「生きる意味は何なのか」という問いは、
「あなたが生きる意味は○○です」
と答えを聞いて
「何だ、そうだったのか」
と解決する問題ではないのです。
本当の幸福に生かされて
「人間に生まれたのは、このためであったのか!」と、生命の大歓喜を
味わったとき、それまで胸にふさがっていた、「生きることに意味などあるのか」
という暗い心が吹き飛びます。
同時に「この幸せになるための人生だったのか」と、生きる意味も目的も
ハッキリしますから、もはや「生きる意味なんてあるのだろうか」と問う必要がなくなり、
「問い」そのものがなくなってしまいます。
「生きる意味は何か」という悩みは、「それは○○だ」
と解答を知ることによってではなく、悩みそのものがなくなることによって、解決されます。
これをウィトゲンシュタインは、次のように述べました。
「生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気づく。」
論理哲学論考