こんにちは~
当初は前編・後編で書こうと思っていた今回の手術ですが、
まとめきれずダラダラと書いてしまい、
気づけば⑥・・・^^;
にも関わらず
お付き合い下さり
ありがとうございます。
ようやく完結編です。。
さて、手術の翌朝からの話です。
朝9時頃、看護師さんが来て、
『では、起きてみましょうか^^』と。
朝を待つ間に
身体についていた管やフットマッサージャー等は
次々に外されていたので、
点滴以外、残るは尿管のみになっていました。
ついにこの一番イヤなものが外れる~!!
といううれしさと同時に
果たしてトイレまで歩いて辿り着けるだろうかという不安・・・。
(部屋にトイレはついていませんでしたので。)
私が一人で悶々としている間に
看護師さんはテキパキと外すものを外してくれ、
ようやく自由の身に!
看:『ではいきましょう!まず上体起こしましょうね~』
私:『あのー、、立てる気がしないんですが・・・』
看:『皆さんそうおっしゃいますけど、割とすぐお立ちになるんですよ~^^』
ピッ ガーーーーー
私:『えぇーーっ!?』
私の心の準備ができていないのに
看護師さんは気にしてくれることなくベッドのリモコンを押したので、
ベッドの背もたれはぐんぐん上がり・・・。
恐ろしい私は重力に身を任せることしかできず、
そのまま上体を起こすハメになりました。。
でも、、
あれ?案外痛くない・・・。
お腹に力を入れずに起きたので
お腹に痛みはありませんでした。
続いて
足をベッドから下ろして腰かける姿勢になるように言われたので、
ベッドの手すりにしがみつきながら
恐る恐る方向転換。
普段は何気なく行っている
『ベッドで起き上がってベッドから降りる』という動きは
お腹に力を入れないとできない動きなんですね。
述後10日間位は
この動きを慎重に慎重に行っていました。
そして、いよいよ起立・・・。
点滴を打っていたので、
『点滴台につかまりながらゆっくり立って下さい』
と言われ、
そろそろ立ってみると、、
意外とあっさり立てました!
ただ、
やはり傷のせいでお腹が引きつるような感じがあり
姿勢は前かがみに。
点滴台につかまりながらではありましたが
そろそろと歩いてみることもできました。
看護師さんも
『大丈夫そうですね^^
ではがんばってなるべく歩くようにして下さい。』と。
動かないと血栓症(いわゆるエコノミー症候群)の危険性があるので、
離床後はなるべく歩くようにとの説明は事前に受けていました。
また、手術の際にお腹を膨らませるために入れた炭酸ガスを排出するためにも、
動いて腸の動きを活発にして
なるべく早く抜けるようにする必要があるのだそうです。
とにかく早く日常を取り戻したかった私は
そのまま廊下に出て、病棟の廊下を2往復程歩いてみました。
前かがみでゆっくりゆっくり
両手で点滴台にしがみつくようにして歩く様は
どうみても病人・・・^^;
まさかこの歳で自分がこの姿になろうとは・・・^^;
お腹は痛かったですが、
切った傷口がキリキリと痛むというのではなく
(かなりひきつる感じはありましたが、傷自体は痛くない)、
お腹の中に鈍い痛みがあって
それが歩くことによって響くような感じでした。
なので、歩く時は響かないようにつま先からそろそろと。。
あとは、せきをする時にも響きました。
全身麻酔だったので、せきは仕方がないのですが、
これは退院してからもしばらく続きました。
(ちなみに、この日の朝から退院の日まで、
ロキソニン(鎮痛剤)を1日3回服用していました。)
その足でトイレにも挑戦し、
とりあえず心配していたトイレ問題はクリアできることを確認(笑)。
その時に、述後初めて自分のお腹を恐る恐る見ましたが、
3か所の傷跡には
大きな絆創膏のようなテープが貼られていただけでした。
他の方のブログでこれも予習済みではありましたが、
本当にこれだけなんだ!?
と、少し驚きももの木。
ただ、そこから透けて見える傷は
まだ直視することができませんでした。
そして、ガスが抜けていない状態のお腹の張り具合はというと、
一枚皮がパーンと張られたような感じになっていました。
まさにカエルのお腹のような・・・。
8cmもの塊がなくなった訳ですし、
2日前の夜から絶食していたので、
手術の後はさぞかしお腹が真っ平らになっているのだろうと
かなり楽しみにしていたのですが
残念ながら
お腹の出具合は術前と変わらず
ただ張りが出ただけでした・・・T_T
廊下2往復&トイレコースの徘徊を
超スローペースで終えて部屋に戻ると、
看護師さんがフットバスを用意してくれました。
手術当日・翌日はシャワーを浴びることができなかったので、
これはかなりうれしかったです。
アロマも数種類あり、すきなものを入れてくれました☆
無事に離床を終えた後は
『退院までひたすら生活するのみ』です。
ひとまず飲むことが解禁になった私は
お茶を汲みに行き、ベッドに戻ってゆっくり飲み、
トイレに行きたくなったら行き、
そしてまたお茶を汲む。
ということを退院の日まで延々と繰り返しました。
トイレに行きたくなれば
嫌でも歩かなくてはいけないので。
普段はなんてことのない行動ですが
満足に歩くことのできない時には
これでも割と一苦労なんです。
同室で、私と同じく腹腔鏡下手術を受けられた方(同世代位と思われる)がいました。
その方は術後~離床は私よりもかなりスムーズに見えたのですが、
離床後、ほとんど動いている様子がなく、寝てばかりで、
その後の回復があまりよろしくなさそうでした。
(大部屋だと看護師さんとのやりとりや面会の人との会話等、ほとんど聞こえてしまいます。)
もちろん個人差もあるのだと思いますが、
その方が看護師さんから『歩きましょうね』と言われているのが度々聞こえてきたので、
やはり歩くのと歩かないのとでは
回復傾向が違うのだと思います。
その日のお昼からはようやく食事ができました。
といっても、最初はお粥・・・。
塩や梅干しもなく、かなり食べづらかったので、
おかずだけ食べてお粥はほとんど残してしまいました。
その後は、お茶汲み⇔トイレの合間に
ぼーっと雑誌を眺めたり、
うとうとしたりして時間つぶし。
廊下を歩くだけでもすぐに疲れましたし、
携帯をいじるのも、テレビを観るのも、活字を読むのも
すぐに疲れました。
私よりも数日早く腹腔鏡下手術を受けていた同室のおばちゃんが
『先生から手術後の説明がまだないのよ~』
なんて話していましたが、
私はまだしばらく説明は聞きたくないと思っていました。
無事に終わったことは妹から聞いていましたが、
手術を振り返るということが
その時の私にはきつかったのです。
妹に、術後、先生からの説明時に見せられる実物(もしくは写真)を
写真に撮っておいてと頼んでいたので、
妹は早速その写真を私に送ってくれていましたが、
すぐにそれを見ることはできませんでした。
・・・手術前はあんなに見たがっていたのに・・・(笑)。
その日の夕食からは通常のごはんになりました。
いい加減お腹は空いていましたが、
思うように入っていかない・・・。
しかも、食べ始めたとたん、お腹に差し込むような痛みが・・・。
しかし、この痛みは一時的なもので、
トイレに駆け込む(ヨタヨタでしたが 笑)と治りました。
これは退院してからも食事の度に数日続きました。
癒着を剥がした部分に
腸が動くことで触れているのではないかという先生もいましたが
(診察は毎日違う先生でした)、
最終的には“ストレス性の腸炎”と言われ
合点がいきました。
以前からことあるごとにストレス性の腸炎になっているので、
今回の入院&手術という状況と、この症状からみて
間違いないと思います。
しかし、腸炎を除いては
翌日以降、時間が経つにつれて回復しているのを実感。
翌日の午前中に久しぶりにシャワーを浴びたら、
不安も洗い流したかのように一気に元気が出てきて、
気持ちが明るくなりました。
お昼頃に先生から手術の説明がありましたが、
前日とは打って変わって冷静に聞くことができましたし、
グロテスクな写真を見ても動じることはありませんでした(笑)。
4枚の写真を見ながら説明を受けたのですが、
大きかった右の卵巣部分の beforeが1枚、 afterが1枚あり、
その違いは歴然。
また、そこに映っていた子宮の外側が何やらテカテカしていたのですが、
先生曰く、それも内膜症とのこと。
腹腔鏡でそれが見えたので、
見える部分は焼いておきました、とのことでした。
3枚目は周囲とべったり癒着していた左側の卵巣部分。
これを剥がすのに予定よりも時間がかかったのだそうです。
4枚目は・・・・・・??
何やら臓器のようなものが写っていました。
『これは、他に撮るものがなかったので
何となく撮ってみました。
肝臓です。とっても綺麗ですね。』
と、淡々と先生がおっしゃいました(笑)。
子宮内掻爬はカメラを使用していなかったので
写真はありませんでいたが、
取れるだけは取って下さったそうです。
総じて手術はうまくいったとのことでした。
が、これだけ癒着をしていた位なので、
今後放置していたら再発は間違いなくするでしょう、とのことでした。
でもちゃんと対策をしていけばそれは防げるとの説明をしていただいたので
ひとまず安心です^^
その後、順調に回復し、
病院の本棚にあった“ベルサイユのバラ”を大急ぎで読破し、
無事に退院しました☆
体調が万全ではなかったにも関わらず、
母が埼玉から3時間かけてお見舞いに来てくれたり、
仕事が忙しくて土日も仕事だったにも関わらず
毎日欠かさず旦那がお見舞いに来てくれたり、
旦那の両親が入退院の送迎をしてくれたり、
妹が手術に立ち会ってくれたりと、
家族には迷惑をかけてしまいましたが、
本当に支えてもらいました。
友人からもメッセージをもらい、
大いに励まされました。
病院のスタッフの方々にもよくしていただいたので、
恵まれていたなと思います。
初めてのことだらけで
不安ばかりでしたが、
なんとか乗り切ることができました!
なんだかダラダラと書き綴ることになってしまいましたが
お読みいただきありがとうございました!
あ、便利だった入院グッズを書いていなかったので
さらっと書いておきます。
S字フック・・・ベッドの手すりに色々かけておけるので便利。
ふりかけ・・・・おかずがおいしくなくてもなんとかなる。
ズロース・・・・おばあちゃんが穿くような、おへそが隠れる位のパンツ。
傷口にあたらないので便利。
私はあれこれ準備しすぎましたが、
結局使わなかったものが多くて
かえってジャマになりましたが、
腹腔鏡下手術を受ける方にはズロースはかなりオススメです(笑)。
お腹も冷えないし(笑)。
以上、手術日記でした。
あ~長かった(笑)。
ではまた!
こんにちは~
前回の記事の最後に、
『気が付いたら病室のベッドでした。』
と書きましたが、
すみません、
よくよく思い出してみたら違いました。
(書き忘れていましたが
手術は全身麻酔で行われました。)
手術が終わって
一番最初に目を覚ましたのは手術室でした。
『○○(←私の苗字)さーん!○○さーん!』
と呼ぶ声が聞こえてふと目を覚ましたら
手術着を着た人が数名
私を囲むように立っていて、
こちらを見下ろしているのが
ぼんやりと見えました。
『○○さーん!終わりましたよー!』
『(あぁ・・・終わったのか・・・)』
と一瞬思ったのですが
すごく疲れたような感じがして
また眠ってしまいました。
再び
『○○さーん!わかりますかー!?』
と呼ばれたような気がして
もう一度目を開けたのですが、
呼吸ができなくて苦しい・・・。
(ひょっとしたら『深呼吸してみて下さい』と言われて試みたのかも…)
でもそれを訴えたくても手が動かない・・・。
しかしなぜか冷静で
『機械で呼吸は確保されているはずだから
きっと死ぬことはないだろうな…。
でもやっぱり苦しいから寝てしまおう…。。』
と、苦しさを紛らわせる為に再び眠りました。
・・・眠っていたと思うのですが、その後、
『呼吸の管抜きますよー!』
と聞こえ、
喉に入れられていたチューブが抜かれて、
その瞬間は少し苦しかったような記憶がうっすらとあります。
その後、『せーの!!』と聞こえ
身体が動いた感じがしたので
『(あぁ…手術台からベッドに移されたんだな…でも全然痛くないな…)』
と思った記憶もあります。
ここまではなんとなーく覚えている程度の話です(笑)。
ひょっとしたら夢だったかもしれません(笑)。
次に目を覚ましたら病室にいました。
妹と、その日は来られないと思っていた旦那の姿が見えました。
妹が先生から聞いた話を
旦那にしているような会話が断片的に聞こえました。
目線の先に時計があり
見たら17時過ぎ。
手術開始が14時で、予定では2時間程度だと聞いていたので
『あぁ…長引いたんだな。。やっぱり癒着があったんだ…』
とボーっとしていると
二人が私に気が付き
妹が
『お疲れさま!手術受けてよかったよ!
すごくきれいに治してもらえたよ!』
と。
旦那も心配そうな表情でこちらを見ていました。
私もなにか話そうと思いましたが、
酸素マスクがついていて話せず、
『やぁ』と手を上げようと思っても
何やら身体中にチューブがついていて動かせず、
少し目を開けること以外は何もできませんでした。
動かそうと思えば動かせたかもしれませんが
それだけのエネルギーがありませんでした。
目を開けるだけでも疲れてしまって
またすぐに眠ってしまったように思います。
次に目を覚ました時にはもう旦那はいなかったのですが、
忙しい仕事の合間に来てくれたことはわかっていたので、
なんだか申し訳なかったなと思っていると、
妹が
『ここは私がいるから、早く仕事に戻りなって言って帰しちゃった。
だいぶ名残惜しそうにしてたけどね~(笑)』
と。
旦那にも私にも機転を利かせてくれたことがありがたかったです。
その後も私は
寝ては目を覚まし、寝ては目を覚まし
の繰り返し。
妹は、元々『手術が終わってしばらくしたら帰る』
と言っていたのですが、
結局、面会時間が終わるまでいてくれました。
後から妹に聞いた話によると、
私の全身に管がつけられていて
意識があるのかないのかもよくわからなくて
つらそうにボーッとしている姿を見たら
心配で帰ることができなかったのだそうです。
旦那も同じことを言っていました。
私としても、当初は
『手術といっても私はずっと寝てるだけだし、一人でも大丈夫』
と思っていましたが
実際にその時になってみると
妹がいてくれてかなり心強かったです。
毎日忙しくしているのに
埼玉から病院まで2時間半以上かけて来てくれ、
夜遅くまで付き添ってくれたことに感謝。
妹が帰った後、
間もなく消灯となり(21時。早過ぎる…)、
夜の戦いが始まりました。
消灯前に
“眠くなる成分が入った痛み止めの点滴”を使ってもらったため、
朝まで痛みを感じずにぐっすりと眠れるのかと思いましたが、
何度も目が覚めました。
その時に点滴が終わっていると大きな不安を感じ、
痛みが出てきたような気がしてしまいました。
看護師さんは定期的に血圧を測りに来てくれていたのですが、
痛みがひどくなってからでは遅いと思い、
ナースコールを押そうと・・・。
でも、
看護師さんに必要以上に迷惑をかけるのは申し訳ないし、
同室の人も起こしてしまうかもしれない・・・うーん。。
などと毎回ごちゃごちゃと考えていました。
が、
今夜だけは申し訳ないけど自己中にいかせてもらいます!!
と意を決してナースコールを押す。
という同じ流れ(笑)を、何度か踏みました。
点滴以外にも
異常な暑さで目を覚まし、
喉がカラカラで脱水してしまうのではないかと思って
これまたナースコールを押したりしました
(その時は飲食禁止だったので、うがいだけさせてもらいました)。
また、同じ姿勢で横になっていたので
腰痛も。。
看護師さんは
『寝返りを打ってもいいいですよー^^』
とあっさり言ってくれたものの、
点滴やら血圧計やらが両腕に付いていて
両足にはフットマッサージャー(血栓防止のため)、
更には尿管までついているので
寝返りなんてとてもとても・・・。
結局、点滴がついていない方の腕を腰の下にまわして
わずかながら腰を伸ばしたり、
両膝を立てたりしてしのぎましたが、
尿管が気なって気になって・・・(笑)。
そして
手術の際に付けた人口呼吸器の影響で
のどがやられてしまったことによる
せきが出始めました。
これは事前に麻酔科医の先生から説明はありましたが、
実際にせきが出ると、当然お腹も痛いわけで
数日間はきつかったです。
そんなこんなであまり眠ることができず、
夜中に何度看護師さんに来てもらったか自分でもわからない位、
ご迷惑をおかけしました。
ようやく朝が来た時はホッとしましたが、
同時に、
『その日の午前中のうちに離床』というプレッシャーもじわじわと・・・。
寝がえりすらまともにできない位動けていないのに
立つとか歩くって何!?
というかその前にまず座れるの!?
お腹曲げて痛くないの!?
と、不安だらけ(笑)。
その様子はまた次回にします。
早く書かないと忘れてしまうので
がんばります(笑)。
ではまた!
前回の記事の最後に、
『気が付いたら病室のベッドでした。』
と書きましたが、
すみません、
よくよく思い出してみたら違いました。
(書き忘れていましたが
手術は全身麻酔で行われました。)
手術が終わって
一番最初に目を覚ましたのは手術室でした。
『○○(←私の苗字)さーん!○○さーん!』
と呼ぶ声が聞こえてふと目を覚ましたら
手術着を着た人が数名
私を囲むように立っていて、
こちらを見下ろしているのが
ぼんやりと見えました。
『○○さーん!終わりましたよー!』
『(あぁ・・・終わったのか・・・)』
と一瞬思ったのですが
すごく疲れたような感じがして
また眠ってしまいました。
再び
『○○さーん!わかりますかー!?』
と呼ばれたような気がして
もう一度目を開けたのですが、
呼吸ができなくて苦しい・・・。
(ひょっとしたら『深呼吸してみて下さい』と言われて試みたのかも…)
でもそれを訴えたくても手が動かない・・・。
しかしなぜか冷静で
『機械で呼吸は確保されているはずだから
きっと死ぬことはないだろうな…。
でもやっぱり苦しいから寝てしまおう…。。』
と、苦しさを紛らわせる為に再び眠りました。
・・・眠っていたと思うのですが、その後、
『呼吸の管抜きますよー!』
と聞こえ、
喉に入れられていたチューブが抜かれて、
その瞬間は少し苦しかったような記憶がうっすらとあります。
その後、『せーの!!』と聞こえ
身体が動いた感じがしたので
『(あぁ…手術台からベッドに移されたんだな…でも全然痛くないな…)』
と思った記憶もあります。
ここまではなんとなーく覚えている程度の話です(笑)。
ひょっとしたら夢だったかもしれません(笑)。
次に目を覚ましたら病室にいました。
妹と、その日は来られないと思っていた旦那の姿が見えました。
妹が先生から聞いた話を
旦那にしているような会話が断片的に聞こえました。
目線の先に時計があり
見たら17時過ぎ。
手術開始が14時で、予定では2時間程度だと聞いていたので
『あぁ…長引いたんだな。。やっぱり癒着があったんだ…』
とボーっとしていると
二人が私に気が付き
妹が
『お疲れさま!手術受けてよかったよ!
すごくきれいに治してもらえたよ!』
と。
旦那も心配そうな表情でこちらを見ていました。
私もなにか話そうと思いましたが、
酸素マスクがついていて話せず、
『やぁ』と手を上げようと思っても
何やら身体中にチューブがついていて動かせず、
少し目を開けること以外は何もできませんでした。
動かそうと思えば動かせたかもしれませんが
それだけのエネルギーがありませんでした。
目を開けるだけでも疲れてしまって
またすぐに眠ってしまったように思います。
次に目を覚ました時にはもう旦那はいなかったのですが、
忙しい仕事の合間に来てくれたことはわかっていたので、
なんだか申し訳なかったなと思っていると、
妹が
『ここは私がいるから、早く仕事に戻りなって言って帰しちゃった。
だいぶ名残惜しそうにしてたけどね~(笑)』
と。
旦那にも私にも機転を利かせてくれたことがありがたかったです。
その後も私は
寝ては目を覚まし、寝ては目を覚まし
の繰り返し。
妹は、元々『手術が終わってしばらくしたら帰る』
と言っていたのですが、
結局、面会時間が終わるまでいてくれました。
後から妹に聞いた話によると、
私の全身に管がつけられていて
意識があるのかないのかもよくわからなくて
つらそうにボーッとしている姿を見たら
心配で帰ることができなかったのだそうです。
旦那も同じことを言っていました。
私としても、当初は
『手術といっても私はずっと寝てるだけだし、一人でも大丈夫』
と思っていましたが
実際にその時になってみると
妹がいてくれてかなり心強かったです。
毎日忙しくしているのに
埼玉から病院まで2時間半以上かけて来てくれ、
夜遅くまで付き添ってくれたことに感謝。
妹が帰った後、
間もなく消灯となり(21時。早過ぎる…)、
夜の戦いが始まりました。
消灯前に
“眠くなる成分が入った痛み止めの点滴”を使ってもらったため、
朝まで痛みを感じずにぐっすりと眠れるのかと思いましたが、
何度も目が覚めました。
その時に点滴が終わっていると大きな不安を感じ、
痛みが出てきたような気がしてしまいました。
看護師さんは定期的に血圧を測りに来てくれていたのですが、
痛みがひどくなってからでは遅いと思い、
ナースコールを押そうと・・・。
でも、
看護師さんに必要以上に迷惑をかけるのは申し訳ないし、
同室の人も起こしてしまうかもしれない・・・うーん。。
などと毎回ごちゃごちゃと考えていました。
が、
今夜だけは申し訳ないけど自己中にいかせてもらいます!!
と意を決してナースコールを押す。
という同じ流れ(笑)を、何度か踏みました。
点滴以外にも
異常な暑さで目を覚まし、
喉がカラカラで脱水してしまうのではないかと思って
これまたナースコールを押したりしました
(その時は飲食禁止だったので、うがいだけさせてもらいました)。
また、同じ姿勢で横になっていたので
腰痛も。。
看護師さんは
『寝返りを打ってもいいいですよー^^』
とあっさり言ってくれたものの、
点滴やら血圧計やらが両腕に付いていて
両足にはフットマッサージャー(血栓防止のため)、
更には尿管までついているので
寝返りなんてとてもとても・・・。
結局、点滴がついていない方の腕を腰の下にまわして
わずかながら腰を伸ばしたり、
両膝を立てたりしてしのぎましたが、
尿管が気なって気になって・・・(笑)。
そして
手術の際に付けた人口呼吸器の影響で
のどがやられてしまったことによる
せきが出始めました。
これは事前に麻酔科医の先生から説明はありましたが、
実際にせきが出ると、当然お腹も痛いわけで
数日間はきつかったです。
そんなこんなであまり眠ることができず、
夜中に何度看護師さんに来てもらったか自分でもわからない位、
ご迷惑をおかけしました。
ようやく朝が来た時はホッとしましたが、
同時に、
『その日の午前中のうちに離床』というプレッシャーもじわじわと・・・。
寝がえりすらまともにできない位動けていないのに
立つとか歩くって何!?
というかその前にまず座れるの!?
お腹曲げて痛くないの!?
と、不安だらけ(笑)。
その様子はまた次回にします。
早く書かないと忘れてしまうので
がんばります(笑)。
ではまた!
こんにちは~
花粉が本格的に飛び始めましたね(>_<;)
花粉症で術後の私には
恐怖以外の何物でもありません・・・。
特に今日なんて
雨上がりで強風・・・。
怖くて換気もできません。。
今のところは
マスク・目薬・花粉対策のメントールキャンディーで
ある程度は抑えることができていますが
それでもたまにくしゃみが出そうになります。
くしゃみが出そうになると
片手で鼻をつまみ、息を止めて、
前傾姿勢をとり、もう片方の手でお腹を少し強めに押さえる。
こうすることで
うまくいけばくしゃみを抑えることができ、
万が一くしゃみが出てしまっても
その勢いと痛みを多少軽減できるということを習得しました。
が、しかし、
それでも失敗する時があります。
外にいる時は
この体制を満足に取ることがなかなかできないのです。
コートを着ているとお腹をおさえづらいのです。
突然鼻をつまんで
前かがみになってお腹を押さえ、
中途半端な変なくしゃみをして
その後、苦虫をかみつぶしたような表情で
ヨロヨロしているアラサー女がいたら
きっとそれは私でしょう。
毎年、くしゃみが出続けて
ストレスに感じていましたが
くしゃみすら満足にできない今の私は
『思いっきりくしゃみがしたい!!』とすら思います。
いつもはなるべく薬は飲まないようにしているのですが、
今年だけは薬の力を借りてしまおうかな・・・。
さて、本日は手術当日について書きたいと思います。
起床は6時。
前日21時から食べることは禁止されていたので
朝食はなし。
飲むことはAM11:00までOKと言われていました。
これは、全身麻酔を行うにあたって
胃の内容物が気管や肺に入ってしまうと非常に危険なため、
予め胃を空っぽにしておくのだそうです。
検温&洗面後、ベテラン看護師さんが来て
『浣腸するからこっちへ来て』と。。
やだなぁと思いながらついて行くと、
空いていた個室をこっそり使わせてくれました。
おかげで人目を気にすることなく
その日の第一関門を無事に(?)クリア。
他の方のブログを読んでいたら
『出したものは流さずに看護師さんのチェックを受ける』
と複数の方が書かれていたので心配していましたが
それはなく、ホッとしました(笑)。
その後、手術着に着替えて手術前診察を受けました。
すると・・・
先生が
『子宮の内膜がかなり厚いです。
これがあると避妊具のような作用をしてしまって
今後妊娠しづらくなります。
せっかくこれから手術をするので
これも一緒に取る手術をやっちゃいましょうか?』
と、なんとも予想外のことを・・・。
どうやら
紹介状に卵巣のことが書いてあったので
卵巣は注視していたものの
子宮はノーマークだったそうです。。
その手術とは流産手術と同じで
子宮内膜の組織を
スプーンのようなもので掻きだすのだそうです。
後から調べたところによると
“子宮内掻爬(そうは)術”というのだとか。
その手術を受けることによって
他に悪影響はないかを聞いてみたら
ないとのことでしたので
一緒に受けることにしました。
突然言われたので動揺しましたが
ともあれ、
手術の前にそれがわかっただけでもよかったのかもしれません。
そのことで再入院・手術なんてもちろん嫌なので。
そして、その手術を受ける為の前処置を受けました。
手術時に器具を入れるために
子宮口を開かせないといけないそうで、
開かせる為の棒を入れると説明されました。
今入れておけば
その棒が手術の時間までに次第に膨らんでいって
子宮口が手術用器具を入れられる大きさにまで広がるのだそう。
(後で調べてみましたが、この棒は“ラミナリア”というものだったのではないかと思います。)
・・・が、
これがとんでもなく激痛!!!!
出産経験のない私は子宮口ががっちりと閉じていて
なかなか入らない・・・。。
あまりの痛みに叫ぶこともできませんでしたが、
痛いことは訴えなくてはと思ったものの、
うなることが精一杯。
一旦落ち着いたので
やっと終わったかと思いきや
先生が
『大きくなりすぎた卵巣が子宮を上から抑えつけているようになっていて
子宮が前屈したような、“く”の字になっているんです。
この棒を中に入れようにもこれ以上入らないので
ちょっと子宮を下に引っ張ります』
と・・・。
ええぇー!?!?
と混乱している間もなく
チクッとした痛みが走り
その後また激痛が続く・・・。
痛すぎて足がガクガク震え
『早く終わってくれ!!!!』
とひたすら思うだけの中で
看護師さんが手を握っていてくれたことがせめてもの救いでした。
やっと、やっと終わって
我に返ると
汗をびっしょりとかいていて
固ーくつぶっていた目からは
涙が出ていました。
今思うと
今回の入院・手術の中で
この処置が一番痛かったです・・・。
その後、先生が先ほど言っていたことを
図に描いて説明してくれました。
8cmになった右の卵巣が子宮の上にドンと乗っかり、
子宮が押しつぶされて前に折れ曲がったような形になっていたので、
子宮を下に引っ張り、少しまっすぐにしてから棒をなんとか入れたのだそうです。
この説明を聞いている間も
痛みのショックが大きくて足の震えは止まらず、
抑えようと思ってもだめでした。
あまり精神的に不安定になることはない方なのですが
この時は自分でもおかしくなってるなとはっきりわかりました。
病室に戻ってからも半ば放心したまま
『なんでこんなに痛い思いばかりしなくちゃいけないんだろう・・・』
と被害妄想に駆られていました。
でもなんとかだんだん冷静になっていき、
平常心を取り戻したところに
手術の付き添いをお願いしていた妹が到着。
たわいもない話をいつも通りベラベラしていたら、
大分気が紛れました。
手術開始予定は14時。
手術時間は、当初1.5時間と言われていましたが、
手術が追加となった為、2時間位になるだろうと言われました。
13:30に最終トイレに行き、
T字帯(マジックテープがついた紙の下着)を着用し、
14時直前に、迎えに来てくれた病棟の看護師さんと妹と共に
歩いて手術室へと向かいました。
手術室の前で病棟の看護師さんと妹とはお別れで
ドアが開いた先は手術室の廊下(?)のようなところでした。
そこには前日に挨拶に来てくれた看護師さんがいて、
『昨日ご挨拶に伺った○○です!』
と、笑顔で迎えてくれました。
前日に説明に来てくれた麻酔科の先生もいて
『昨日はどうも!』と、こちらも笑顔を向けてくれました。
手術前の緊張している状態の時に
顔見知りの人が笑顔でいてくれるって
かなり安心するものですね。
その他のスタッフの方々も挨拶をして下さり、
その中には私よりも歳下と思われる若い男性の看護師さんもいて、
帽子を被せてくれました。
『婦人科の手術に男性の看護師さんがつくのか…』
と、正直なところ少し戸惑いました。
その後、氏名・生年月日・年齢などの確認をし、
目の前のドアがウィーンと開くと、
そこには青や緑の手術着を着た人がたくさんいて
少し圧倒されました。
それに気がついたのか、麻酔科の先生が
『みんな関係ない人達ばかりだから気にしなくていいですよ~』
と冗談ぽく言ってくれたので、少し気持ちが和みました。
いよいよ手術室に入ると、
機材のようなものがたくさん置かれている中心に
幅の狭いベッドがあり、
そこへ落ちないように気をつけて横になるよう言われました。
そこから看護師さん達がテキパキと
あらゆる装置をつけてくれるのがわかりました。
私は大きな円盤にたくさんライトがついた手術用のライトを見ながら
『あ~、テレビで見たことがあるライトだ~…』
とぼけーっとしていると、
『はい、タオルかけまーす』
と身体の上にタオルがかかり
『では手術着脱ぎまーす』
と、先ほどの若い男性看護師が腕を持ち、
『腕抜きまーす』
と・・・。。
『ちょちょちょちょっときみきみ!!』
と思っているとあっという間に背中から手術着が抜き取られ、
『はい、では酸素マスクつけますね~』
とカパッと口元にマスクを付けられ、
『大きく深呼吸して下さーい』
と言われ深呼吸を繰り返しました。
そこから記憶がありません。
気が付いたら病室のベッドでした。
今日はここまでにしておきます。
ではまた!
花粉が本格的に飛び始めましたね(>_<;)
花粉症で術後の私には
恐怖以外の何物でもありません・・・。
特に今日なんて
雨上がりで強風・・・。
怖くて換気もできません。。
今のところは
マスク・目薬・花粉対策のメントールキャンディーで
ある程度は抑えることができていますが
それでもたまにくしゃみが出そうになります。
くしゃみが出そうになると
片手で鼻をつまみ、息を止めて、
前傾姿勢をとり、もう片方の手でお腹を少し強めに押さえる。
こうすることで
うまくいけばくしゃみを抑えることができ、
万が一くしゃみが出てしまっても
その勢いと痛みを多少軽減できるということを習得しました。
が、しかし、
それでも失敗する時があります。
外にいる時は
この体制を満足に取ることがなかなかできないのです。
コートを着ているとお腹をおさえづらいのです。
突然鼻をつまんで
前かがみになってお腹を押さえ、
中途半端な変なくしゃみをして
その後、苦虫をかみつぶしたような表情で
ヨロヨロしているアラサー女がいたら
きっとそれは私でしょう。
毎年、くしゃみが出続けて
ストレスに感じていましたが
くしゃみすら満足にできない今の私は
『思いっきりくしゃみがしたい!!』とすら思います。
いつもはなるべく薬は飲まないようにしているのですが、
今年だけは薬の力を借りてしまおうかな・・・。
さて、本日は手術当日について書きたいと思います。
起床は6時。
前日21時から食べることは禁止されていたので
朝食はなし。
飲むことはAM11:00までOKと言われていました。
これは、全身麻酔を行うにあたって
胃の内容物が気管や肺に入ってしまうと非常に危険なため、
予め胃を空っぽにしておくのだそうです。
検温&洗面後、ベテラン看護師さんが来て
『浣腸するからこっちへ来て』と。。
やだなぁと思いながらついて行くと、
空いていた個室をこっそり使わせてくれました。
おかげで人目を気にすることなく
その日の第一関門を無事に(?)クリア。
他の方のブログを読んでいたら
『出したものは流さずに看護師さんのチェックを受ける』
と複数の方が書かれていたので心配していましたが
それはなく、ホッとしました(笑)。
その後、手術着に着替えて手術前診察を受けました。
すると・・・
先生が
『子宮の内膜がかなり厚いです。
これがあると避妊具のような作用をしてしまって
今後妊娠しづらくなります。
せっかくこれから手術をするので
これも一緒に取る手術をやっちゃいましょうか?』
と、なんとも予想外のことを・・・。
どうやら
紹介状に卵巣のことが書いてあったので
卵巣は注視していたものの
子宮はノーマークだったそうです。。
その手術とは流産手術と同じで
子宮内膜の組織を
スプーンのようなもので掻きだすのだそうです。
後から調べたところによると
“子宮内掻爬(そうは)術”というのだとか。
その手術を受けることによって
他に悪影響はないかを聞いてみたら
ないとのことでしたので
一緒に受けることにしました。
突然言われたので動揺しましたが
ともあれ、
手術の前にそれがわかっただけでもよかったのかもしれません。
そのことで再入院・手術なんてもちろん嫌なので。
そして、その手術を受ける為の前処置を受けました。
手術時に器具を入れるために
子宮口を開かせないといけないそうで、
開かせる為の棒を入れると説明されました。
今入れておけば
その棒が手術の時間までに次第に膨らんでいって
子宮口が手術用器具を入れられる大きさにまで広がるのだそう。
(後で調べてみましたが、この棒は“ラミナリア”というものだったのではないかと思います。)
・・・が、
これがとんでもなく激痛!!!!
出産経験のない私は子宮口ががっちりと閉じていて
なかなか入らない・・・。。
あまりの痛みに叫ぶこともできませんでしたが、
痛いことは訴えなくてはと思ったものの、
うなることが精一杯。
一旦落ち着いたので
やっと終わったかと思いきや
先生が
『大きくなりすぎた卵巣が子宮を上から抑えつけているようになっていて
子宮が前屈したような、“く”の字になっているんです。
この棒を中に入れようにもこれ以上入らないので
ちょっと子宮を下に引っ張ります』
と・・・。
ええぇー!?!?
と混乱している間もなく
チクッとした痛みが走り
その後また激痛が続く・・・。
痛すぎて足がガクガク震え
『早く終わってくれ!!!!』
とひたすら思うだけの中で
看護師さんが手を握っていてくれたことがせめてもの救いでした。
やっと、やっと終わって
我に返ると
汗をびっしょりとかいていて
固ーくつぶっていた目からは
涙が出ていました。
今思うと
今回の入院・手術の中で
この処置が一番痛かったです・・・。
その後、先生が先ほど言っていたことを
図に描いて説明してくれました。
8cmになった右の卵巣が子宮の上にドンと乗っかり、
子宮が押しつぶされて前に折れ曲がったような形になっていたので、
子宮を下に引っ張り、少しまっすぐにしてから棒をなんとか入れたのだそうです。
この説明を聞いている間も
痛みのショックが大きくて足の震えは止まらず、
抑えようと思ってもだめでした。
あまり精神的に不安定になることはない方なのですが
この時は自分でもおかしくなってるなとはっきりわかりました。
病室に戻ってからも半ば放心したまま
『なんでこんなに痛い思いばかりしなくちゃいけないんだろう・・・』
と被害妄想に駆られていました。
でもなんとかだんだん冷静になっていき、
平常心を取り戻したところに
手術の付き添いをお願いしていた妹が到着。
たわいもない話をいつも通りベラベラしていたら、
大分気が紛れました。
手術開始予定は14時。
手術時間は、当初1.5時間と言われていましたが、
手術が追加となった為、2時間位になるだろうと言われました。
13:30に最終トイレに行き、
T字帯(マジックテープがついた紙の下着)を着用し、
14時直前に、迎えに来てくれた病棟の看護師さんと妹と共に
歩いて手術室へと向かいました。
手術室の前で病棟の看護師さんと妹とはお別れで
ドアが開いた先は手術室の廊下(?)のようなところでした。
そこには前日に挨拶に来てくれた看護師さんがいて、
『昨日ご挨拶に伺った○○です!』
と、笑顔で迎えてくれました。
前日に説明に来てくれた麻酔科の先生もいて
『昨日はどうも!』と、こちらも笑顔を向けてくれました。
手術前の緊張している状態の時に
顔見知りの人が笑顔でいてくれるって
かなり安心するものですね。
その他のスタッフの方々も挨拶をして下さり、
その中には私よりも歳下と思われる若い男性の看護師さんもいて、
帽子を被せてくれました。
『婦人科の手術に男性の看護師さんがつくのか…』
と、正直なところ少し戸惑いました。
その後、氏名・生年月日・年齢などの確認をし、
目の前のドアがウィーンと開くと、
そこには青や緑の手術着を着た人がたくさんいて
少し圧倒されました。
それに気がついたのか、麻酔科の先生が
『みんな関係ない人達ばかりだから気にしなくていいですよ~』
と冗談ぽく言ってくれたので、少し気持ちが和みました。
いよいよ手術室に入ると、
機材のようなものがたくさん置かれている中心に
幅の狭いベッドがあり、
そこへ落ちないように気をつけて横になるよう言われました。
そこから看護師さん達がテキパキと
あらゆる装置をつけてくれるのがわかりました。
私は大きな円盤にたくさんライトがついた手術用のライトを見ながら
『あ~、テレビで見たことがあるライトだ~…』
とぼけーっとしていると、
『はい、タオルかけまーす』
と身体の上にタオルがかかり
『では手術着脱ぎまーす』
と、先ほどの若い男性看護師が腕を持ち、
『腕抜きまーす』
と・・・。。
『ちょちょちょちょっときみきみ!!』
と思っているとあっという間に背中から手術着が抜き取られ、
『はい、では酸素マスクつけますね~』
とカパッと口元にマスクを付けられ、
『大きく深呼吸して下さーい』
と言われ深呼吸を繰り返しました。
そこから記憶がありません。
気が付いたら病室のベッドでした。
今日はここまでにしておきます。
ではまた!