やまなし | ブドリの森

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極力材料費をかけずに仕上げるか苦戦中
たまにペットのインコの話も

 
 
                  やまなし
                                   宮沢賢治 作
 
 
 
 
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                              9月 たわわに実をつけた やまなしの老木
 
                 注(お話は省略しています。)
 

 
小さな谷川の底を写した、二枚の青い幻灯です。

 
 
 
 
 

     一 五月

 二ひきのかにの子供らが、青白い水の底で話していました。

「クラムボンは 笑ったよ。」
 
「クラムボンは かぷかぷ笑ったよ。」
 
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上の方や横の方は、青く暗く鋼のように見えます。
 
そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗いあわが流れていきます。
 
つうと銀の色の腹をひるがえして、一ぴきの魚が頭の上を過ぎていきました。
 
 
 
にわかにぱっと明るくなり、日光の黄金は、夢のように水の中に降ってきました。
 
波から来る光のあみが、底の白い岩の上で、美しくゆらゆらのびたり縮んだりしました。
 
 
 
 そのときです。
 
にわかに天井に白いあわが立って、青光りのまるでぎらぎらする
 
鉄砲だまのようなものが、いきなり飛びこんできました。
 
 
兄さんのかには、はっきりとその青いものの先が、コンパスのように黒くとがっているのも見ました。
 
と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へ上ったようでしたが、
 
それっきりもう青いものも魚の形も見えず、光の黄金のあみはゆらゆらゆれ、
 
あわはつぶつぶ流れました。
 
 
二ひきはまるで声も出ず、居すくまってしまいました。
 
 
 
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「お父さん、今、おかしなものが来たよ。」
 
「どんなもんだ。」
 
「青くてね、光るんだよ。はじが、こんなに黒くとがってるの。
 
それが来たら、お魚が上へ上っていったよ。」
 
「ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみというんだ。
 
だいじょうぶだ、安心しろ。おれたちはかまわないんだから。」
 
 
 
「お父さん、お魚はどこへ行ったの。」
 
「魚かい。魚はこわい所へ行った。」
 
「こわいよ、お父さん。」
 
「いい、いい、だいじょうぶだ。心配するな。
 
そら、 かばの花が流れてきた。ごらん、きれいだろう。」
 
 
あわといっしょに、白いかばの花びらが、天井をたくさんすべってきました。
 
 
 
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                                                5月 満開の やまなしの花
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

     二 十二月

 かにの子どもらはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変わりました。
  
 
その冷たい水の底まで、ラムネのびんの月光がいっぱいにすき通り、
 
天井では、波が青白い火を燃やしたり消したりしているよう。
 
 
 
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かにの子どもらは、あんまり月が明るく水がきれいなので、ねむらないで外に出て、
 
しばらくだまってあわをはいて天井の方を見ていました。
 
 
「やっぱり、ぼくのあわは大きいね。」
 
「兄さん、わざと大きくはいてるんだい。
 
ぼくだって、 わざとならもっと大きくはけるよ。」
 
「はいてごらん。おや、たったそれきりだろう。
 
いいかい、兄さんがはくから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。」
 
「大きかないや、おんなじだい。」
 
 
 
また、お父さんのかにが出てきました。
 
「もうねろねろ。おそいぞ。あしたイサドへ連れていかんぞ。」
 
「お父さん、ぼくたちのあわ、どっち大きいの。」
 
「それは兄さんのほうだろう。」

 
「そうじゃないよ。ぼくのほう、大きいんだよ。」
 
弟のかには泣きそうになりました。
 
 
 
 
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そのとき、トブン。
 
黒い丸い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで、また上へ上っていきました。
 
きらきらっと金のぶちが光りました。
 
 
「かわせみだ。」
 
子どもらのかには、首をすくめて言いました。
 
お父さんのかには、遠眼鏡のような両方の目をあらん限りのばして、よくよく見てから言いました。
 
「そうじゃない。あれはやまなしだ。流れていくぞ。 
 
ついていってみよう。ああ、いいにおいだな。」
 
 
なるほど、そこらの月明かりの水の中は、やまなしのいいにおいでいっぱいでした。
 
三びきは、ぼかぼか流れていくやまなしの後を追いました。
 
 
間もなく、水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青いほのおを上げ、
 
やまなしは横になって木の枝に引っかかって止まり、
 
その上には、月光のにじが もかもか集まりました。
 
 
 
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「どうだ、やっぱりやまなしだよ。よく熟している。 いいにおいだろう。」
 
「おいしそうだね、お父さん。」

「待て待て。もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ しずんでくる。
 
それから、ひとりでにおいしいお酒ができるから。さあ、もう帰ってねよう。おいで。」
 
 
親子のかには三びき、自分らの穴に帰っていきます。
 
 
波は、いよいよ青白いほのおをゆらゆらと上げました。
 
それはまた、金剛石の粉をはいているようでした。

 
                                                            
 
 
  私の幻灯は、これでおしまいであります。
 
 
 
 
 
 
 
実は この作品を紹介したいと願ってから 3年も経ってしまいました。
 
その理由の一つに シンプルでありながら難解なところ。
 
二つめは やまなしの樹を探し、季節を追って写真に収めるのに時間がかかった。
 
この作品には諸説ありますが、これはあくまでも自分が受けた印象を書きます。
 
 
 
 
 
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                                     11月 残り少なくなった やまなしの実
 
 
 
 
 
 
  五月   
 
外界とはかけ離れた 清らかな谷川に住む サワガニの兄弟が
 
ごくありふれた平和な日常の中で 突然、目にした弱肉強食の世界。
 
のんびりとあわ比べをしていた自分たちのすぐ身近かには 
 
誰も避けることが出来ない「死」があることを初めて知り、 
 
彼らは強烈なインパクトを受けます。
 
 
  十二月
 
少し大きくなったサワガニの兄弟のもとに 飛び込んできた熟れたやまなしの実。
 
やまなしの実は 果肉が硬く味も酸っぱいので、 あまり食用には向かない。
 
そんな人のためには役に立たない やまなしの実でも カニの兄弟の喧嘩を止め、 
 
甘いにおいをまき散らして これから寒い季節を迎える谷川に喜び」を与えます。
 
 
 
賢治の最愛の理解者だった妹トシの死とその苦悩。
 
そこから導き出された 自己犠牲の生き方。
 
これは賢治自身が生涯貫き通した信念でした。
 
 
そして 「取るに足りない者でも 
 
誰かのためにお役に立てることもあるんだよ」
 
と ポンと肩を叩いて 温かく励ましてもらったような気持ちがしました。