[ 塔子 ]
私は木精を抱き窓の外を見る。一面に長方形の芝生が広がっている。右側には松と白樺、左は桜並木になっており正面にはかえでが見える。春の桜アーチや秋の紅葉を想像させる。芝生の真ん中に大きな楡の木が立っている。その下で実さん、真、京介が座っている。バーベキューの準備は済んだのだろう。3人は少年に見えたりする。揺らぎたつ陽炎の中に男のにおいをかいだような気にもなる。夏の陽が楡の葉に反射した瞬間。
鞠子は白の画用紙を名刺判くらいの大きさに切り始める。
「それなに?」
「アルファベットを書くの」
「何のために?」
「木精におしえるためよ」
「ちょっと早いと思うけど」
「そんなこと無いわ。ベビーベッドの上に下げるの。寝ながら勉強できるようにね」
「なら、はじめはひらがなじゃない?」
「日本語はほおっておいても自然に覚えるわ。だから英語からなの」
ベビーベッドの上の天井を見るとレールが取り付けられている。そこからカードをぶら下げるのか。
「鞠子あのレールどうしたの?」
「実さんにつけてもらったの。実さんはいいアイデアだって言っていたわ」
「そりゃそうでしょう、誰も文句をつけることはできないわ」
「じゃ塔子、木精をベッドに寝かせてあなたもアルファベットを書いて。一面に大文字ひとつ裏面に小文字、読みは書かなくていいわ。読みは私が教えるから木精はすぐ覚えるわ」
「ねえ、木精は生まれたばかりなのよ、なんか早いと思うけど」
「大丈夫、準備は早いほうがいいのよ。もし紙が余ったら三平方の定理でも書いておいて」
阿古はソファーに座りジンライムを飲んでいる。私たちの会話を聞いている。自分から入ってこようとはしていない。木漏れ日のようにカーテンを通して阿古の白い肌に光がさす。
「できたらカードに紐をつけて、塔子」
鞠子は本気だ。不思議だと思う。その作業をやっていると、そのことが正しいのではないかと思われてくる。
木精は天才だと思えてくる。
「ねえ、阿古どう思う?」
「いんじゃない」
外から男3人が帰ってくる。京介は何事も無いかのように天井のレールにカードをしばった紐をくくりつけていく。カーテンレールのようだ。自由に動くからいい。真は画用紙を少し大きくきり始めた。
「何書くの?」
「どんなに頭が良くても礼儀を知らないと困るから、挨拶さ。おはよう、こんにちわ、さようなら、おやすみなさい、ありがとう、すみませんというところか」
京介はアルファベットをつるし終わると木精のベッドにいき話しかける。
Aの札を持って「あ」と話しかける。
すかさず鞠子は
「京介違うわ、エイよ。それアルファベットだから」
「それ早いんじゃない」
「早くないわ」
私もジンライムを飲み始める。阿古のタバコの吸い方は個性的だ。マイルドセブン、ショートピース、ショートホープを前において順に1センチ吸っては消しを時間をあけて楽しむ。
「どうしてそんな吸い方するの?」
「一度に一本は吸えないのよ」
「ならやめたほうがいいよ、身体だって悪いんだから」
「身体を強くするために吸い始めているのよ、あら塔子はチエリーを吸っているのね。私に一本ちょうだい。
今ね、ちょうど桜の詩を考えていたの。桜のアーチ並木を少女が歩いていくんだけど、涙が溢れてきているの。
なぜ泣きそうなのかわからないの。塔子どう思う?」
「失恋でもしたんじゃないの」
「そうね、きっとそうだわ。その少女を一人にしておいていいだろうか?横に『僕』がいたらどうだろうか」
「僕がいたら少女はもっと泣いちゃうよ」
「そうね泣かせてしまっちゃだめだよね。落ちそうで落ちない涙が溢れて落ちないということにしないと泣けないよね」