喋っても喋っても喋り足りないのは、ほんとの喋りたいことを喋っていないからかもわからない。でも、ほんとに喋りたいことを自分で理解してる人なんてほとんどいない。


もしくは、喋ったら世界が変わるはずだと願って喋り続けてるのに、一向に世界が変わらないことに、なんか変だなあ?なんて思いながら、ただただ喋り続けてるだけかも知れない。


喋ってる暇があったら、なんかしろ

ていう暴力的な言葉は、もしかしてすこしあってるのかも知れない。あってないのかもしれない。


そんなこと考えてる暇があったら


わらえぃ


長年の夢が叶った。ほんとにうれしい。

会場となるのは、ホールミクサ。池袋の超一等地、サンシャイン通りにある、瓶詰めリュズタンでもお馴染みMixalive TOKYOの地下だ。学生時代、よく映画を見に行っていた場所だ。感激してる。嬉しい。幸せです。ほんとに感謝です。

先日行われた会議は、まあ、盛り上がったのなんの。我ら参加者の皆様とのコミュニケーションに飢えてるもんで、お出迎えについても意見が出るわ出るわ

あとみんな、「全作品、絶対にスクリーンで観たい!」って、スケジュール帳にらめっこでした

生の演劇は尊い!ということを言いがちだし言われがちだし、もちろんそうなのだけど、では映像はその劣化版かというと全くそうは思ってなくて、むしろ、目の前に生身の生き物がいないからこそ、物語とふたりきりになれるというか、実は僕自身は様々な演劇を孤独に映像で受け取る方が好きだったりします。


おぼんろメルマガ登録してくださっているみなさまには長い文章送りつけさせていただきましたが、そこにも書いた通り、今度のこの映画祭、オボシネジアム(略しすぎか...)が、新たな体験となってくだされば幸いと思います。


映画は演劇よりもデートになりやすい、という気もしてて、どうか、大切なお友達、家族、恋人、それらになりそうなひと、など誘ってふらっと遊びに来てくださればとほんとに思ってる。


とにかく、どの作品も命懸けで生み出したもので、生みの親としては、なるべくどうかどうか後生だから長続きして愛され続けてくれ、と、まあ、それくらいは、願わせてください。全てほんとに自信を持って誠実に紡いだと言える物語です。

僕ら語り部も、たくさをくさん在館するつもりですので、顔を見たら手を振ってください。あんまり居すぎたら、邪魔なんじゃ?と真剣に会議してもいるのだけれど、いたい、いたいなあ。


過去公演の衣装や小道具なども、たんねんに飾り付けます。倉庫で眠ってるばかりじゃ拗ねそうなので。ちやほやしてやってください。


。。。。


とある街で歩いてたら、高校の時のバスケ部の親友に遭遇した。ジュンチ。ジュンキチ。


こういうの、とてもとても嬉しいもので、ジュンチは近くに職場があって、たまたま休憩で散歩しているところだったらしいのだ。


バスケしたいなぁ

なんてことも話した。したいなぁ。


。。。。



おぼんろメルマガ、タイトル間違っていたみたいのです。なんたること、、、!!

きゃぁぁぁぁ


ごめんなさい!!


てか、おのれの名前をあやまるとは!!( ;  ; )



おぼんろです!


OBONROです!


オボンロですからねー!!!( ;  ; )

。。。、、


おぼんろのことばかり描いてしまったけど、それだけルンルンなので許してください。今夜も今夜で眠りましょう。


どうか今夜の夢がやさしいものでありますように。よくぞ1日、生き延びました。素敵です。嬉しいです。ほんとです。


どうかどうか、10月15日も、やってやりましょう。


おやすみなさい。

おやすみなさいませ。


おやすみ。


散歩して水溜りを撮影してた。さむい。ついに、さむい。

みずたまりは、きっとおもう。

「わたしを撮ってるの?私にうつっている光をとってるの?どっち?」

「光を飲み込んだ君を撮ってる」


その光は朝になったらもっと大きな光に飲まれる。明日の夜にもまた似たように光るけれど、それは今夜の光とはもう別の光。


水溜りはたぶんその頃、もう、かわいて、いない

水溜りの中に入り込んだ光は光で、いろいろなことを思う。実物への妬み、実物から解放された安堵感、水溜りへの、信頼、愛、恋心、不安、共依存、刹那的な関係性に関する憐憫、倦怠感、水の冷たさへの安心、窒息の心地よさ、逆さまな自分への戸惑い、閉塞感、数時間後の想像、数時間前の懐かしさ、夜の美しさ、夜の優しさ、哀しさ、嬉しさ、寂しさ、痛さ、あたたかさ、幸せ、いろいろなことを思う。


水溜りに飲み込まれた光が泣いて涙をこぼして水溜りすこしだけこっそり大きくなる。


こっちからあっちに向けて撮っているからここに、あっちのものがうつるので、それを逆さまにしたら。そんなのは、成立しない。それが不思議。当たり前か。でも、不思議。不思議なことが当たり前なこの世界が不思議。

脚本監修で参加したこのドラマ、とても好調とのこと。撮影現場には参加していなかったので、映像になったものを見てみると不思議な気持ちにもなる。

名前が呼ばれたり書かれたりするのは、名前をくれたひとたちが喜んでくれそうな気がして、よい。


そういえばこの前、「名字分布チェッカー」みたいのをみつけて、やってみた。末原はそこそこに珍しかった。でも、母方の名字のほうがもっと珍しかった。


さらに、今日、『キャガプシー』という過去公演について取材してくれた古い記事を調べようとした。全国からゴミや不用品を送ってもらい、それで衣装と美術を創ったことも話題になった公演だったので、「ゴミ 末原」と検索してみたら、末原産業というゴミ業者のサイトが出てきた。なんか、うれしかった。遠い親戚のあなたのことを思います。ゴミについての物語は、本当に多く描いてきた。問題意識があるのだ。DNAがそうさせたのかなぁ


人形を作りたい。布の端切れが欲しいと思う。買うのは、なんかいやで、世界にこんなに布が溢れているのに、捨てられまくってるのに、わざわざ、新しい布を買って切り裂くことにすごく抵抗あって、よし、じゃあ、あんまり着なくなった服を潰して人形に着せよう!という、古き良き日本ぽいことをしようとするのだけれど、服を潰す勇気がもてなくて、だめ、別れたくない、いまのままの君でいて欲しいんだ、と、古い服抱いてわんわん泣いてみるようなトンマなタクマ

オボロン、すきだ。推したい。オボロンの物語などとともに世に広めようと思っていた時期もあるというのに。語尾に「ぼろん」がつくオボロンがTwitterを運営しているもので、公式Twitterもぼろんぼろん言ってるんだけど、もう、最近ファンになったひとなんて、「なぜ!?この劇団、どういうこと!?」ってなってるとおもう。


未来のこと考える暇があったら今のこと考えたほうがいい、というときが、ある。


一方で未来のこと考えて、だからこそ、今を大切にしろ、というときも、ある。


今を輝かせるために、未来のことを想像しろ、というときは、いつもだ。


想像ってのは、未来のためにするんじゃない。いまを輝かせるためにするんだ。


。。。。


今日何日?13日か


と母に言ったら


「そぉよぉ、13日の水曜日ぃぃぃぃ」と、ホラーっぽく言われた。


。。。。



大切な過去をそのままにしておきたいという気持ち強すぎて、過去に手を触れたくない。だけど、そうすると過去は過去のものになってしまって、どんどん命を弱めてく。大切な過去だからこそ、手を加えて、変えていってあげる。それが唯一、過去をいつまでも遺せる方法なんだ、と、納得する。僕らもうあの頃の未来を生きてしまっているんだ、それは、仕方のない、そして素晴らしいこと。受け入れたい。受け入れるんだ。受け入れたい。


過去のために生きたいと願う自分は、どうしてもいてしまう。でも、たぶん過去は、未来のために自分が存在していたいと、きっと思う。遠い未来に過去として思い出される今の自分として、そう思う。

。。。


遅くなってしまった。水溜り撮影会のせいだ。こんな時間にお休みと言っても、きっと、おはようのタイミングで読む人多いと思うのだけど、でもいまこの瞬間に眠りにくい誰かのために、いまは、おやすみをいう。朝読む人、おはよう。おはやう。きょうもがんばろう。


今から眠る人


おやすみなさい


あした、おはようをいうために、

おやすみなさい


あさって、おはようをいうために

こんや、いま、おやすみなさい


来年の今日、おはようをいうために

こんや、いま、おやすみなさい



いま、たのしくねむるために


おやすみなさい

ということばを、


おまじないのように


せーのっ


おやすみなさい

鶏頭は好きだ。鶏の頭、とさかに似ているから、ケイトウ。いろんな色があるけれど、この色が好き。雨に降られながら写真をたくさん撮った。

「チュータンチョッポ?もちろん知ってるよ。」という言葉を添えようかと思っていたけど、やめた。彼がネズミ界隈では有名と言いたかったのだけれど、まだ、この世界は、むげんにしておく。


「向き不向きがある、自分の才能を見極めな」という真理は存在するけど、最終的には、そんなものすべてにとらわれないのが正解と思ってる。やりたいこと、好きなもの、好きなことを明確に理解しているのが一番かっこいいし、遠くまでいける方法なのだ。絶対に、絶対に。

昼間はずっと執筆やら主宰業。やることはそれなりにたくさんある。


夜はおぼんろ会議でアトリエに集合だった。みんなでお菓子など食べたいからと、りんちゃんに買い出しを手伝ってと頼んだら、もう、すごい、すごい、買い物上手すぎて、頼もしかった。たくまは何ひとつせぬまま、買い物終了。そうそう、ずっと、こういう関係だった。何年経とうと、2人でいる時の関係は変わらないから不思議なものである。それにしても、りんちゃんは、生活の中に宝物を見出すのがうまく、豊かに生きている。羨ましい。マイレージを貯めるのもうまい。

まだ告知できていないけれど近しい企画があるのでそのことについての話し合いと、ちょっと先のことと、もっと先のことと、すごい先のことと。わざわざコミュニケーションのために会ったりする劇団ではないのだけれど、今日はけっこうわりと、敢えて会ったな、という感じはあって、これからもっと、そうしたい、と思う。みんな普段それぞれ勝手に生きているし互いのことなんか関わり合わないのだけれど、会えばそれなりに、やっぱり互いに詳しい。不思議だ。

さひがしさんは演出舞台を終えたばかり。ビョードロの写真集の存在をまるっきり忘れていたらしく、しげしげと呼んで感激してた。「これは売れるよ!」と、かつてバカ売れしたうちのグッズについて好評価を唱えてた。

めぐみさんは、相変わらずのマシンガントーク。やっぱり芝居をやらせ続けたいと願ってしまう。

劇団員ではないけれど、リュズタン以降最初の集まりなので、こうちゃんいる方がいいよね、とりんちゃんと話し合い、身代わりを置いた。かわいい。こうちゃんにも会いたい。こうちゃんは、いま劇場入りしていて、本番間近です。


。。。。。。


明日も明日で波瀾万丈。だけど、めいっぱい、るんだったと、過ごします。


おやすみなさい。


どうかあなた、やすらかにスヤスヤ眠って、眠って、夢見て、笑って、目覚めて、笑って、過ごして


たくまはもうすこししたらアトリエをでて、雨の中1時間ちょいほど歩いての家路に着きます。とほとほ、とほとほ


おやすみなさい


メリー夜
メリー夢
メリー今
メリーあなた

おやすみなさい