独自路線を貫くホンダ(本田技研工業)が、夢のある挑戦に踏み出した。9月30日、〈新領域へのチャレンジ〉として、“空飛ぶクルマ”と称される電動垂直離着陸機eVTOLや、遠隔地から操作するアバターロボットの開発などとともに、「宇宙領域へ挑戦」として、人工衛星を宇宙に運ぶ再利用可能な小型ロケットの開発に着手していることを発表した。
また、月面での活動をサポートするシステムとして、高圧水電解技術と燃料電池を利用した循環型再生エネルギーシステムや、人型ロボットASIMOの技術を応用した遠隔操作ロボットなども開発するという。ホンダは2030年までに人工衛星を宇宙に運ぶ試験機を打ち上げ、小型ロケット事業に参入するとしている。
今年4月に就任した三部敏宏社長が“脱エンジン”を宣言したホンダは、今後こうした自動車とは異なる宇宙領域に挑戦するというのだ。
ホンダは、今回の発表についてこう説明する。
「現在、会社の方針として『2050年カーボンニュートラル実現』『2050年Hondaの二輪車・四輪車の関わる交通事故死ゼロ』そして『新たな領域へのチャレンジ』の3つを掲げています。『脱エンジン、EVシフト』と言われている四輪電動化はカーボンニュートラルへの取り組みの一環です。
一方、新たな領域へのチャレンジとして、宇宙への取り組みは、2019年に宇宙プロジェクトチームを発足させ、『人の暮らしを豊かにする次の価値を提供する』という視点で、ロケットを含めていくつかの研究開発を行なってきました」(広報部)
なぜ宇宙を目指したのか。ホンダはこう語る。
「『モビリティの枠組みで技術を通じて人の役に立つ』を基本とし、二輪、パワープロダクツや船外機、四輪、航空機とその領域を拡げてきました。このような『陸・海・空』と拡げてきたモビリティの次に来たるフィールドとして、宇宙への拡大を考えました。
宇宙活用により人々の地上での暮らしを豊かにするという観点で、人工衛星打ち上げを支えるロケットの開発。また人類の活動領域の拡大として月面での活動をサポートするシステムを、それぞれターゲットとしています」(同前)
ともすると荒唐無稽や無謀との批判も出かねないホンダの挑戦だが、マネックス証券チーフ・ストラテジストの広木隆氏は、こう評価する。
「ホンダらしいフロンティアスピリッツを感じます。この前向きな姿勢は評価すべきでしょう。決して思いつきなどではなく、これまで培ってきたエンジンの燃焼技術や自動車の制御技術、燃料電池やロボットの技術などが宇宙開発に応用できると判断しているのです」
今、海外では民間による宇宙開発が進んでいる。かつて宇宙開発は国家事業としてコスト度外視で行なわれてきたが、民営化によるコスト削減の波が起きている。その波にうまく乗ったのが、イーロン・マスク氏がテスラと共に力を入れるスペースX社で、格安の打ち上げ費用を実現し、アメリカの宇宙事業に食い込んでいる。
民営化により打ち上げが低コストになれば、宇宙ビジネスが活性化して市場が拡大する。ホンダもその市場を狙っているとみられる。
市場規模は300兆円
宇宙ビジネスコンサルタントの大貫美鈴氏はこう語る。
「宇宙事業の市場規模は、2040年代には100兆円を超え、さらにバンク・オブ・アメリカの試算によると2040年代後半には300兆円にまで伸びるとされています。
自動車産業は宇宙事業との親和性が高く、特にこれから期待が高まると考えられます。宇宙事業が本格化すれば、高頻度で打ち上げを行なうことになり、ロケットや衛星の部品をたくさん高品質に、かつ安いコストで作る必要があります。
従来の宇宙企業や宇宙ベンチャー企業にはそのノウハウがあまりなく、この分野でも優位性を持つのが、自動車などの製造業です。スペースXも、ドイツの自動車メーカーからの招聘で製造ラインを設計したほどですから、自動車産業の宇宙事業での活躍に大きな期待を寄せています」
コストと品質に厳しい世界で鍛えられてきた自動車メーカーは、いざ「量産」となれば、他を圧倒する可能性さえある。前出の広木氏が語る。
「宇宙事業の実現には投資資金をどうするかという壁がありますが、今、企業は投資先がないため多額の余剰資金を持っている。
ホンダも同様で、リストラを実施してF1撤退や工場閉鎖、さらに2000人規模の早期退職などを行なっていますが、これは利益を出すためのことで、お金がないということではない。宇宙事業を展開するためのコア技術をホンダはすでに持っているので、債券発行も借り入れも可能で制約にならないでしょう」
前出の大貫氏も口をそろえる。
「日本は、宇宙ビジネスに対する投資は積極的です。宇宙スタートアップへの投資家(会社)数はアメリカ、中国に次ぐ3位です。コーポレート・ベンチャー・キャピタルの形で事業会社が宇宙ベンチャーに出資しているケースが多いのが特徴で世界からも注目されています」
※週刊ポスト2021年10月29日号