先日、ロビン・ウィリアムズ主演『パッチ・アダムス』をDVDで観ました。「笑い」によって患者を癒すという理想の医療を追求する医者(医学生)を描いた映画であり、実話に基づくものです。
最初の感想として、非常に様々な要素・側面が盛り込まれた話だと思いました。パットのユーモアやジョークもさることながら、患者や恋人に降りかかる悲劇とパッチの悲しみ、医療界の現実とパッチの崇高な理想そして業績、それらが絡み合って一つの話を形作っています。
「笑いあり、涙あり」と表現も出来ますが、ややニュアンスが違うかという気もします。実在のパッチ・アダムス氏が「僕の人生は面白く楽しいものだけではないんです。おかしさや楽しさだけに、笑いを使っているのではなく、それは目的の手段として使っている」と言っているとおり(http://www.rsk.co.jp/attochannel/report_adams/ )、これは、医療界の問題や患者の悲劇に対して、高い理想を掲げ「笑い」を武器に闘いを挑む話なのだろうと感じました。ただ、実在のパッチ・アダムス氏は、その部分の描き方に不満をもっているようですが(上記URL参照)。
また、DVD特典として付いていたフィリップ・シーモア・ホフマン監督のインタビューに共感する部分がありました。「現代の人は、人に何かを与えるより、むしろ何かを得ようとしている。しかし、パッチは見返りのない無償の奉仕を行った。だからこそ、見返りを求める医者や弁護士はパッチの行動に脅威を感じた。でも、実は、パッチのような生き方が本当に自由な生き方なんだ」と、記憶が定かではないですが、大要こんな感じだったと思います。
医者や弁護士が求める見返りというと、財産もありますが、地位や名誉、権威といったものがあるでしょうか。これらの職業に限りません。一見奉仕的に見えて、いえ、奉仕的な要素が強い行動であれ、その実見返りを求めている場合は多いものです。「愛」や「感謝」が見返りとして望まれる場合もあるでしょう。ある意味当然の思いともいえ、一概に否定も出来ません。
しかし、それがゆえに人を傷つけたり、苦しめたりするようなことがあれば、問題といえるでしょう。そして何より、見返りに執着するあまり、その見返りが得がたい場合に大きなストレスを抱えてしまうという苦しみを本人も受けてしまう危険性があります。さらに、そのストレスが見返りへの更なる欲求、そして他者への無理な要求へとなれば、悪循環にもなりかねないのではないでしょうか。
他人に見返りを要求せず、自分の理想のため、自分に出来る範囲で、自分のやりたいことをやっていく。他人を振り回すことも、他人に振り回されることもない、本当に自由な生き方といえるでしょう。それは、簡単なことではなく、苦しみも伴うでしょうが、他者からの見返りに躍起になって苦しむくらいなら、むしろ楽な道なのかもしれません。
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