書籍録 『プラスティックの祈り』(白石一文)
僕は、白石一文さんの小説は大学生時代からずっと読んできている。「好きな小説家は?」と訊かれる際には、必ず名前を上げるが、おすすめの小説として、他人に紹介したことは少ない。その理由は、「(良さを)あまりわかってもらえないだろうな」という気持ちが少しあるためだろう。単純に、ミステリー小説の類とは違って、純文学は「自分の人生というフィルターを通じた解釈」が必要となる。この小説も、自身の「人生の意義・意味」について、自身の解釈があった方がより面白く読める、と思う。そうした解釈をもった人間は自分の周りにどれほどいるかといえば、決して多くない。(というか友達がそこまで多くない。笑)本書は、物語としては、彼の書籍においてはじめて、”プラスティック化”というフィクション的な要素を入れている。 プラスチックの祈り 2,200円 Amazon 一人の男の身体の一部がプラスティック化することを契機に、過去の記憶・体験を掘り出していく中で様々な「事実」が判明していく。それを通じて、自身の記憶がかなり捻じ曲げられていること、事実と物語の境目がわかりづらくなる原因を究明し、結果として「あるショッキングな出来事」にいきつく。それは、自分の義理の妹との間に子供ができたこと、妻が嘘をついてまで渡米して、その子供を育てていたという事実だ。この小説はプラスティック化というフィクションを通じて、「人生そのものが無味乾燥としたもので、全てがプラスティック化している」という逆説的な立場に立ち、「体験」を通じてのみ、「私」という「物語」ができることを主張する。それは、僕の解釈としては、「一人の人間の人生は、そもそも意味がないもの」を指し示しているのと同時に、「体験」を積み重ねた「私という人生」にしか意義、意味がないこと、つまり、個人の人生の意義は、「私」が体験を通じて捉えた解釈(ストーリー)でしか語ることができないものであることを訴えているように感じられた。この「体験」に重きを置く考え方は、企業における組織論的な側面から、近年注目されている。それは、人生100年時代、働き続けなければならないという長いマラソンを突き付けられた若者に対して、「体験価値(濃さ)」を提供できる企業こそが、より競争力をもつようになるという考えに即している。つまり、スキルや市場価値というのは付属物に過ぎず、本当に価値があるのは「体験」そのものをしっかりと語りきれる経験である。そうした「価値のある体験」の積み重ねしか、意味や価値をもたないという世界は、ビジネスにおいても一緒であると思うのだ。