凍えそうな夜空がうんとうんと透明で、
思わず
まだ鮮明に残るオリオンの星空に、
しばしココロを奪われてしまった。
・・・
「歳を重ねることの難しさと・・・
ずっと戦っているんですよ。」
そう、苦笑いしていた彼女の表情とその言葉が、
どうやら私のココロにしっかりと、
調印されてたまらない。
歳を重ねることの難しさ・・・
・・・
オリオン座。
歳を重ねてもその輝きしか
見分けることのできない自分自身の成長が、
どうやらもどかしく悲しくもあり今宵はどうして、
「歳を重ねること」
についてアルコールの
酔いを語らう親友に
できそうな気がしているのです。
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皆様、こんばんは。おだろーです
本日もお越し頂き、本当にありがとうございます
えっと・・・
本当にたくさんたくさん、
お返事をさせて頂かねばならぬ近況に、
こうして「ブログの更新!!」とかなんだとか・・・
本当に申し訳ありません
正直、
お返事の内容をお一人づつ
真摯に考えさせて頂いているとどうやら私は、
”おだろー”
に色を変えてしまいます。
で、そんな、
全身おだろー色を呈した私にはどうやら、その、
「伝えたい思い」
がどんどん溢れ出してきて・・・
簡単に表現するとするならば、
「カメレオン
」
のようなものだと御察知ください
おだろーに色を変えた私はココロから、
「伝える!!」
「伝えなければ!」
という思いに・・・
・・・すべてを奪われてしまうのだと。
皆様、お返事が大変遅くなっていてごめんなさい![]()
を、ただ、単刀直入に伝えろ!!
っちゅー話です。要はですね![]()
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「歳を重ねること」
は、どうしてそんなに難しいのか?
彼女の言葉を耳にして、
まずはそう、
頭の中に疑問がよぎった。
それは、
きっとこれまで私自身が、
”見て見ぬふり”
をしてきた、
疑問と答えを導き出す
総合的な言葉とようやくここで
出会えた衝撃の様なもの
なのかも知れないけれど。
・・・
「歳を重ねること」
ということは、
大きくそのすべてを
「受け入れる」
器が必要とされる。
例えば身体その全てが、
重力に負けて下へ下へと下垂する。
ピン!!
と張りが美しかった頬や胸は、
極端に重力には打ち勝てない。
どれほど高価なクリームを使っても、
どれほど懸命にマッサージを施しても、
それらは単に
「下垂する進行をほんの少し抑えるだけ!」
といった、
どうやら虚しい自慰に過ぎず
結果としてはどうしても、
「下垂してゆく身体と顔」
を、
「受け入れず」
には、どんどんどんどん苦しみが増す。
軽い食事制限と、
軽い運動の追加でお手軽平気に、
2~3kgのウェイトコントロールが可能であったその代謝も、
少々の食事制限などでは、
ほんの100gさえも今や5kg程度のサイズダウンの苦しみと、
あまり変わらないのではないのではないのかしら。
社会では思いもよらない「理不尽」が増し、
望みもしない「役割」の強要に不満を覚え、
「味方」だと信じたパートナーは自分の用ばかりを増やしてゆく、
単に「敵」に過ぎなかったのだと落胆する。
挙句の果てその大抵は、
生きるほとんどが、
『自分の思い通りにならないことばかり』
なのだと悶絶し・・・
そこで初めて自覚するのです。
『生きる苦しみ』
というものを、
『生きること』
は、『苦』が9割を占めているのだと
腹の底から・・・
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私たちは、
「受け入れ」たほうが楽なんです。
今、あるがままの自分や環境を
まるごとそのまんま受け入れる。
そう、受け入れた上で尚、
「その上で自分はどうしたいのか?」
「その上で自分はどう生きたいのか?」
と、問い、ただす。
そこには未だ消え失せぬ、
憎しみや怒りが存在するのかも知れない。
だけど、
まずは現実を受け入れぬことにはどうも、
理論的、現実的な次なる策を
導き出すことは不可能のよう。
でね、
でも、そんなことはきっと誰でも、
薄々、気づいているはずなのね。
・・・あなただって私だって。
ただ、
どうしてそんなに、
『受け入れること』
に、戸惑いや苦しみなんかを感じるのだろう。
それはね、
私たちはたぶん、
『受け入れること』
を、
『負け』
なのだと勝手にそう・・・
思い込んでいるのかも知れない。
例えばね、
「ワガママいっぱい!」
の相手を受け入れるということは、
ワガママを貫けた相手の勝ち!
で
相手のワガママを受け入れた自分の負け・・・
そんな感じ。
理不尽なことを言う上司は勝ちで、
その理不尽を受け入れてあげた自分は負け・・・
とか。
『歳を重ねることが難しいと感じる』
その彼女の言い分はたぶん、
若い
が勝ちで
重ねた歳の数が重ねた負けの数。
だから10代は20代に勝っていると感じているし、
20代は30代に勝っていると感じてしまう。
30代は40代より若くて美しく素敵で勝ちで、
40代は50代を自分より負けの中年オバサンだと感じている。
・・・人は、
自分の優越感を満たすために
どうやら自分より劣っている人を探そうと必死になっているのかも知れない。
そんな風に考えてもみれば
『歳を重ねる』
ということの難しさは
『若さ』
という『比べるもの』があって初めて
『難しい』
と感じるものなのでありまた
『比べる』
とか
『優劣』
という視点でだけしか
物事や自分を見ることができなかったこれまでに、
大きく「メス」を入れることのできるチャンス!
なのではないのかしら・・・
確かにね、
身体が思うように動かないとか、
身体のあちこちに痛みを感じる。
それらは「肉体」としての苦痛を伴い決して、
苦しみは幻想なのではないということを、
身をもって痛感できるものなのだと思います。
ただ、
それらをも丸々ひっくるめて
今が思い通りではない!
という
現実拒否の苦しみに囚われるより
「こんなに痛みが増すほどに、
今までがんばってくれたこの身体に、
思いやりと休息をあげようね~~~!!」
そんな風にして今を受け入れ、
そうして自分に優しさをも与えながら生きることができたほうが、
うんと楽で素敵なのだと思うのです。
自分の優越感を満たすために、
何かや
誰か
過去と比べることは虚しいです。
そんなものでココロの器は満たされない。
だったらね、
今、この現実を受け入れる。
どうしてそんなにしてまでも、
現実を拒否しようと苦しんでいるのだろうか?
『歳を重ねる』
という苦しみや
『今が苦しくて仕方がない!』
とおっしゃるあなたは、
そんな自分と向き合ってみる勇気から、
育ててみたいものですね
受け入れることは絶対に、
『負け』
なんかでは
ないのだから![]()
by:おだろー


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←コレでもやりながら






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