「この度は部下がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。全ては上司である私の責任です。」
このように先方に詫びる上司について行きたいと思うでしょうか。
一見、部下思いで責任感があり潔い、理想の上司にも見えます。
しかし、上記の言葉だけで判断するのは早計と言えるでしょう。
例えば、上記の謝罪に至る経緯がこんなものだったら、どうでしょうか?
【ケース①】
上司Aは、取引先から依頼された販促キャンペーンの陣頭指揮を執っていました。
Aは、人手不足を見越して数人のアルバイトを採用していましたが、事前の説明が不足しており、アルバイトが何をしたらいいのか分からずに立ち往生し、部下であるBとCも、多忙を極めて手が回らなくなってしまった。
Aは、どうしてよいのが分からずに焦ってパニック状態となり、結局、十分なPRができないまま終了してしまった。
Aは、BとC、アルバイトを叱り飛ばし、取引先の担当者を訪ねると、上記の謝罪を口にした。
【ケース②】
部下Bは取引先と販促キャンペーンの実施について、打合せを重ねていた。
内容がほぼ固まった段階になって、それまでほぼ関与してしなかった上司Aが内容に注文を付け、部下Cに対応させると言った。
Bは仕方なく取引先を説得し、内容の変更について了承を得たが、AからCへの伝達が上手く行われておらず、当日になって、変更された内容が実施できなくなった。
Bは、それ以外の内容を拡大して実施したが、それは当初Bと取引先とで打ち合わせていた内容と大差なかった。
しかし、会場の様子を見に来たAは、自分が加えた内容が入っていないことに激怒し、取引先の担当者を訪ねると、上記の謝罪を口にした。
【後日談:ケース①②共通】
Aは、部下全員を集めて言った。
「今回はBとCの失態によって取引先に多大な迷惑をかけ、信頼を損なったが、自分が詫びたことで、何とか許してもらった。これ以上BとCを責めるつもりはない。BとC以外の社員も含めて、反省して今後努めてほしい。しかし、失敗を恐れる必要はない。何かあれば、今回のように自分が全て責任を取るので、安心してほしい。」
上記の例において、上司Aは、責任を引き受けるという本当の意味合いでの謝罪を行っていません。
問題を引き起こしたのはA自身であるにもかかわらず、実際の非は部下BとCにあるとこじつけた上で、形式的に責任を肩代わりするかのようなパフォーマンスをしたのです。
Aが本当に先方に送ったメッセージは、①落ち度があったのは部下であり、自分ではないこと、②自分は、それにもかかわらず部下の落ち度の責任を被る素晴らしい上司であること、です。
自分の過ちを部下に押し付けた上で、それを守るふりをしてみせるところに巧妙さがあります。
後日談も同様です。
Aは、自分に非があるにもかかかわらず、BとCを悪者にした上で、それを許す寛大な上司を演じています。
自分が迷惑をかけておきながら、むしろ自分が迷惑を被ったと声高に主張した上で、それを許してみせ、実質的な責任逃れをするだけでなく、全員に自分の心の広さをアピールし、BとCには貸しを作ったつもりでいるのでしょう。
Aのような振る舞いをする人間は、冷酷な策士にも思えるかもしれませんが、多くの場合、その演技や策略は雑なもので、おかしさに周囲も感付いています。
というのも、冷静な計算の上で策略を練ったわけではなく、ただ単に、自分に非があるという事実、その非を他人に押し付けたという事実を受け入れられずに必死にもがいているだけだからです。
本来の自分を認めたくないという思いが強いほど、演技は必死になり、かえって粗雑になり、自分の本来の醜い姿に気付いていないのは自分だけという状況にも至りかねません。
一方、付き合いの浅い人からは、その演技がかった態度に逆に魅力を感じることがあるため、注意が必要です。
特に、このような人が公募制で要職に抜擢されたりすると、悲劇を招きます。
青空のような自然な正直さを持ち、自分と他人を見る目を養いたいと思います。




































