【長文】嫌われ剛の生涯[6]〜[10] | オカハセのブログ

オカハセのブログ

ブログの説明を入力します。


[6]吹く楽器がない
それから何年かすると剛は順也のライブに突然顔を出した。剛は順也の顔も見ずに気まずそうに端の席に座った。順也にはすぐに気がついたがステージが始まっていたので一旦演奏に集中した。ワンステージ目が終わると順也は剛のところに行き「剛さん、今までどこにいたんですか?」
剛「まあ…いろいろとなぁ…」
順也「まあ…ステージ終わったら呑みながら話しましょう。今日は俺がリーダーだから2ステージ目は一緒にやらない?」
「うん…いや、もう3ヶ月は吹いてない。て言うか…またテナーを床に叩きつけて壊してしまったよ…」
「なんでまた…ホント懲りない人ですね!」
「うん…まったくその通りだ…」
順也は剛が食ってかかってくるかと思いきや、気弱になってる剛に拍子抜けした。2ステージ目が終わり順也は半分強引に剛を隣の店に呑みに誘った。
剛「もう俺は多分無理だろうと。何十年も同じところをグルグル回って何も変わってない。変わったといえば、自分の音楽に自信がなくなったことだ。こうやって終わっていくのだろう…」
順也は何か言おうとしたが、今の剛には何を言っても傷付けるし、下手をするとまたケンカになると思い相槌だけを打った。
「わかってるよ、お前が俺を励まそうという気持ちがある事は… 最近ようやくそういうことに少しだけ気づけるようになって来た」と剛は言って力無く笑った。
順也「今、何処に住んでるんですか?」
剛「また、生活保護課に泣きついた。最初は断られたけど、何日も野宿していてスーパーやコンビニから拾って来たものを食べてしのいでいるということがわかると仕方が無さそうに申請の手続きをしてくれたよ」
順也「スーパーから拾って来た…って。それは世の中では万○きというんですよ…」と呆れて言った。
剛「もう別に捕まったっていいけどな、今更…」
順也は剛の話を無視して言った「また顔をみせてくださいよ楽器を貸せる人間がいるかを俺も探してみる」
「楽器を使う人間が俺だとわかったら安物でも貸さないだろうけどな」
しかし剛はそれから顔を出さなかった。順也は楽器を貸せる後輩を見つけたが剛とは連絡が取れなかった。住んでるところを剛は言わなかったから… 人づてに聞いてやっと住んでる場所をみつけて訪ねに行ったが剛は留守だった。大家さんらしき人が順也を気にしていたので「ここの住人は最近どうしてるかわかりますか?」と訊くと「ああ、ここの人は半月くらい前に救急車で運ばれて入院したみたいだね」と言った。


[7]完全復帰
剛が救急車で運ばれた原因は【処方薬の過剰摂取】だった。順也が剛のアパートを訪ねる1週間前の出来事だった。薬を飲んだあと朦朧として剛自身知らないうちに外に出て近くの公園のベンチで昏睡状態になった。たまたま大家が通りかかった時に「様子が少し変だ」と思い声をかけても揺すってもビクともしないので救急車を呼んだらしい。
大家「全く人騒がせだよ…家賃も1ヶ月ずつ滞納してるしね」
順也「そうなんですね…」
「剛さん、死のうとしたんですか?」順也は剛に訊いた。
剛「最初はそんなつもりなかったんだけど酒呑みながらいろいろ考えてるうちに発作的に…  もう何やっても同じところをぐるぐる回ってるし、人にも迷惑をかける。俺はいないほうがマシかなっと思ったんだ…」
「…   ここはいつまで居るんですか?」
「もう体調は回復しているんだけど精神科の入院っていうのは長いからあと3週間後くらいに退院だ」
「2ヶ月後にライブやりますよ!ここは前に入院した時にサックス練習を治療の一環にしてくれたでしょ?楽器は借りて今日持ってきましたよ。気に入らないかもしれないけど…」
「よく借りられたなぁ。俺に貸すって言ったんだろうな?」
「もちろん言った。剛さんのファンの後輩がいるんですよ」
「俺のファン!珍しいかわいそうな奴だな(笑)」
「なにを言うんですか(笑)」
「サックス貸してくれてありがとうって伝えておいてくれ。順也もありがとうな」
主治医の許可がおりて剛はその日から毎日4時間ずつ病院内の音楽室を使ってサックスを吹くことが治療の一環となった。退院してからもデイケアに通いそのうちの一定時間を音楽室を借りられる様に主治医が調節してくれた。主治医は院長だったのでそういう調節ができた。
順也がリーダーのライブは成功に終わった。
剛「今度こそバリバリ活動するぞ、今までごめんな」と打ち上げで言った。
順也「もうダメですよ〜バックれたりしたら〜今はそのサックス借り物なんだから忘れないようにね(笑)」
「うん」
順也は考えた。剛がよからぬネガティヴな思考に走らない様に月に最低1回づつはライブができる様にスケジュールを組んだ。そのせいもあって剛は精神的にも前向きになっていきサックスの音も更に良くなってきた。
ライブハウスの客「おい順也君よ、彼は初めて聴くテナーだなぁ。どっから来た人だい?」
順也「ハハハ(笑)彼は昔からこの街にいますよ(笑)」
客「そうなの?初めて聴くなぁ…もっと活躍しても良さそうなのにな…」」
順也「彼は破滅型だから(笑)彼の相手出来るのは僕くらいですよ(笑)」
客「そうなのかぁ、順也君も大変だな(笑)彼も大変なんだろうけど…」
順也「いや〜大変ですよ、時々ブン殴りたくなります(笑)。最近はおとなしいから相手にしてます(笑)やべえ!剛さん来た(笑)」
とにかく順也は剛が完全復帰して安心した。剛自身も「俺はようやく活動を軌道に乗せることが出来た。それもこれも順也のおかげだ」と、心から順也に感謝して意欲的に演奏活動を続けた。「剛さんはもう大丈夫かもしれない」と順也は思った。「出来るだけ俺が剛さんに注意を払っていれば大丈夫だ」そう確信した。
一年後、剛と順也のバンドはこの街で少しずつ有名になり色々なところから呼んでもらうまでになっていた。


[8]破滅したくない
剛は破滅衝動も起こさず、安定した活動は起動に乗って来ていた。少しずつ剛の名前はこの街のジャズファンにも知れ渡って来ている。気付けば月に少なくても7回、多い時では15〜6回ライブをするようになっていた。順也のバンドだけではなく、単発的に色々と誘いが来るようになって行った。しかし剛は安定した状態を保つために、相当な気を張っていた。再び破滅衝動を起こせば多くの人をガッカリさせるし迷惑もかける。そして自分自身が後悔することもわかりきっている。そして演奏の瞬発力を著しく阻害する抗うつ剤や安定剤や眠剤等の精神科の処方薬から手を切った。その離脱症状を抑える為に最初のうちはロック系の知り合いから工面してもらっていたグラスにも、やがて手を出さなくなった。処方薬の離脱症状は無くなったが、それに取って代わりまた五感や感受性が敏感な状態に戻った分、破滅衝動を起こしやすいリスクが増えた。剛にとっては破滅衝動を抑えるのは大変なことだった。だから今度は酒の量がどんどんと増えて行った。元々内臓が丈夫ではないので自分は長くは持たないかも知れないとわかっていながらも、なんとかギリギリのところで自分を保っていた。順也はそれに関しては剛を心配こそはするがあまり責めることはしなかった。音楽をなんとか続けるために剛なりに頑張っていることが順也には手に取るように分かっているからだ。周りのジャズメンは「剛のヤツは酒ばかり飲んでしょうがねえな」という中で、順也は。
「酒飲んで身体を壊すのは俺たちではないんです、剛さんだ。彼は呑んだくれと呆れられたって、破滅衝動で周りをガッカリさせたり迷惑かけるよりは随分マシだと思って頑張っているんですよ。呑んだくれるのだっで破滅衝動には違いないけど、以前のようにドタキャンしたり、急にいなくなったり、理不尽な口喧嘩を売ったりするような破滅衝動に行かないために頑張っているんですよ」
「なんで呑んだくれないとそんなことになるんだよ(笑)」
「それが彼の症状だから。それが彼の抱える問題だからです。俺にだって理解は出来ないです。でもそういう病気なんだと思わざるを得ないんですよ」
「順也は誰よりも剛を知ってるからな… 確かにそうなのかもしれないな」
周りのジャズメンは順也の言葉を通してやっと剛の【問題】を理解した。だが理解したからと言っても剛に優しくする連中は殆どいなかった。剛もこの頃になるとそれは【当たり前のことだ】と考えることができるようになった。今はとにかく順也を裏切らないことだけを頑張っていた。
ある晩のライブ前、立ちくらみが酷かった。少し楽屋で仮眠を取ってからステージに挑んだ。順也も心配する中で1ステージ目は何とかこなした。しかし2ステージ目になると調子がどうも出てこない。今ひとつな内容のステージを終えて「軽く飲んでから帰って早く休もう」
「順也、ごめんな。どうしても調子が出なかったんだ」
「俺が力不足だからです」
「何を言ってるんだよ、順也のせいじゃないよ」
剛は力なく言った。
ウイスキーをロックで一杯だけ飲み、そして帰ろうと席を立った瞬間気を失って倒れ、剛は救急車で運ばれた。


[9]再び入院
検査の結果、末期の肝臓ガンだった。剛の身体は破滅的な日々の過剰なアルコールの摂取や抗鬱剤などの影響でぼろぼろだったのだ。剛は自業自得だとそれほど驚かずに受け入れた。というのも数ヶ月前から体調が尋常じゃないくらいに悪かった。それを放置していたから、ある意味覚悟はしていた。しかし音楽活動をせずに病室で寂しく死ぬのは避けたかった。
剛は順也に「自分はもう長くはない」ということを正直に話すことにした。順也は剛の話を聞くと、予感が当たったというような顔をして少しの間黙り込んだ。
気まずい空気が流れて、剛は何かジョークのひとつでも言おうと言葉を探したが、何も思いつかない… 最初に言葉を発したのは順也だった。
「剛さん、ライブは出来るだけやりましょう。この病院から送り迎えは俺がします」と言った。
「ありがとう。俺も演れる限りやるから、よろしく頼む」と剛は言った。そして、そのことを主治医に話した。「月に3回までならライブをしても良い」との、許可を得ることができた。実はこの主治医というのは大のジャズ好きで、剛のサックスを何度も聴いたことがあったのだ。そのこともあり主治医は病院の院長だったこともあり、院長の権限で特別に音楽療法室を使用してない時間帯は剛の身体に負担のない程度の時間だけ練習室として使わせたのだ。
それからの剛は身体の動く限り外出許可を取ってライブ活動を続けた。剛は残りの命の大切さを感じながら精力的に演奏した。それは順也の耳にも、以前にはなかった強い優しさみたいなものが剛のサックスに現れていることがわかるほどに変わっていくのが日に日に感じることができた。客はもちろん剛がガンとは知らない。しかし明らかな剛の変化に口コミで客が集まって来るようになった。他のライブハウスのマスターが「是非うちでもライブをしてくれませんか?」なり3カ所でやることになったので、ひとつのお店は月に一度になった。剛も今まで長い間サックスを吹かないこともあったことを悔いるように集中して演奏し集中して練習をした。主治医から「今日はもう身体に負担がかかるから練習はそのくらいで切り上げてください」と言われるくらい夢中になっていた。
しかし入院して4ヶ月後にはそれらの活動は難しくなった。月3回のライブが2回に減り、そして5ヶ月後には1回に。そして半年後には、ライブをすること自体がドクターストップとなった。剛は何度も主治医に「もう身体に負担がかかって余命が短くなってもいいからライブをやらせてください。ライブやらずに長生きしても無意味だから」と頼み込み、主治医それならばと仕方なしに月1のライブだけ許した。
しかし8ヶ月後には、剛自身がライブでまともに演奏する体力がもう無いことに気づいだのだ。


[10]完
順也「剛さん、、最後のライブをやりましょう!」
剛「いや、もうまともに吹けないよ…」
順也「だけどこのまま死んでしまって後悔は無いんですか?
剛「そりゃやりたいよ。だけど今の俺は聴いてる人をがっかりさせるだけだよ。バラードとかならなんとかギリギリ吹けるかもしれないけど」
順也「じゃあバラードライブということにしてライブすればいい。バラードじゃない曲も俺らがサポートしますよ。」
剛「順也のベースはマジックを起こすからな。やれるかもしれないなぁ」
順也「じゃあ決まりです!じゃあライブは2週間後にしましょう」
剛「日が近いけど、体力があるうちにやらないとな…」
それから順也は、客を集めるためにありとあらゆる人に宣伝をした。順也の働きかけでライブ当日は少し大きめのライブハウスを満員にすることが出来た。
どうやら剛が末期ガンという噂は広がっていて、お客の大半はわかっていたのだ。だから「きっと最後のライブだろう」と思ってこれだけのお客が来たのだ。
ライブでやった曲は殆どがバラード曲で1ステージ目の終わりに少し軽快な曲をサラッとやり、2ステージ目の最後は渾身の激しい曲をやった。剛は最後の曲は体力的に自信がなかったのだが、順也のマジックで見事にその時だけ奇跡的に体力が戻った。順也のお陰で剛はこの最後の曲ではほぼトランス状態になっていた。「ああ、良かった。命がある間に順也のマジックのお陰で、またこんな音空間にやって来ることが出来た。もうこの世に思い残すことはない……と言うには修行が足りないな。もっともっとこの音空間を経験したかった。だけど最後だからここまでの経験が出来たのかもしれないなぁ」剛は不思議なことにこれらのことに思い巡らすこととトランスした音空間を、なんと同時に味わっていたのだ。お客は皆このバンドの演奏に釘付けになっていた。剛の中で最後の奇跡が起きていることはその場に居合わせた人間は全員感じていた。しかし、実際には剛の身体は悲鳴を上げていて後から疲労がどっと来ることは順也も担当医(実は剛の容態が急に悪くなったりした時のための痛み止めの処置も兼ねて、最後のライブを担当医自ら聴きに来ていた)もわかってはいるけど、剛がそれで身を削っても後悔はないこともわかっているのでじっと見守った。
アンコールの拍手。
剛は倒れそうだったけど、アンコールはオリジナルのバラードを演奏してライブを終えた。拍手はしばらく鳴り止まなかった。ライブが終わった後も、すぐに席を立つ客は1人もいなかった。それはバンドの演奏があまりにも凄かったせいだ。
そして病院へ向かう順也の運転する車のFMラジオからなんとも言えない郷愁を誘うオカリナの音色が聴こえて来た。剛「ボリューム上げてもらえるかな?」と言って、目を閉じて陶次郎のオカリナに聴きいった。
そして剛は「ああ、もっと生きられたらこの楽器を始めたかったな…もっと早く出会えていれば…今度生まれて来たら俺はこの楽器だな…」と呟いた。
翌日、順也は病院へ陶次郎のCDを買って持っていった。剛はとても喜んだ。それからは四六時中取り憑かれたようにそのCDを聴き続けた。数日後、剛は危篤状態になり順也を含めた最後のライブのメンバーが駆けつけた。
最後に順也が剛の手を握ると、剛は微かな声で「ありがとう…」と言って息をひきとった。







                          長谷川孝二