積雪の無い土地に生まれ育つと、雪に対する憧れが強くなるらしい。
ある冬の朝。
目覚めと共に林道の新規開拓だと閃き、MXジャージとブーツの以外の準備も無い軽装で出発。
誰も誘わず一人で出かけたので気楽に何処へとも無く山の方角へと進む。
雪が降った事もあってか、都心部を離れ山間部に入ると2輪は郵便カブしか見かけず、そのうち4輪にさえ出会わなくなる。 ナビもスマホも無く、地図も高速道路SAの無料で貰える例の地図だけではどこをどう走ったか詳細は解らぬが何故か幸運にも知らぬ林道に巡り会えた。
雪に痛い思いさせられて来てるのだが、痛い思いで済んでしまってるので何とか成るだろうと考えてしまいがち。
この日も雪の残る林道をぼんやりと求めていた。
たどり着いた未舗装路を登っていくと程なく雪とご対面。
何の準備も無いのだから引き返すべき場面なのだが、期待に胸躍らせ先に進んでしまった。
雪道や凍結路は低い速度域で操縦してる感を味わえるので好きなんだと思う。
ヘタレのアドベンジャーロードと言ったところでしょうか。
いや、凍結湖面をフルカウンターで駆け抜ける猛者達は別にしての話ですよ。
CRM250は2サイクルの車両で、ホンダらしい良く調律されたエンジンを持つ。
2ストらしいパンチ力と2ストらしからぬ低回転での粘りを備え、車体も尖った所が無く疲れ難く、前後サスも私の様な素人が乗るには十分なストロークを持ち全体が扱い易い車両です。 その安心感が悪路での気持ちの余裕に繋がり、先に進んでみたい欲を沸かせます。
人の気配が減ると比例する様に雪は増す。
雪まじりの未舗装路を二輪、或いは二輪と一本、時には二輪と二本になって楽しく汗をかきかき登り進む。
山頂が近づく気配と共に勾配は増し、ひと時も気の抜けない手強い道となる。
スクワットを何セットもこなしたのかの様に全身汗だくになる頃、回り込み左コーナーを抜けると路肩が断崖絶壁の急勾配が立ちはだかった。
どうやらこの先が山頂。
絶壁からの見晴らしは絶景かな絶景かな。 エンジンと止めると鳥の囀りさえ聞こえぬ凛とした静寂があった。
あまりの心地良さにしばし茫然と過ごす。
自身の呼吸が唯一の騒音であったがそれも落ち着き、耳も慣れると遠く微かに流れ着く人の気配や、近くの小さな音が感じられる。
その頃には汗が冷たく体を冷やし始める。
今夜にでも襲い来るであろう激しい筋肉痛と引き換えに折角解れた身体が固まってしまう、その前に最後の登坂に挑む。
この林道最高の積雪とアイスバーンが待ち受ける事は下から見上げるだけで分かる。
坂の手前は回り込んだ左コーナー、その先は絶壁。
落ちたら発見されるのは恐らく春。それも数年後のかも知れない。
一旦下がって手前から勢いつけて挑むのはあまりに危険、曲がり切れずに断崖から大ジャンプは避けたい。
先に徒歩でルート確認をしてみる。 気分はトライアルかアドベンチャーラリー。
実際に歩いてみると下から見るより条件は厳しい。
至る所に溶けて固まりを繰り返しただろう強固な氷が存在し、土が見える場所は全てぬかるむ。
勾配の作用で断崖側に伸びる氷もある。
断崖側に行けそうなルートはあるが、私の腕では大空にダイブする姿が目に浮かぶ。
山側は積雪が多く残り、走行抵抗が高く途中で行き詰まりそうだ。
中央部分に何とかルートを探すが勢い任せは避けつつもある程度の勢いが無ければ登りきれそうにない。
いざ初挑戦。
大きめのアイスバーンに阻まれ後輪が空転して断念。
少しづつルートを変更し転倒も含め失敗を繰り返す。
挑戦の度に雪をかき分け氷を磨いてしまい、最後には途中で単車を降りるても単車を支える私ごと滑り降りてしまう有様。
残すルートは山側のみ。
雪が残っていると氷よりは遥かにグリップ力は高く希望は持てる。
サンド走破とぬかるみ走破の少ない経験を思い出しつつ挑むが、やはり失敗を繰り返す。
数度の挑戦で比較的平坦な場所が見えてくる。
体力の限界も近く、次こそは脚でもがきながらでも登ってやると挑む。
見えたルートを通って中腹までは今までで一番勢い残してたどり着き、前後左右のバランスに最大限の注意を払い登り進む。
なんとあっさり山頂ではないか。
やはりバランスが大事らしい。
登頂の勢いのまま有頂天で平坦になった山頂に分入るが、雪で地面の様子が全く解らない。
これは危ないと我に返り慌てて単車を止め足をついたらブーツもすっぱり埋もれる積雪量。
何とか単車から降りたら、支えもなくCRMが直立を保ってる。
そりゃそうだ、前輪も半分以上が雪に埋まってるのだ。
それにしても白い頂に直立するCRMの姿よ。
笑い声をこだまさせ腹を抱えてヒイヒイと一人悶絶。
雪にダイブしたい欲求もあるのだが、雪の下がどうなってるか解らない。
雪庇がどうこうなんて事はないだろうが、折れた木の幹や尖った杭なんてもんが隠れてると厄介だ。
こんな所で転倒以外の怪我は避けたい。
広くは無い山頂の広間は綺麗な白銀の世界。
木の実も無い為か動物の足跡も無い。
雪道に興奮してうっかりしていたが時刻もいい頃合い。
木に囲われた中腹辺りは既に薄暗くなり始めてるかもしれん。
雪の残る未舗装路の下り道は登りよりも遥かに怖い、急ぎ戻らねば。
わたわたとこれまた悪戦苦闘してCRMの方向転換に成功し、来た道を戻る。
もう先程の急勾配は諦めて二輪と二足とお尻の5脚でもって転倒状態でずり降りた。
崖に滑り落ちたり、途中大転倒するぐらいならはなからこけて滑り降りた方が安全だ。
誰も見てる訳じゃなし、恥もない。
案の定途中で薄暗くなったが無事に山を降り舗装路へ辿り着いた。
ひとり遊びはやめろと友人には注意されるし、私も人には同じ事を言う。
でも結局体力の衰えが勝るまで山に誘われ出かけてしまった。
無事なのは運でしかない。
車載工具以上の工具類とレバー類の交換部品を備えていたとしても、それを扱う本人が怪我を負えばそれまでだしね。