アメリカでうける内視鏡検査のおはなし | ひねもすのたりのたりかな

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先日参加した学会でデトロイト在住の日本人の医師が発言していたコメントが印象的でした。

アメリカでは大腸内視鏡をする場合、患者さんを非常に深い眠りにつかせる鎮静を行ってるそうです。日本の病院でも鎮静剤を投与して内視鏡を行う場合がありますが、通常呼びかけに反応する程度の鎮静であり、看護婦が傍でケアしていれば済む程度です。検査が終了する頃には患者さんは目を覚まします。

プロポフォールという鎮静剤がありますが、これは投与中しっかり鎮静でき、投与を中断すると速やかに薬の効果が体から抜けるので、「覚めがよい」のが特徴です。しかしその使用にあたっては専属の麻酔医が管理をしながら投与することが条件になっています。マイケル・ジャクソンはこの薬の投与中に過量投与と管理不注意で命を落としたと言われています。

米国では麻酔医が専属でつき、この薬を使用しながら大腸内視鏡をおこなっているようです。患者さんは深い鎮静に入りますから検査中のことはまったく覚えていません。非常に楽に検査が受けられますから、それはそれで良いのかも知れません。ところがひとつ問題が出て来てきます。麻酔というのは覚めるか覚めないか微妙なさじ加減の麻酔をするよりも、しっかり眠らせてしまう麻酔の方が技術的には容易です。その方が患者さんも楽だから、という理由で最近の傾向として、内視鏡検査中の鎮静がどんどん深くなる方向に向かっているそうです。ところが鎮静を深くすると、呼吸が弱くなります。深い鎮静の際に怖いのは呼吸抑制・呼吸停止なので、麻酔医は患者さんの呼吸状態をしっかり観察して必要であれば酸素マスクなどで呼吸の補助を行う必要があります。ここでまたひとつ麻酔医たちは思いつきます。「どうせしっかり鎮静をかけて呼吸を管理しなくてはいけないのなら、いっそのこと気管内挿管もしくはそれに準じる処置(ラリンゲルマスク)をしておいた方が安全で自分達も気分が楽だ」という考えです。この結果、たしかに患者さんは深い鎮静で楽だし、麻酔医も安全に安心して呼吸管理が行えますが、、麻酔処置の内容がどんどん濃厚になり「医療費の高騰」が生じます。さらに滑稽なことに、本来の大腸内視鏡検査のコストよりも麻酔のコストのほうが高額になる逆転現象が起きているというのです。

州によってことなりますが、米国での大腸内視鏡検査に関わるコストは、日本円で40万~50万、高いところでは百万円近いの金額になるそうです。保険で2割負担に減免されても10~20万円程度の自己負担です。さらに検査して医師に支払わなくてはいけない10万円以上のドクター・フィーが別途請求される場合もあるそうです。たかだか検査に尋常ではありませんね。ちなみに日本では観察だけの検査の場合3割負担で5千円前後です。高齢者で1割負担なら1600円ぐらいです。生活保護の方は無料でうけられます。日本の医療制度が世界のなかでは異質なほど行き届いているといいうのもありますが、アメリカの医療制度の歪みがさらに垣間見えるお話でした。