【長文】嫌われ剛の生涯[1]〜[5] | オカハセのブログ

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[1]大いなる勘違い
彼の心には余裕がなかった。
幼少時の心の傷が邪魔をしてしまい、その場の空気に沿う「適切な言葉や対応が出来ない」のだ。けっして酷く嫌われているわけではないのだ。しかしあまり好意的には思われていないのだ。学生時代、いじめには合わなかったけど、なんとなくしらっとされたり返事をされなかったりされるのだ。まあ軽めのいじめというところだ。もちろん友人は少ないけど、いるにはいた。その友人との心のつながりは深いと剛は感じているし実際に強いのだろう。彼が嫌われる理由はいろいろあるが、その中のひとつは【自分のことを天才だと思ってる】ところだ。そしてまわりのみんなにも、いかに自分が天才であるかということを説明していた。そんなやつと積極的に仲良くしようとする人間はあまりいないものだ。本当のことを言えば、剛は時々自分の才能を疑っている。しかし心の傷が邪魔をして幼少時から自信を持つことができなかった彼は、心が壊れないように【これしかない】というひとつの表現にしがみついているのだ。
それは音楽。
最初は中学の時に出会ったクラシックギター。
それまでクラスで目立たなかった剛は、ギターを弾いている時だけみんなの注目を浴びる事ができた。ある日彼が音楽室でギターを弾いていると、同級生の男子が入ってきて「おい剛、お前ギター上手いんだな」と言った。その男子は音楽室を出てどこかに走っていった。3分ほどすると3人の男子を連れて戻ってきた。その中にいる一番女子にモテる男子は「ちょっと人を集めてくるよ」と言って出て行った。5分ほどすると5人の女子と2人の男子を連れて戻ってきた。ちょっとしたミニライブになった。生徒たちは普段の剛に対する態度とは全く違うどころか、どこか尊敬の念すら感じさせる態度だった。そのことがきっかけで彼は【大いなる勘違い】をしてしまう。【僕にはこれしかない】と思い始めた。剛はこの思いだけをモチベーションに生涯生きていく事になった。彼の中学には吹奏楽部というものがなかったから、学生時代は管楽器というものの魅力を知らずに過ごした。
20歳を過ぎた頃、ジャズテナーサクソフォンの音が剛の心を捉えた。


[2]孤立
長い年月が過ぎ、剛はもう30歳を過ぎていた。
テナーサックスでの活動は絶好調…と言いたいところだかなかなかそうはいかなかった… 要するに剛の場合、コミュニケーション上の問題(つまり性格の問題)があるから、なかなか人が付いてこない。それに【実際の実力に対して本人の自信がはるかに上まっている】ことも、避けられる理由だった。それに彼はバンドのメンバーにも厳しすぎる。そのくせに剛本人はアドリブを延々と長く取り、そこにメンバーが付いてくるのが当たり前だと思っている。アマチュア同士だからギャラを払って雇ってる訳ではないからワンマン過ぎるやり方では付いてこないのだ。サックスを始めてここ10年の間には、とても活動が充実していた時もあった。26~28歳までの3年たらずの期間。剛は九州のとある町で結婚生活をしていた。彼のサックスに惚れ込んだ妻はとにかく剛が活動できるようにあちこち動き回った。剛の性格の問題を把握していた妻は、バンドのメンバーともすぐに仲良くなり、メンバーは「剛のサックスが好きだからというよりも、妻と会うのが楽しみだからバンドに加入している感じ」だった。どちらにせよ、剛がリーダーのジャズバンドはお客にも人気があった。しかし、この良くできた妻も彼の問題にやがてついて行けなくなり別れることになった。
別れてからの剛は実力はある程度認められているのだが、やがてジャズシーンから干されていく。
ほとんどまわりから相手にされなくなり、彼の心は荒んでいった。たまに相手をしてくれるミュージシャンはジャズを「勉強中」のロックミュージシャンばかりだった。剛はジャズを連中に教えることは嫌いではなかったが、本番の人前のステージもそんな連中しか相手にしてもらえない。ある日の本番ステージでストレスが爆発していきなり演奏中にサックスを地面に叩きつけて壊し始めたのだ… 幸いなことに(?)そこはロックのライブハウスだったので、客は「イェーイ!」と言って盛り上がり、店にはそれほど迷惑にはならなかった。しかし彼はグチャグチャに曲がったサックスを放置してまわりのメンバーがまだ演奏中にも関わらず、何も言わずにふらついた足取りで店を出て行った。
それから剛は消息不明になった。


[3]入院、そして改心
それから数年後、剛はあるジャズクラブのジャムセッションにまるでホームレスのようないでたちでふらっと現れた。こんな嫌われ剛でも、唯一「順也」という大学生のベーシストからは恩人として慕われているのだ。剛がサックスを吹いたその瞬間に順也は自分の耳を疑った。「あれ?この人はもう前のようなプレイはできなくなったのか?」。それは酷い音に酷いリズム感…順也は「この人はもう終わった人なのかもしれない」と思ってしまった。順也は、なんとか昔のような剛に戻って欲しかったから剛に対して「あんた何をやってるんですか!ちゃんと吹けるようにしてきて下さいよ!」と喝を入れた。剛は精神バランスを崩し精神安定剤や眠剤などの処方を受けていたために副作用でまともな演奏をするための聴覚や体力が低下していたのだ。酒と処方薬でろれつも回らなくなってる。順也に対する言動や態度も酷くなっていた。ふたりは大喧嘩になってしまう。
その数日後、順也の大学のジャズ研の部室に現れた。
明らかに酔っ払っている… 学生達に「おい!ワークショップをするぞ。それぞれ楽器を持って準備をしろ!」。部長である順也はあきれ返りながらも剛が吹く気になってるんだから吹かせてやろうという愛情から「お前ら、剛さんがワークショップしてくれるのは貴重な機会だぞ」とまとめた。図に乗った剛は自分のアドリブになると好きなだけ延々と吹きまくり、学生達はウンザリしていた。剛はトイレにしょっ中行き、グラスを吸って帰ってきては吹きまくる。確かに数日前のジャムセッションの時とは大違いに音も出てるしリズム感もしっかりしていた。剛は「吹けなくなる処方薬は嫌だ。だったらちゃんと吹けるグラスを吸って何が悪い」と正当化していた。実際きっちり飲んでいた処方薬をいきなり全く飲まなくなったための離脱症状を抑えるために、知り合いのロックミュージシャンから安くわけてもらったのだ。おまけにカバンの中から安ワインを取り出してラッパ呑みしながら吹いている。「部室で飲酒は禁止ですよ!」と順也がいっても聞かない。また順也と剛は大喧嘩になった。順也は剛を部室から追い出し「剛さん!もうあんた出入り禁止だ!それからトイレで麻を吸って、誰かが通報しても俺は知らないからな!」と言った。
剛「ああ、わかったよ!でもな!お前が『ちゃんと吹けるようにしてきて下さい』と言ったから処方薬をやめたんだからな。俺は悪くない法律が悪いんだ!」
順也「うるせえ!二度と来るな!」剛があまりにも破滅的になっているため、もう順也は手に負えなくなり離れざるおえなかった。
数ヶ月後、剛は「とうとう俺には味方はひとりもいなくなった」と更に精神を病んでしまい精神科病棟へ入院した。自業自得だ。幸いな事に主治医との相性が良くて、入院初日に【毎日1時時間半と土日は3時間、サックスを吹く】ということが治療の一環として約束された。
入院して2ヶ月程経った。順也もさすがに入院している剛を放っておけなくなってきていた。剛を見舞いに来た順也は「来月の○日に外泊許可取れますか?」と聞いた。
剛は「何があるんだ?」
「あんたのライブに決まってるでしょう」
「あー、わかった!今聞いてみる」
こうして剛は順也に助けられた。この頃は剛よりも順也のほうが信用も人気もあったから他の楽器メンバーも「剛はもちろん良いテナー吹きだ。だけど人間的にはかなり問題がある…でも順也の頼みなら協力するよ。もちろんいいライブにしような!」と動かすことができた。
1ヶ月後のライブは成功した。まだまだ剛は本調子とはいえないが、充分に聴き手をワクワクさせる演奏をした。順也は「この人はまだ終わってはいなかった…良かった」と思った。
順也「退院したら今度はもっと自分を大事にすると約束するなら、必ず一緒にやりましょう!」
剛「もちろん約束する。今回のライブ、本当にありがとう」
剛は順也のはからいに感謝して目に涙を浮かべていた。


【4]またもや破滅へ
剛は精神科を退院した。「こんどこそ、俺は生まれ変わる。そして順也というパートナーとともに最高のジャズをやる!」と意気込んでいた。剛は入院中に順也の計らいでライブをやらせてもらったジャズクラブに顔を出した。その日はライブの無い日だった。
「マスター、今迄色々迷惑かけたけどこれからはもう少しまともな生き方をするから、時々ここへ来てもいいかな」
「ああもちろん。まあ滅茶苦茶やってもいいから死なずに生きてくれればいいんじゃないか。ははは!」少しお客がいたけどマスターが「おい剛、1曲吹いてくれよ。まさか無伴奏じゃ吹けないとは言わないよなあ(笑)」
「まさか(笑)マスター俺だぜ~!
「フフッ、俺様か?(笑)」
「いや…無伴奏は緊張しますよ(笑)」
剛はソニーロリンズの「セントトーマス」を吹いた。
数人いた客達は初めて聴いたであろう剛のサックスに拍手をした。剛はジャズメンの間では良くも悪くも有名だったが、一般の客にはほとんど知られていなかった。何故ならしょっちゅう引きこもりや消息不明になるので客達への露出は殆ど無く、急に飛び入りとか或いはアングラなユニットのライブに参加するだけだったから。
「剛、再来月の○日~○日のいずれかに、ここでライブをやってくれないか?と、マスターが言った。
「是非やらせて下さい」
店を出ると剛は近くの公衆電話から順也に電話をかけた。
順也は「ああ~その頃忙しいです、すみません」
「1日も空いてないのか?」
「予定入ってない日もいくつかあるけど凄いミュージシャンから誘われる可能性があるんです」
「あー悪かったな!凄いミュージシャンじゃなくて!お前さ~俺が心入れ替えたらまた一緒にやるって約束したよな!」
「はぁーっ⁉︎ 後輩のチャンスを素直に喜べないヤツが心を入れ替えたなんて信じられませんね!」
「あーわかったよ!心の狭い先輩で悪かったな!」
「プツ !………  .   .    .」
順也にいきなり電話を切られた。
剛はまた引きこもりになり、サックスも触らずに部屋のカーテンを締め切り処方薬を倍以上のみながら酒をあおる日々が続いた。
例のジャズバーのマスターから「ライブの件はどうなった?」と電話が来た。剛は順也が無理な事を伝えた。「他のメンバーでできないのか?」
「無理です。だいたい他のメンバーが俺とやりたがりますか?」
「…   俺から頼んでみるよ」
「無理です。マスターのコネだけでイヤイヤやってくれたっていいライブはできない。とにかく無理です、じゃあ!」
「オイ!剛!」
それから剛は、また人前に現れなくなった。


[5]放浪
正直なところ順也は引っ張り凧になっていたため剛に付き合う余裕がなくなっていた。恩は決して忘れてはいなかったのだが自分のチャンスを逃してまで手間のかかる剛の相手をする訳にはいかなかった。順也は24歳だし活発な時だった。剛は、そういう順也の状況をうまく飲み込む感覚が欠けていたから、順也に対して逆恨みの気持ちにしかならないという非常にイタイ人間なのだ。
剛はとうとう楽器を全く手に取らずに一日中酒を飲んでは吐いて、吐いては飲みを繰り返し風呂もろくに入らず外にもほとんど出ずにひきこもりになってしまった。剛は既に生活保護に頼って生きていたのだが、毎日酒浸りで精神科も通院しなくなり、何回かの役所職員の通達も無視していた為、とうとう生活保護を切られることになってしまった。なんとか面接して「土木作業」「警備員」「パチンコ店員」「工場のライン作業」など転々としたが、どこも1か月と持たず、しかもひとつの職場をやめると2~3か月は仕事を探さずにひきこもりになっているため、滞納した家賃は膨れ上がり電気も水道も止められるという悲惨な状態だった。
何度も死んでしまおうかと思ったが何とか思いとどまった。そしてとうとう部屋を夜逃げした。路上で毎晩サックスを吹いてなんとか食事代と寝るためのサウナ代にして過ごしていた。順也は剛の状況を知っているのだか全く顔を出さない。なんだか剛は何のために自分の街にいるのかわからなくなって来た。なまじ自分の汚点を知ってる連中の街はいるのが苦痛になって来たので、旅に出た。旅先では最初のうちはジャズメンには歓迎された。しかし少し深い付き合いになると最後は必ずジャズメンとケンカして離れる。長くても1ヶ月は持たなかった。剛は薄々と「俺はどうやら職場にしてもジャズシーンにしても1ヶ月しないうちに嫌われるんだ」ということを認めざるおえなかった。でも何故嫌われるのかが今ひとつわからない。自暴自棄で破滅的になっている時の自分が嫌われるのはもう充分わかったいたけど、結構楽しくやっている最中でもいつの間にか孤立してしまう。そんなことが理由で、剛はあちこちを転々とせざるを得なかった。