《咽頭をぐいと拭った綿棒に百万人の死の炎(ほむら)見ゆ》-。世界中が、新型コロナウイルス禍に見舞われて1年余り。大阪府内の救命救急センターで治療に当たる、救命救急医で歌人の犬養楓(かえで)さん(34)が、歌集『前線』(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)、1650円)を刊行した。窮迫した現場、医療従事者の苦悩、患者へのいたわりなど、コロナ禍をとりまく交錯する思いが31文字に収められている。(横山由紀子)
犬養さんは愛知県出身。短歌をたしなんでいた祖母の影響で、18歳で短歌を作り始め、大学時代、そして医師となってからも、折に触れて歌を詠んできた。命の危険にさらされた患者の一刻を争う救命救急の現場に昨年春、コロナ患者が加わり、一層の緊迫感に包まれた。
投稿サイトで反響
以前から短歌を公表してきた投稿サイトで、コロナ禍を題材に歌を詠んだところ、「これまでの10倍のアクセス数があり、反響の大きさを感じた」と話す。
そして、「コロナ禍で逼迫(ひっぱく)する救急医療の現状、医療従事者の言葉にできない声を届けたい」と、現場の生々しい様子を克明に伝える240首を歌集にまとめた。
《五輪まで二百を切った日の朝に届いた未知の病の知らせ》
かつてない未知のウイルスに遭遇した、昨冬の不安を思い起こさせる。そして、次々と感染者が増えていく。
《速報は日々北上す前線の最多最多と桜のごとく》
医師や看護師、救急隊員らの負担は、日増しに増えていった。
《増えていく感染者に比し減っていく創作時間と残りのベッド》
《昼が来て夜が来てまた昼が来て看護師はこれを一日と呼ぶ》
とりわけ、看護師の負担は大きい。「実際、看護師は、医師よりも非常に近い距離で患者のケアに当たります。感染リスクも高く、本当に頭が下がります」。休憩時間などで聞いた看護師の負担や苦悩を詠んだ歌も多く掲載した。歌集のタイトルは「前線」だが、「医療現場の最前線にいるのは、看護師です」。
情報が錯綜(さくそう)していた昨年春の第1波の頃、医療従事者に向けられた偏見を詠んだ歌もある。
《世の中の風当たりにも耐えるよう防護ガウンを今日も着込んで》
犬養さん自身、夜中にけがをして救急搬送されてきた患者から、「コロナ患者を受け入れている病院では、治療をしてもらいたくない」と、心ない言葉を浴びせられたこともある。
また、医療従事者の治療行為は使命感という言葉で飾られがちだが、「みな目の前の仕事を責任を持ってこなしながら、心がくじけそうになるときもある。そんな思いも伝えたい」と話す。
率直な思い伝える
緊急事態宣言の効果もあって、日々の感染者数は減少傾向にあるが、医師として「まだまだ気を緩めないで感染防止に努めてほしい」と訴える。
《アフターかウィズのままかを問われても答えの出ない二十一年》
短歌という表現形式は、「言葉にしづらい思いをオブラートに包まずに伝えることができるし、社会的背景をにじませながら、心の機微を表現することができる」。歌集は、看護師や医師ら医療従事者にも読んでもらいたいという。
「コロナ禍は、百年に一度の出来事。その時に起きたこと、感じたことを言葉として残しておかなければ、また同じような悲しみが生まれる可能性がある。ワクチン接種のことや第4波のことなど、これからも引き続き詠んでいきたい」
○ワタシ想います。
医療現場の様子が分かると・・・。