以前、賢い人だなと感じた女性に出会った。
それは会話らしいモノも無く一瞬のすれ違いで顔も覚えられぬ間の出来事だった。


その日は閉店間際の店舗を目指し都内を急ぎ移動していた。
急ぐあまりに一本手前を曲がったと気付き、急がば回れだと路肩に停めスマホでルートを確認する。

視界の隅で近づく人影に気付き顔を上げるとスーツの女性。 仕事帰りだろうか?
なんの用件か微笑みながら話かけて来る。
道を聞かれる事も少なく無いがどうも様子が違う。

兎に角ヘルメット越しでは声を張ってくれないと聞き取れない。
急いでは居るのだが仕方無くエンジンを止めヘルメットを脱ぐ。


素敵なオートバイですね。


それこそ素敵な笑顔とこの一言を残し軽い会釈を添えて去っていった。
笑顔で褒められ悪い気はしないが呆気に取られ何だアレ宗教か?などど考えしまったが、おそらく違う。

状況と言葉の選択、雰囲気から単車に興味あるとは思えない。
それも全くの赤の他人に話しかける程とは到底考えられん。
私が高身長で洒落た服装の人間であればまだしも、太った短足胴長ではそれも無い。
やはり単車へも私へも興味を持っての行動とは思えん。

ではなんの目的が?

当時の愛車は吸排気共に純正の中型バイクで違法な爆音は出無い。
ここは都内の交通量の多い幹線道路上の路肩だ、道ゆく車両達と比べて大きい音とは思えない。
それ故に急ぐ道中でもありエンジンをかけてままでの停車も気にしてなかった。

しかし、爆音車両も轟音貨物車両も走り去ってくれれば一瞬意識するだけで済むが、小さな音でも長く続けば不快が募る。
民家の少ない場所だがゼロでは無いだろう。


笑顔で話しかけ、エンジンを止めされた上で車両をほめる。
危険を最小限に抑え為に相手が状況を飲み込む前に微笑みで会釈して即座に立ち去る。

相手は褒められてるのだから即座に喧嘩腰で応対してくる可能性は抑えられるだろう。
自分でエンジン止めっちゃってるんだしね、そして下手に会話していらぬ地雷踏む危険もない。
中々に上手い手ではなかろうか。


うるさいですよ。 回りの迷惑考えて下さい。 どっか行って下さい。 等々と話しかけていたら状況は大きく変わってしまうかも知れない。
ごりゃ申し訳ない、ごめんなさいとエンジンを止めてくれるかもしれんが、結果同じエンジンを止めるにしても止める側も自分からエンジンを止め、愛車を褒められたら悪い気分になり難かろう。

敵対的と受け取られかねん言葉を選ぶより遥かに良い選択だと思う。



ああそうか、言葉の選択、話の切り口はこの様に配慮すべきだなと考えさせてくれた人でした。