みなさんこんにちは。
クリニックは長い夏季休暇をいただいております。
ご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご了解のほどよろしくお願いいたします。
私は妻の実家である京丹後市に来ています。
東京から公共交通機関を乗り継いで6時間。
東京から最も遠い町のひとつとして数えられている人口約5万人、高齢化率38%の京丹後市です。
毎年、お盆にうかがっています。
風光明媚な海岸が続く、観光の名所であり、豊かな海産物や果物の産地としても知られていて、とてもよいところです。
しかし、ほかの地方都市と同様に、過疎化、高齢化、人口減少の問題を抱えています。
過疎化が進む地域で一人暮らしをしている義母の生活をみながら、将来の日本の医療のありようや
私たち一人一人が何に気を付ければよいのかを考えてみました。
まず、自民、公明、維新が7月20日の参議院選挙前に病院病床11万床削減を提唱したことをお伝えします。
これは企業が赤字になると工場を閉鎖する(日産の追浜工場閉鎖)のと同じやり方です。
経営者が経営責任を厳しく問われることなく、従業員に犠牲を強いて会社の経営を立て直そうとするやり方です。
病院病床の削減をして国民が入院治療を受けられないようにし、その結果、国の医療費を削減しようというもので、政府の財政運営失敗の犠牲を国民に強いるという政策です。
本日、8月15日は終戦記念日です。
集団になると暴走して、間違っているとわかっていても、天皇陛下ですら止められないのが
日本人という民族です。
病床削減政策は頭のいい官僚や政治家の皆さんが提案することだから、間違いがないはずだと思う方がいらっしゃると思いますが
国家の方針に従った結果、悲惨な末路をたどった満蒙開拓団の悲哀をご存じでしょうか?
この政策はその構図と一緒です。
亡くなった叔父は終戦直前に鎌倉の七里ガ浜の砂浜にタコつぼを掘って潜み、上陸する米軍車両に爆弾を投げつけるという任務を言いわたされていました。
※米軍は上陸前に艦砲射撃で海岸一帯を砲撃します。叔父は米軍が上陸する前に、たこつぼの中で砲撃され、口の中も目の中も砂だらけで、遺体を掘りおこすこともできずに、砂に埋まって死んでいたでしょう。
しかし、作戦実行前に持病の神経痛の悪化で故郷の山梨に一時的に帰ることを許されました。
その一時帰郷の間に戦争が終わりました。
戦争が続いていれば、叔父は戦死していたでしょう。
戦後は中学校の教員として働き、最後は校長を務めました。
生前、戦争中の話しを聞いたときに
「戦争に負けてよかった」
「命拾いした」
と語っていました。
改めて思うことは、国家や組織内で権力が集中してしまうと、内部からは修正や歯止めはきかない。
ブレーキの壊れた暴走列車みたいに、脱線して壁に激突するまで止まれなくなるのです。
または、外部からの力で強制停止させられるしかないのです。
多くの国民の犠牲を伴って。
権力の集中による被害を防ぐには、どうすればよいのでしょうか?
私は自主自立だと思っています。
各自が自立する。
権力や力あるものを利用しよう、便宜を図ってもらおうとする気持ちを持たないこと。
協力はするが依存はしない。
それが、権力の暴走を防ぎ、かつ、ご自身の人生を守ることになると思います。
話を元に戻します。
将来、病床削減で治療を受けられなくなる人が続出しても、この政策を立案実行した人たちは、姿をくらませて責任をとらないことは過去の所業を見ていれば明白です。
重症なのに入院できる病院がない、手術が必要なのに入院ができないという事態がおきても、彼らは知らんぷりして慰めの言葉すらかけてくれないでしょう。
そこのところを、みなさんお忘れにならないようにしてください。
今回、令和の米騒動がきっかけとなって、長年にわたって正しいとされてきた減反政策が間違いであった
と自覚した政府がようやく、米増産に方針を転換しました。
しかし、農家の方は
「さんざん作るなと言われてきて、いまさら増産しろと言われても無理ですよ」
とお答えになっています。
医療や病床も同じです。
いちど削減してしまうと、そこで働く、医師や看護師や薬剤師や事務員は別の場所や業種に行ってしまいます。
後から必要になって、病院をたてても、中で働く人があつまらなければ、病院は運営できません。
能登の地震で輪島市立病院の看護師が子供たちの教育や保育のために転居しました。
建物が修復されて病院の診療が再開しても、もう新しい学校に通う子供たちの生活があるので戻れません。
福島も同様です。
一度やめてしまうと、再開が難しいという点で農業と医療は共通しています。
百歩譲って、食料は輸入でまかなうとしましょう。
医療は輸入できるでしょうか?
医療の輸入はできません。
医療は自前で自国で自給自足しないといけない産業なのです。
医療軽視の政策を続ける、自民、公明、維新がこのまま政策を実行していくとどうなるか
京丹後市のような地方はさらに医療過疎になります。
義母のような高齢者は移住できないので、仮に、通っている病院の先生が冷たい、話をよく聞いてくれない、すぐ注射ばかりする、ほかの先生に変わりたいという不満があっても我慢して通うしかありません。
※鎌倉でも同じような話があるのですから、京丹後の医療の実態が想像できるかと思います。
なぜなら、通える距離にあるクリニックは1件しかないからです。
とても気の毒です。
一人暮らしをしていると、自分が難聴であることや、視力が低下することに気が付かないことが多いです。
実際、難聴のために料理中に後ろから呼びかけても、鍋の煮える音で人の声が聞こえない。
視力が落ちているので、洗面台に立つ妻の後ろ姿をみて、婿である私と間違える。
といった感じです。
もし耳鼻科や眼科が近くにあれば、ちょっと行って診てもらおう、ということになるのですが
近くには内科が一件しかないので、「まあ、しょうがない」といって受診しないのです。
そして、視力、聴力の低下の放置は認知症の進行を早めます。
近くに眼科や耳鼻科がないのは、とても困るのですが、医療費抑制策が続くので、過疎化が進む京丹後市に新たに開業しようというクリニックや病院はまずでてきません。
現に、人口の多い、東京でも赤字倒産している病院が増えているのが現状です。
国や財務省からすれば、近くに病院やクリニックがない事で、患者さんが受診する機会が減れば、医療費の支出が減るので喜ばしいでしょう。
そのためには、病院やクリニックが儲からないように診療報酬を削減し、新規開設を抑え、病院は経営難に陥らせて自主的に倒産させ、結果的に病床削減を実現しようとしています。
✳︎内部留保が500兆円あっても大企業は社会貢献のために病院を作ったり、学生への奨学金を寄付したりしません。「企業は社会の公器」と唱えた松下幸之助さんはお墓の中で泣いておられることでしょう。
農家が儲からないようにして、離農を早めさせる間接的な減反政策のようなものです。
※本来は過剰な訪問看護や増えすぎた調剤薬局。これらの規制と統廃合が先でしょう。そして、医療の原点である外来医療、入院医療に必要な財源を捻出すべきと考えます。しかし、薬剤師会と看護協会の政治力が強く、このことは議論になってもつぶされてしまうのが現状です。そして、医療費削減の矛先は医師会にむけられますが、医師会はもう政治力がないので(民主党政権のときに自民党を裏切って民主党についたので、その一件以来、自民党は医師会を冷遇し続けています)、最終的に病院、開業医を生贄として財務省に差出し、薬剤師会と看護協会には穏便なお取り計らいをという決着で落ち着く形になっています。
しかし、国がこのまま医療費の削減をつづければ、いずれ医療サービスの質は低下し、学術的にもレベルの低い医療しか受けられなくなります。
働く医療者のモラルもどんどん低下し、ミスをしても謝らない看護師、賄賂を渡さないと入院させてくれない医師が普通になり、医療事故も今より増えるでしょう。
そして、この医療過疎は地方から中核都市へと広がっていき、最後は東京、大阪などの大都市以外はみな医療過疎の状況に陥ります。
子育て世代は安心して子供が産める産婦人科病院がない、安心して育てられる小児科がないところでは暮らせません。
したがって、都会に移住していきます。
都会は家賃も生活費も高く、子育てにかかる費用を考えると、結婚をあきらめるか、子供は一人までと少子化が進みます。
そして過疎化の進んだ暮らしにくい地方には、それまで地域で暮らしていた高齢日本人と入れ替わるように、日本人社会と日本文化に馴染めなかった移民外国人がコミュニティをつくり、日本の警察が入れない治外法権化した地域が出来上がる可能性があります。✳︎決して外国人を差別するわけではありません。
過疎の地域をみていると、中央からは非効率なエリアとみなされますが、ただそこに日本人が住んでいるというだけで、治安を守り、国土の荒廃を防ぎ、日本人が築いてきた伝統的価値観を守ってくれている。
防人のような存在であることがわかります。
医療、農業が一度、やめてしまうと復活が難しいといいましたが
人が誰も住まなくなったエリアに、後から人が住めるようようにしようとおもっても、福島がそうだったように、人は戻ってこないものです。
このように、最終的に日々生活する国民に負担をかける政策を疑問を持たずに
過去の反省なくやろうとしているのが
自民、公明、維新、財務省、経団連、日経新聞です。
その結果、少子化がとまらず、税金だけが高くて、生きていくことが苦しみでいっぱいの苦行国家日本になっていきます。
それでいいんでしょうか?
という話です。
彼らのやろうとしていることが、自分たちだけでなく、子や孫の代の生活にどう影響するか。
そういう視点が必要です。
ちょっと話題を変えましょう。
過疎が進む京丹後では、都会に出ていった40台前後の世代が地元を盛り上げようと戻ってきて、新しいカフェや飲食店をひらいています。
誰に指示されるわけでもなく故郷を想う気持ちで過疎地に戻ってきています。
妻の友人は旅館の女将をしていますが、海沿いの空き家を何件も買い取って、観光客への1棟貸しのコテージとしてリフォームする事業をすすめています。
京丹後市も移住促進のプログラムを用意しています。
どこの地方でも取り組んでいることですが、自分たちの故郷は自分たちでなんとかしようという熱意を感じます。
私はここが重要だと思っています。
自分たちが大切だと思うものは自分たちで守る。
そういう想いを集積することが一番大切で
政治力をつかって国に働き掛けて予算の便宜をはかってもらう
というやり方は結果的に実を結ばず、副作用が多いと思います。
このようなことをいろいろと考えて、一人暮らしをする義母には健診をしっかり受けるように伝えました。
京丹後では救急医療や大病院の高度医療を頼ることはできないからです。
血圧、血糖、コレステロールのチェック。
肺がん、乳がん、胃がん、大腸がん、子宮がんのチェック。
クリニックには3か月に1回ではなく、毎月通って、顔を見てもらい、生活の様子を話し、自分でおかしいと思う前に異変に気付いてもらうこと。
田舎の医師は殿様商売で、ちょっと愛想にかけるところがありますが、毎月通って顔を合わせる人には、心を配るようになるものです。
自分の一人暮らしは自分で守ること。
そういう話をして京丹後市を後にしました。
月曜日からは鎌倉で診療を再開します。
みなさんの健康と人生を守れるよう、努めてまいりたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
おまけ
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