朝から取材だった。劇団員4人で話しても盛り上がらないんじゃないかと心配していたけど、なんのその、時間をオーバーして2時間マシンガンよろしく語り合い続けた。たぶん絶対にページの分量に到底収まり切らないくらい話してしまった。最後の方は、「そろそろ会議室の時間が限界なので」ということで駆け足だった。パダジュグ公演パンフレット、劇団員ページ。ライターに大好きな横川くんを招いた。どんな文章にしてくれるのか楽しみ。


それにしても、最初、朝早くの仕事もあるのだけれどみんな、「拓馬こないんじゃないか」と心配する。この前は9時30分からの芝居を予約してちゃんと現場に行ったら驚かれた。「ほんとにくるだなんて!!」って。


わたしは色々だらしないし遅刻魔です。でも、基本、朝には強いのです!と、声を大にして言いたい。ほとんどのことがダメだから、ダメじゃないことだけはアピールしたい。


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解散してそれぞれ次の場所に出かけるわけだけど、朝ごはんを食べた方がいいんじゃないかということでカレーを食べることになった。


ほんとはめぐみさんが「朝マック!!」と言い張り、さひがしさんは途中にあった立ち食い蕎麦屋を「こういうところがおいしいんだ!こういうところが!ここは、きっと!おいしいよ!」と激推ししたけど、運命というのはわからないもので、特に誰が入りたかったわけでもないカレー屋さんに入ることになった。


食べきれなくて、ちょっとさひがしさんに手伝ってもらった。外国っぽいカレーなのに福神漬けがおいてあって素敵と思った。福神漬けは、いい。福神漬けを美味しく食べるためにカレーが発明されたんじゃないかと思うくらいだ。


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仕事の間が30分あったので、よし作業をしようと思ってコーヒー屋さんに入ったらおもったよりも並んでいて、コーヒーを買うのに15分かかってしまった。なんか、それはそれで良いかなって気持ちになった。


これ、はずかしかった。


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「ようせいさん」という言葉が、なんだか最近は縁起でもない。現場に入る時など、逐一検査はしているけれど、緊張感は拭えない。「いんせいさん」のほうが、もてはやされる時代です。にゃあ


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取材など立て込んだ1日でした。ライターさんという、ものが大好きだし、たくさん話して、頭も心持ちもまとまっていくのが貴重な時間です。


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都会で仕事が忙しかったのだけれど、前のブログでかいたように大忘れ物し、ほんとのほんとに申し訳ないのだけど、母に持って来てもらってしまったりしたのでした。母とは、パダジュグ用の全手創りグッズを実は用意しています。費用対効果なんてパーフェクト度外視な、愛情まみれ御守りグッズ。あなたに届きますように。


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Tシャツデザインのために絵を描いたり、いろいろしたりしてます。すぅごい一生懸命やってる。僕らけっこう、やっぱ、ユニフォームとかとっても大切で好きなのです。大切に着てくださいましな。


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おやすみなさい。

夜です。よくぞここまで、がんばりました。大変だったですね。もしかしたら、自分に不安になったり、落ち込んだり、悲しかったりあったかもしたかもわからないです、でも、いいんです、えらい、えらいよ、すごい、すばらしい、ほめたい、ほめます、すき、がんばって、ありがとう、せかいは、あなたのそんざいで、ほんのちょっとくらい、かわってる


ありがとうございます

いきていてくれてないす


おやすみなさい





締切がいくつもやってくる。


グッズシャツにつかうイラストなどを描いているのだけど、まだどうにも難しい。絵はたくさん描いてる。これ使っていい?て話にはなるけど、粘ってしまう。魔法の一枚にしたい。それを来たらなんか元気になっちゃうような、一枚にしたい。なぁぁぁやぁぁぁむぅぅぅ。

稽古場で「悩んでる」と話したら、「降りてくるよ!降りてくる!そうさ、降りて...来るのさ」と、淳一登坂さんに言われた。好き。

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信じるしかないし、信じる。

物語は遊び場。まずシンプルに、人がたくさんいることがただただ楽しい。どちらかと言うと、演劇を完成させるために稽古していると言うよりは、本腰入れて物語の中を好きな仲間と旅してく、みたいな心持ちで臨んでる。


僕ら演劇の座組は、たった30日そこらでお互いへの全幅の信頼を築かないといけない。信頼関係なんてなくても機械的に作品を創ることができるのも事実で、「お仕事」と割り切ってやると効率もいい。ただ、つーーーーまんない。作品創りの場にしか人生がない身としては、現場での時間が美しく意義のあることには命を懸けたい。今日死んだとしても大丈夫?てのが、いつでも大切なジャッジポイントだ。

拓馬✖️蓮

実は役として台詞を交わすのは初めてのこと。『艶漢』という舞台で共演したけど、同じ場面には出れなかった。楽屋ではいろいろ話した。昨年の4月に演出した『純情ロマンチカ』という舞台に八神蓮が出ていて、そのとき改めて芝居や物語についてなら考え方に関してたくさん喋った。そこで、あ、蓮て才能あるんだなと思い、同い年ということもあり、長らく付き合ってみたい友達候補になったのでした。まだ俳優としてのポテンシャルを知り尽くせてはいないけど、たのしみだ。蓮くん、通称「王子」なのだ。乞食(←ひとにはつかっちゃいけない言葉)よろしくやってきた自分なもので、熱く汚くやり合ってみたい。


翔さんは生まれて初めて演出したプロの俳優。ほんとなら話。二十歳そこそこの頃に出会った。


どうやら当時の僕はまだ大学生だったみたい。翔さんにしてみても、それが初めての演劇舞台だったらしい。10年以上経って相手役をやっているという僕らの物語に、どこか良いものを感じてる。そして我らは、これからの時代を引っ張ろうと具体的に話してる。


こうちゃんはもはや劇団員としての立ち振る舞い。リンリンの役作りのために派手な服で稽古場に通ってる。そういうとこ好き。かわいい

じゅんいちさんは、よい。はなしていてほんとに楽しい。やったぜ、出会ったぜ、というところ。ジュンバという役を担ってもらうのだけれど、構築の仕方を語り合うのが楽しい。たまらなく、楽しい。

劇団員には、まあ、もう感動なんていまさらしてたまるかと思いつつ、客演がいるからこその気づきも感謝も、愛もある。



ヒートテックの上にシャツを着てその上にダウン長袖を着てその上にパーカーきてその上にモコモコのコート着てその上にダウンコート着て来たんだけど、さすがにちょっと、あつい。

1月14日

本読み2日目。テーブル稽古というやつ。物語の理解を深めるために、稽古を2日費やした。昨今では、こんなに丁寧にやる現場もなかなか珍しいだろうってくらいに、深く細かく強く、全員の共通認識を持っていく。「解釈なんてなくても演劇は創れる」というレベルにはもう居たくない。

作家の自分でさえも、かつて、この演目を数十ステージこなした自分でさえも、日々脚本解釈には時間を費やしたい。物語をなめたらいけない。人間ごときが慢心できるほど、物語世界の奥ってのは浅くない。事実、今度の仲間でやりはじめて既にたくさんの発見がある。演劇というのはマラソンみたいなもので、自分は完成してると慢心した者から脱落していくようにできてる。

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衣装のフィッティングだった。衣装の永田さんとはもう付き合いも長く、全幅の信頼を置いている。両親よりも歳が上だし、この業界で仕事をしていると「永田さんのお弟子さん」という衣装さんにたくさん出会う。そんな永田さんがうちの衣装をやってくれていること、実はいつもちょっと鼻が高い。


今回は再演andダブルキャストだけれど、初演時のキャラクターデザインを踏襲したいと伝え、前回の衣装をリメイクしつつ、ゲスト俳優それぞれのために一着ずつ新しいものも製作してもらった。


みんな、似合っていて、うれしかった。それにしても、富田翔はそもそもがなんだか狼っぽい。いや、狐っぽいのが正解なのだけど、でも、なんか、とってもツンとした耳が生えてそうだ。


1月15日朝。まさかの7時30分から都心でパンフレット用の取材インタビューがあるもので、劇団員一同早起きで現場に向かってる。座談会。劇団員同士で向き合ったところでいまさら盛り上がらない気もするけれど、僕らこれからどんな会話んするのかしら。

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そして僕は、この後数件の用事をこなして夜中に帰宅するような心づもりだったのだけれど、4件目の用事に絶対なにがあっても必要なものを、完全に持って来忘れた。家に取りに帰るとなると往復2時間であるし、今日の予定は、わりかし分刻みで設定してる。それなりにソフトな絶望を抱きながら、あぁ、でも、なんとかするんだろうなあ、という気持ちを抱いて、レッツゴー気味で今日がスタートだ。がんばる。


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おはよう世界、おはよう地球。おはよう、みんなさん。今日も今日とてヘラヘラニコニコしながらやってやりましょう。


いろんなこと起きるかもだけれど、大丈夫。何が起きても明日が来るに決まってるんだから。


あなたの幸せ願っている人間が、ここにいますよ。


どうにか、よっこらしょ、がんばりましょう。僕もがんばります。


それでは、1月15日

よーーーーい、どんっっ

去る1月7日21時過ぎだったでしょうか、講談社本社で行われた『パダラマ・ジュグラマ』顔合わせの帰り、劇団員で最寄り駅まで歩いて帰っている際のこと。さひがしさんの奥さんが美しすぎるという話題で持ちきりになって、さひがしさんが普通にのろけだしたのが、よかった。正直、仲間が恋愛してるところって想像つかない。照れ隠ししながら自分の妻のパーツについて語り続ける姿、もしも自分がドキュメンタリー映画監督だったら、ぜひ映像としておさえたかった。


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久しぶりのブログです。どうも、イベントごとなど絡めると書くのが難しくなるようなので、ここは基本、雑談的なことを書けたら合格、というラインにさせてほしい。


年末年始は大忙しのまま過ごした。長期の執筆系締切をいくつか抱えてしまったせいで、空き時間というものが一切存在しない始末。人間らしい生活から遠ざかりつつある。計画的に仕事を進め、休み遊び人生を謳歌する余裕を持てる人間になりたい。自分の仕事の遅い皺寄せがまるごと仲間たちに襲いかかるという「人質確保され状態」なもので、心持ちは極めてメロスだ。


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クリスマスは生まれて初めてクリスマスツリーを飾らず、そして案の定初めてサンタクロースは来なかった。僕ら家族はそんな予感をそれなりに感じ取っていたので、クリスマスイブにはみんなでクリスマスにまったくまつわらないご馳走を食べながらパンクロックを聴いて過ごした。それはそれでぜんぜん我が家めいていて、そしてふつうに4人と1匹で過ごしている安心感に満ち溢れた時間でござりました。


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「喪中」への理解がなかなか上手にできない僕は、「禁句をいったら罰ゲームごっこ」めいた風情で「おめでとう」という言葉を吐き出さないように心がけたけれど、途中から、なんか、もういいかなー、って感じになった。もちゅー。誰への喪に服しているんだっけ?ってなったら、それはやっぱりパパへの喪だろうし、でもパパはこんな時だからこそ、「たく!新年を愛でなくっちゃ」とエレキギターあっけらかんとギャギャギャかき鳴らしそうなものだ。世間に後ろ指さされて非常識家族扱いされても、なんかやっぱりロッカーの息子っぽくバカでいたいわよ。「死者に失礼だからはしゃぐな」っていわれても、こちとら本当は、はしゃぎたくてもはしゃぎようがない心持ちのままで、よもや永遠にこのままかもってうなだれてるんだ。歯を食いしばって空元気で笑うくらいは、見守ってほしい。

大晦日とお正月はパダラマ・ジュグラマのメインヴィジュアルをつくってた。ここ最近は誰かしらアーティストとコラボする形が多かったのだけど、今回は自分。予算削減というシビアでお茶目な事情もなくはないけど、それよりも、まあ、単に自分でやりたかったのさ。何もかもを創ってしまう自分のためにはじめたことなのさ、心の逃げ道としての創作なのさ。


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街中でデモンストレーションライブのようなものを目撃する。音楽や叫びによって何かを伝えることに対して、僕はかなり理解がある。だけど、まだ信頼関係を築くことのできていない人の大きな声は、ただただ怖くて内容が何も入ってこないんだ、ということは、知っておいて損はないように思う。


声も言葉も音楽も、相手の心を動かすためにある気がする。それは、赤ちゃんの産声とか、鳥の鳴き声とか、犬の遠吠えとかもそうだろうけど。大切なことを伝えて、相手に動いてほしい、と願うなら、どういう伝え方をするべきか。「自分の衝動を表に出すための表現」と「相手がある表現」とは姿が違うこともあるから、整理整頓必要だなあ、と思うのでした。


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12月20日から1月10日まで、ジュロコロ基金のためのチャリティグッズを販売していた。カンボジアの子供たちに井戸と学校を贈る。驚くほどの盛況ぶりで、とてもじゃないけど自分だけでは集まらないような金額が集まった。手創りのキャンバスアートの予約数は鰻登りに増え続けた。

想定以上の数になったので材料も新たに調達しながら、ここから大切に一枚一枚描いて行こうと思う。到着の遅れはごめんなさい、でも、絶対に届けます。額縁や留め具、それらの塗装と、梱包、発送はすべて母がものすごく協力してくれている。チャリティグッズについて相談したら、手描きのキャンバスアートにしろと言ったのは母だった。


最近では劇団のグッズをはじめとしてイラストを描かせてもらうこともあるけれど、ふつう、ひとつの仕事で提出するのはせいぜい1枚か2枚で、それがデータとしてバッグやシャツ、パンフレットなど様々なものに運用される。原画を売るのは初めてだし、1枚の絵をひとりに贈るというのは特別な体験だ。もちろん、当たり前にとっても大変。でも、今回のこのことに関しては、大変なものを贈るんじゃなきゃダメだと思った。お金を使ったほうがグッズは楽につくれるけど、そうでないからこそ宿るもの、きっとある

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1月13日

稽古。アトリエにみんながきてくれる。たのしい。物語やシーンのことをみんなで語らって、理解を深める。こんなことを丁寧にやれる現場は上等だ。枝葉だけでも絵にはなるけど、生きていく木を育てるには根っこが大切。みんな頭がいいので話が弾む。質問に答えているうちに気づくこともある。感謝。

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おやすみなさい。

明日の朝までよく眠って。

眠れない夜も、よい夜です。

夜の悲しいのは、夜が終わることを知っているから。だけど、夜は朝を夢見てる。朝を楽しみに、おやすみなさい。


うまくいかなかったこといろいろあるだろうけど、どんまいです。大丈夫。大丈夫だから。


おやすみなさい