正直言ってバリでの生活は私にとってターニングポイントだったかもしれない。
まだ薄暗いうちから起きて市場でチャナンっていういたるところにお供えするものの材料を手に入れてひたすら作る。それを供えて一日が始まる。
昼間は暑いのでひたすらインドネシア語の勉強をしてた。やる事もないからすぐに話せるようになった。
話が出来るようになると友達もどんどん増えて色んな経験をした。ただ公に出来ないようなイレギュラーな事もたくさん起きたのでここに書き残せないのが残念。
監禁された事もあるし事故に巻き込まれた事もある。自分で立ち上がって時には人に支えられて人間の強さを感じる日々だったと思う。
日本からの観光客みたいにお金を持っているわけでもなく観光をするわけでもない。
誰も私にお金を求めてこなかった。もっとも、持っていないものは分けられないからね。
多分呆れてたんじゃないかな。みんな。
3ヶ月後帰国の時には私はみんなからのおみやげで来る時の3倍の荷物を抱えて飛行機に乗った。
みんな家族だから、日本にいる子達ともずっと助け合ってきた。弱さも強さもズルさも全部分け合ってた。
でも3度目の帰国の時に大事件が起きてしまうのだ。それはもう激動の始まりだった。