレットを見ると、「宝石の町甲府」とある。水晶が特産物だとか。「おや。印伝細工の本場。印伝堂本店がある。印伝は山梨県なんだ。飛騨だと思っていた。」と楽しみが増す。
甲府は関東だ。
前日にインターネットで甲府のピンポイント天気情報を見る。関東に山梨県を発見する。「なんと、甲府は関東圏なんだ。」と感動する。もう少し西のほうにあるのかと思っていた。世界の地理も日本の地理も、とんと苦手。先日も同僚が「津」に出張するとかで職場で盛り上がっていた。私の質問「津ってどこにあるの?三重県ってどこ?」愛知の手前だと丁寧に教えてくれた人が居た。
甲府は東京が近い。
新神戸から名古屋、塩尻経由で甲府へ。特急を乗り継いで行く。途中中央線に入ると両側の山がかすみに覆われたようだ。葉っぱの落ちた小枝がかすみのように見える。2週間前だったら紅葉がすばらしかっただろうな、と思いつつ熟睡する。塩尻から「あずさ22号」で甲府へ。「あずさ2号がダブルである。」なんて勝手な感想。甲府に近づき、車内放送「次は甲府、甲府。甲府の次は八王子。」「八王子!東京じゃんか!」思わず叫んだ。新幹線で東京まで行って、新宿から特急のほうがずっと楽だったのでは。と思う。やはり甲府は関東でした。
甲府は暖か。
姉からのメール。「甲府は寒いよ」。そのとおり、と、冬の服装(冬用の股引を今年初めてはき、とっくりのセーターの下に一枚長袖を着込む)で完全武装。塩尻のホームでの列車待ちはとても寒かった。「これ以上進んだら、きっと、もっと寒いだろう。準備万端、大丈夫」と甲府へ。なんと、暖かい。少し厚着し過ぎた感じ。後で幹事に訊くと、曰く「甲府は盆地ですから日中は暖かです。名物の空っ風が吹かなければね。今年は八ヶ岳を越えてくる風が余り吹きません。」とのこと。甲府は暖かでした。
印伝堂
15時甲府着。翌日はみんなと行動するから。と、なにはともあれ印伝堂に直行。当たり前だが、印伝細工が一杯。ゆっくりと店の中を巡回すること一時間。途中で姉と妹に携帯で電話をして注文を聞きながら買い物をする。良質のものを久しぶりにゆっくり見たので気分がすっきりした。7点ほど買って値段が予想以上に安かったので大満足。買い換えなければと思っていた小銭入れも買えてすこぶる満足でした。定番の鹿皮に漆を載せたもの以外に、麦わらで鹿皮を薫襄しただけのものもあった。買わなかったけれど、温かみあふれるもので、次には購入しようと思った。店の中が暑いほど暖房しているのが難点だった。
宴会
古名屋ホテルで宴会。こじんまりとした清潔なホテル。最近リニューアルしたとか。温泉もあってゆったり出来た。料理も美味しく、酒もいけるし、宴会は22年の時をタイムスリップして大いに盛り上がる。65歳以上の完全定年組、60歳以上の定年直後組、60歳以下の定年まだ組、と、それぞれに生活パターンがあって話の内容もバラエティーに富む。健康の話から教育の話まで。やはり、英語教師から脱却できないけれど、これが又面白い。2次会は幹事の部屋で甲州のぶどう酒。甲州では昔からぶどう酒は飲んでいたそうで、「ワイン」なんて洒落た名前は似合わない。やはり一升瓶のぶどう酒だ。とか。赤白二本の一升瓶を回してここでも話しに花が咲く。25名中で一番若手だった人の家に電話までしてしまって、若い頃に戻ったようだった。2次会の後、若い方から3名(私は若い方から3番目です)で街に。寒さと飲みすぎた日本酒のせいか、一番若いのが途中でリタイヤ。私より2倍偉い人と二人でカラオケに行って少し歌を歌いました。この人は本当に私の2倍偉いのです。名前がSで大学も、私と同じ大学の学士号を二つ(理学部と文学部のを)持っているのです。私は文学部だけ。アルコールも大半抜けたところで、日付変更線直前にホテルに帰り着き、よく寝ました。次回は2年後、夏に青森でネブタ祭りと重ねて開催と決定。いまから楽しみ。
2日目
芸術
県立美術館と県立文学館を訪問。美術館では所蔵のミレーの常設展を堪能。人が少なく、「種まく人」や「落穂ひろい」をゆっくりと眺められました。どちらにも版画があるとは初めて知りました。「落穂ひろい」も数点、同じ構図のものがあるとか。バルビゾン派の絵画をゆっくりと鑑賞しました。文学館では、太宰治や芥川龍之介などに出会い、高尚な午前の旅でした。
お土産
文学館の喫茶店で「月の雫」という生のブドウを砂糖でくるんだ物と、県のお菓子と銘打った、干し柿の種を抜いて白アンを詰め、外側を牛皮?で覆った、「コロ柿」というお菓子を職場へのお土産に購入。大好評でした。前者は口の中で生のブドウに出会う新鮮なショックを後者は美味しさを味わえました。狙い通りの反響だったので大満足です。
ほうとう鍋
甲府の名物料理は「ほうとう鍋」。お昼はこれに決まり。味噌煮込みうどんのうどんの代わりに、小麦粉を薄く延ばして切ったものを入れた料理です。これが結構美味。南京ほうとう、を食べたのですが、幹事の方のお話。「むかしは食事と言えば、ほうとう、でした。貧しい地方なので、食材を余さず利用できる生活の知恵でしょう。あるものを、大根の尻尾でも、放り込んで、米は高価だから、小麦粉で代用して、ぐつぐつ煮ます。大きな鍋にほうとうが出来て、皆で茶碗にすくって食べます。会話が弾む食事でしたよ。あまったら、次の朝も、少し糊のようになって粘りが出たものが、食卓にでました。」とのこと。武田信玄考案とか。そういえば、甲州は武田領でした。来年のNHK大河ドラマは武田信玄だそうです。
たっぷりとくつろいだ二日間。甲州はいいところだ、と、楽しい思い出を一杯にして神戸に帰ってきました。
神戸が一番寒い
新神戸に6時に到着。駅に降りると、すごい冷え込み。思わず「甲州よりも塩尻よりも、神戸が一番寒い!」
消せないし、位置も動かせない。
無料でブログ機能を使わせてもらってるんだから
ガマンしなくちゃいけないのは承知してるんだけど・・・。
やっぱり
広告を見てしまう。
悔しいしうっとおしい。(-_-;)
出雲 出西窯
訪れた日はちょうど運良く窯焼きの日。
間近で見せてもらえました。
熱いっ!!・・・なんたって窯の中は1000℃近い超高温。
危ないっ!!・・・窯口から噴出す炎に向かって薪を投げ込みます。
汗だくっ!!・・・煤のせいで黒い汗がしたたり落ちます。
作陶って小手先だけの創作活動ではありませんでしたね。
今頃ナニ言ってんだ、とお叱りを受けそうですが、まさに肉体労働のなにものでもありません。
「素朴で健康な器、暮らしの道具として使ってもらえる器」
これが現在20名足らずのスタッフで守るこの窯の目指すところだそうです。
これぞシンプルモダン!
呉須釉・白釉・飴釉・鉄釉とバラエティーに富んでいるのも共同窯ならではの良さでしょう。
出雲 舩木窯
五代舩木研児さんの器に魅かれて訪れました。
でも研児さんはもう土を触れない体になっておられて、息子さんが跡を継いでらっしゃいました。
若き日に英国まで渡り、バーナードリーチの窯でスリップウェアの技法を研修された舩木研児さんの松江のお宅には、民芸運動の錚々たる提唱者、柳宗悦・浜田庄司・河合寛次郎らとの交流の軌跡がくっきりと残されています。
奥様に「バーナードリーチが滞在していた部屋です。裸電球のままでお恥ずかしいですが・・・。」と通していただいた和室には研児さんの作品が並んでいました。
もう再び生み出されることのない作品なんだ・・・と感慨深く、そして寂しく、しばしこの部屋で佇んでしまいました。
その後、案内していただいた各国の大使が訪れたという洋間には大きな窓がありました。
その窓から見える宍道湖は一枚の絵のようで、この土地への主の愛着の深さを感じました。
出雲に根ざして産み出された柔らかな光沢の黄釉の深い色合いを息子さんが再現してくれることを期待しています。