オーディブルで聴きました。

 

簡単に説明すると因果譚です。沖縄で退魔師の修行を積んだプロデューサーのイトウレイジ。彼が体験したにわかには信じられない「呪い」の話。ひとに恨まれるようなことをしたら強烈に呪われましたって話。

 

怪談というより、どちらかというとホラー的。体験者のイトウさんは、この体験を映画にしようとしていたらしいです。体験者たちがよくこの経験を映画にしようとしたなと思わなくもないけど、確かに映画向き。かなり具体的に話はすすんでいたようで、中山さんは映画決定のパーティーに出席しています。そこには配給元になるはずだった映画会社のプロデューサーや俳優など業界人が多く出席していたようです。

 

退魔師で思い出したのが、『市朗怪全集 一』に収録されている「阿闍梨のお札」という話。ここにも退魔師が登場します。もしかしたらこの話も退魔師・イトウさんの体験談かもしれないですね。

 

わたしは中山さんは本当に話を集めているひとだと思っているんです。だから退魔師のイトウさんは存在しているんだろうと思って聴きました。彼が話したことすべてが本当にあったのかは分かりませんけど……。

 

というのも、話の展開が(いろいろ端折ったり、わかりやすくしているのかもしれないし、こういうことが続くのが怪奇現象のなせるワザなのかもしれないけれど)いわゆる「御都合主義」ですすみます。例えば行方不明になったひとが、たまたま、イトウさんのよく知っている場所(しかも一般のひとには知られていない、行方不明者にもゆかりのない場所)で見つかったり、それも、たまたま、イトウさんとおなじ場所に居合わせたひとの会話を、たまたま、聴いたことからわかったり。いろいろなことが「たまたま」で誘導されていくのです。

 

それはそれとして、わたしが興味を持ったのはイトウさんが話したことより、イトウさん本人のこと。

 

霊的なことを解決するひとというのは、大まかにふたつのタイプに分けられると思っているんです。

 

ひとつは、一般的な現実とは別の「世界」を持っていて、一般的な現実では処理できないことを、その別の「世界」にぶち込んで解決するタイプ。

 

もうひとつは、全体を見渡して、そのときの状況やひとに合わせて、さまざまな方法(「世界観」や「方便」など)を利用して解決するタイプ。

 

簡単にいうと、足を下ろしているのが「限定的な世界」か「全体」か。ココで引用した呪術師ドン・ファンの言葉を借りると「タマネギの皮」か「タマネギ」か。

 

イトウさんはもともと「呪い」とか「霊」とかを信じていません。「霊はいると思うからいる。心の持ちよう」みたいなことを話しています。

 

この発言を聴くと後者よりのタイプに思えるんですけど、そうじゃないようなんです。この件に関わってから「呪い」や「霊」を信じるようになります。前者タイプなら「自分の世界」をがっちり固めて入り込んでいないと霊能者としての力は弱いだろうと思うのです。

 

イトウさんはこの件に関わって七年目で、被害者たちが、ある意味加害者も、というか憑代になっているひとも、しっちゃかめっちゃかになってから、ようやくお清めをします。そのときこう話しているんです。

 

水晶玉はなかに気を蓄えてコントロールするものだと "されている"。

 

お経のリズムの波動が除霊に効くと "されている" 。

 

高野山や比叡山の高僧たちが何も出来なかった案件だそうです。イトウさんはなにも起きていない状態から関わっていながら、このようなとんでもない状態になっているのに、頼まれるとはいえ、なぜひとりでこの件に関わろうとするのだろうと単純に疑問に感じてしまいました。

 

イトウさんは琉球金剛院というところで修行していてちゃんとお師匠さんもいるのです。お師匠さんからお清めの道具を借りています。そのときにこの件のことを話したとしたら、お師匠さんは弟子の力をわかっているはずなので、なにかしらのアドバイスがあると思うのですよ。

 

この話でもそうですし「阿闍梨のお札」(『市朗怪全集1』)でもそうなんですけど、イトウさんは "霊" からまともに影響を受けています。作品になったのがたまたまそういう話なだけで、たくさんの相談を解決されてきたんだろうと思いますけども……。

 

どういうことにしても、すごい話です。

 

* 

 

この話には雲水がちらっと登場します。呪われている(とされる)家のまえに立ち、「この家は黒い。死人が焼け焦げた匂いがする」とその家の住人に話して立ち去っています(怪談には時々こういうお坊さんが登場しますね)。このエピソードが実際にあったとしたなら、わざわざひとを不安にさせるようなことをいう禅僧は本当に存在していて、それは本当に禅僧なんですかね。

 

不安を植え付けてどうするのよ。吹き飛ばすのが禅僧でしょうよ。

 

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どこからか、これは怪談ですよ……と、引き気味の声が聞こえてきそうな気もしますけど、実話怪談ですし、そこにのっかって楽しむのが、わたしは好きなのですよ。