「広島・昭和20年8月6日」を見て思う二つの示唆① | “迷い”と“願い”の街角で

“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

先日、TBSで「広島・昭和20年8月6日」というドラマをやっていました。非常に出来のいいものだったように思います。


さて、戦後60年ということもあり、戦争を扱ったドキュメンタリーやドラマをよく目にします。そして、特にドラマついて、この「広島・昭和20年8月6日」もそうなのですが、思うところがあります。それは、一人一人の市民などの目から戦争を描いているという点が顕著で、登場人物の生き方、生き様をかなり念入りに描いているところです。


ここから、考えることの出来る点は二つあるのではないでしょうか。


ひとつめは、死を、それまで歩んできた人生の断絶と見て、その重さをとらえる点です。


ふたつめは、イデオロギー対立を超えた反戦の考えの可能性です。


今日はここまでとして、そのふたつを、次回と次々回に書きたいと思います。