「あすこの田はねえ」 | ブドリの森

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                          「あすこの田はねえ」
                                          
                                            春と修羅 第三集より
                                         
 
 
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あすこの田はねえ
 
あの種類では 窒素があんまり多過ぎるから
 
もうきっぱり灌水(みず)を切ってね
 
三番除草はしないんだ
 
……一しんに畦を走って来て
 
   青田のなかに 汗拭くその子……
 
 
 
 
 
 
 
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燐酸がまだ残っていない?
 
みんな使った?
 
それではもしもこの天候が
 
これから五日続いたら
 
あの垂れ葉をねえ
 
(こ) ういう風な垂れ葉をねえ
 
むしってとってしまうんだ
 
 
 
 
 
 
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……せわしくうなずき汗拭くその子
 
   冬講習に来たときは
 
   一年はたらいたあととは云え
 
   まだかがやかな苹果(りんご) 
 
   わらいをもっていた
 
   いまはもう日と汗に焼け
 
   幾夜の不眠にやつれている……
 
 
 
 
 
 
 
それからいいかい
 
イメージ 4
今月末にあの稲が
 
君の胸より延びたらねえ
 
ちょうどシャッツの上のぼたんを
 
定規にしてねえ
 
葉尖(はさ) きを刈ってしまうんだ
 
 
……汗だけでない
 
   泪 (なみだ) も拭いているんだな……
 
 
 
 
 
君が自分で考えた
 
あの田もすっかり見て来たよ
 
陸羽一二三号のほうね
 
イメージ 5
あれはずいぶん上手に行った
 
肥えも少しもむらがないし
 
いかにも強く育っている
 
硫安だって君が自分で播いたろう
 
みんながいろいろ云うだろうが
 
あっちは少しも心配ない
 
反当三石二斗なら
 
もうきまったと云っていい
 
しっかりやるんだよ
 
 
 
 
これから本統の勉強はねえ
 
イメージ 6
テニスをしながら商売の先生から
 
義理で教わることでないんだ
 
きみのようにさ
 
吹雪やわずかの仕事のひまで
 
泣きながら
 
からだに刻んで行く勉強が
 
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
 
どこまでのびるかわからない
 
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
 
ではさようなら
 
 
 
 
……雲からも風からも
 
   透明な力が
 
   そのこどもに
 
   うつれ……
 
 
 
 
 
 
 
宮澤賢治が花巻農学校で農業の指導をした教え子にあてた詩。
 
悪天候のなか 不眠不休にやつれた教え子への具体的なアドバイスは、
 
賢治の生徒に対する 愛情であふれている。
 
 
大正15年3月、賢治は農業に専念するために 農学校を辞職した。
 
それは凶作にあえぐ岩手の新しい稲作の担い手の育成という
 
賢治の願いに反して 卒業生たちの多くは 官僚や技術者を目指して進学し、
 
農業に従事する者が少なかったからだ。
 
 
子どもたちに対しては「百姓になれ」と言いながら、
 
自分は楽して教壇に立っている。
 
おそらく そんな自分自身の偽善に耐え切れずに
 
賢治は自ら率先して 「本物の百姓になる」道を選んだのだろう。
 
 
こんなふうに 身をもって模範を示し、
 
必要な時には あたたかいアドバイスで励ましてくれる
 
大人がそばにいてくれたら、子どもたちにとってどれほど心強いことだろう。
 
賢治の教え子たちは 立派に岩手の農業を発展させた。
 
しかし、80年後の今、 日本の農業の基盤は国策によって揺るがされようとしている。
 
もしも、賢治先生がこれを見たら、何と言うだろうか。