30歳で転職して、新しい仕事が合わず退職。無職になりました。
(今は、30代後半アラフォーです。再就職して、働いてます)
無職になるまでの私は、本当にお金に無頓着でした。
お金に無頓着だったエピソード
給料関係
- 自分の年収が、いくらかわかってない
- 基本給や手当が、いくらかわかってない
- 年次とともにいくら昇給しているのか、わかってない
- 転職によって年収が下がっていたことに、転職先を辞めた後に気がつく
家計関係
- 生活するのにいくら使ってるか、わかってない
- どの銀行にどれくらいお金があるのか、貯金額をわかってない
「仕事って、お金をもらうためにやってるんだよね…?」と、自分を疑いたくなるほど、お金に目を向けていませんでした。
私が育った家庭環境
私がお金に無頓着だったのは、育った家庭環境が影響していると思います。
父親 サラリーマン→独立して自営業
母親 専業主婦
父親は、サラリーマン時代の勤め先を聞くに高給取りです。それでも、さらにお金を稼ぎたかったようで、私が小学校の頃に独立。
最初はうまくいっており、裕福な暮らしをしていました。
でも、私が高校から大学くらいの頃は、経営難でかなり悲惨な状況でした。
貯金が底を尽きている状態で、毎月決まった日にお金が入ってこない。
これは、とてつもない恐怖です。
支払いの目処が立たないのに、日々の生活にはお金がかかり、あらゆる請求は止まらない。
お金のことで喧嘩したり、父の悪口を言う母親をたくさん見てきました。
父の事業は、私が大学後半くらいに少し立て直しましたが、私の両親への信頼はもうありません。
裕福からのどん底、という流れだったので、「お金がある状態は、長くは続かない」という価値観が、子ども時代にすりこまれてしまいました。
お金に無頓着ではなく、逃げていただけ
私が新卒で就職した会社は大企業で、後から振り返ると給料も良い方でした。
でも、「お金がある状態は、長くは続かない」という価値観をもつ私は、「この状況も、長くは続かないだろう」と思っており、いつか自分はどん底に落ちるような不安がありました。
それなら、貯金をして備えればいいのだけど、当時の私はどん底になるのがこわくて、「くさいものには蓋をする」精神。
当時の私にとって、「くさいもの=お金」です。ずっとお金について、見て見ぬふりしていました。
だから、私はお金に無頓着なのではなく、お金から逃げていたのだと思います。
お金と向き合うとは
ジェットコースターのような不安定な家庭環境で育ち、「次は何が起きるのか」と臆病になっていて、長年、現実を見る勇気をもつことができませんでした。
でも、大人になってからの現実は、なんの問題もなかったんです。
(もっと言えば、子どもの頃もなんとかなったから今があります。本当に苦しかったけど)
そのことにも気がつかないくらい、私は30過ぎまでお金から逃げ続けていました。
できるだけ安定した経済状態・家庭環境、これに越したことはありません。
でも、生きてたらいろんな変化があります。
ずっと一定というのは、とても難しいことですよね。
父の会社だって、今なら良いときもそうでないときもあって当然だとわかりますし、専業主婦だった母がどれだけつらかったかも想像できるようになりました。
(それに振り回される子どもは大変ですが)
だから、備える。
お金があるときには貯めて、足りないときには辛抱しながら、また増やせるようにがんばる。
今は、お金と向き合うとは「お金の出入りを把握し、見通しをもつこと」なのでは、と思うようになりました。
両親は、あればあるだけ使ってしまっていました。お金と向き合えていなかったのだと思います。そんな姿を見て育った私も、お金と向き合えなかった。
手遅れになる前に、そのことに気がつけたので、自分の子どもたちにはお金と向き合う姿勢を見せられたらな、と思います。
私がお金と向き合えるようになって、まだ数年です。
「お金の出入りを把握して見通しをもつこと」は、手間もかかるし勉強も必要で、簡単なことではないなと思います。
でも私は、子どもたちをできるだけ穏やかな環境で育ててあげたいです。だから、これからもお金と向き合っていきたいな、と思います。