以前、友人ととある川にシーバス釣りに行ったことがあります。そこで、興味深い経験をしたので、振り返りつつ書きたいと思います。
夕方、友人と私が川辺についたとき、2人の先客がいました。それぞれ関係のない人のようで、1人は向かって左、もう一人が右で釣っており、その間は間隔があいていました。
そこで、私たちは、その2人の間で釣りを始めました。すると、しばらくして、右側にいた先客が、「向こうの人の友達? どうして黙ってそこで釣るの?」と言うのです。色々と言われましたが、私は正直、意味がわかりませんでした。友人は察したのでしょう、私たちは、その人のさらに右側に移動しました。
ようやく、先ほどの人の言ったことの意味がわかってきました。釣りにおいては、魚が集まりやすい、いわゆる「ポイント」というものがあります。そして、私達が最初に釣を始めたところは、その「ポイント」でした。しかし、その右にいた先客は、なぜ、そこで釣らなかったのでしょう。そこがまさに肝心なところです。すなわち、その右の人よりもさらに先にいたのが向かって左側にいた先客であり、右の先客は、その左の先客の邪魔にならないように、十分な間隔をあけ、「ポイント」から離れて釣っていたのです。
なるほど、右の先客が、左の先客への配慮からあえて空けておいた「ポイント」に、後からきた私達が割り込んだのです。確かに、右の先客としては納得できないことでしょう。
しかし、全く反論の余地がないわけではありません。私達が「割り込んだ」と書きましたが、私達にその意識はありませんでした。そのくらい最初の2人の間隔は開いていたのです。確かに、最初にいた人への配慮は大切です。ただ、1人があまりにも多くのスペースを確保することは、極端な話、公共の場所であるその川辺を、先に来た少数の人間のみで占領することとなります。少なくとも、「ポイント」の恩恵を受けられる人の数は減ることとなるでしょう。
先にいた人の尊重、後から来る人への配慮、どちらも重要な要素であり、やや難しい調整といえます。「公平」と一口に言っても、その意味は必ずしも単純には解することはできません。
民事執行の分野で似たような話があります。執行の手続を最初にした人を優先するか、他の債権者の利益を重視するか、という考え方の違いで、日本では、後者の考え方が強い制度となっていますが、やはり、問題も指摘されています。
ちなみに、この釣りで、一緒にいた友人は沢山釣りましたが、私は1匹も釣れませんでした。

