今年の講演から、追加された部分がいくつかあります。
追加をするためには、そのぶん、どこかが無くなります。
そのトレードオフのさじ加減で、いつも悩みます。
今年、がんばって追加したのは、
「お願いだから、好きを誰かと比べないで」という部分です。
好きなことは、好き。でいいと思います。
だのに、誰かと比べて、「自分は劣っているから・・・」と、やめてしまう人がいます。
もったいないと思います。
やっていれば、やってるほど、上手になるだろうに・・・。
サッカーが大好きで、頑張って頑張って、サッカーの有名校に入ったら、
まわりのレベルが高すぎて、サッカーをやめてしまった・・・。
勉強でいい成績がとれていたので、頑張っていい学校に行ったら、
まわりのレベルが高すぎて、勉強できなくなってしまった・・・。
という話も、本当によく耳にします。
もったいないなあ、と思います。
この問題の原因として、
「好きなこと=得意なこと=人より優れていること」
という考え方があるような気がします。
でも、この「人より優れていること」というのが、くせものです。
これは「くらべる自信」です。
そして、くらべる自信は、追いかけるほど自信を失います。
時々、進路指導で、テストの点数がとれるものを、「得意なもの」と教えてしまう
先生がいます。
お前は英語が得意だから・・・。お前は数学が得意だから・・・。
でもそれは、本当にその子が好きなものとは限りません。
そもそも、この方法だと、学校のテストになっているものからしか、
「得意なもの=好きなもの」を選択できなくなってしまいます。
特に悲劇なのは、地方の微妙な進学校です。
中学生の時に、成績がよかったりすると、自動的に「理数科」もしくは「国公立進学コース」にいれられてしまいます。
本人が、文系が好き、とか、専門学校に行きたい、とかは二の次です。
でも、そうやって得てしまった「得意なもの」は、くらべる自信なので、
本当の自信を生み出してくれないどころか、本当の自信を奪ってしまいます。
人より優れるためには、自分以下が必要です。
勝負で勝つには、敗者が必要です。
自分の自信のために、誰かが自信を失うのです。
そして、常に自分が勝てる可能性など、ものすごく少ないです。
僕は、サバイバルゲームをしますが、いつも思います。
「エクスペンタブルズにはなれないなあ・・・。」です。
エクスペンタブルズとは、アクション映画のヒーローが大勢登場して、
悪い組織をこてんぱんにやっつけるガンアクション映画シリーズです。
使用される弾薬の量は、すさまじいと思います。
味方もばんばん撃つけど、人数が圧倒的に多い敵は、それ以上に撃ってきます。
しかし、ヒーローには弾は当たりません。敵はばんばん吹っ飛んでいきます。
こんなの、サバゲーでやったら、1秒で死ぬと思います。
ていうか、おそらく自分は、スタローンやシュワルツェネッガーではなく、
画面の隅っこで吹っ飛んでいる人です。
人より上手にできる。
人より点数がとれる。
という動機で好きになったものは、もしかしたら、あなたの自信を奪うものかもしれません。
好きだった結果、人より上手にできちゃった。
というのはありですが、
途中で「人からよい評価を得られること」を目的にしたら、あとは転落だと思います。
好きだから、がんばれる。おぼえちゃう。のと、
評価されたいから、がんばる。おぼえる。のは、
全くちがいます。
前者は、本当の自信を増やします。
後者は、自信を奪います。
そう考えると、日本の子どもを取り巻く環境は、
子ども達の自信を奪う自信を与え続けているような気がします。
だから、「好きなこと=得意なこと=人より優れていること」という
考え方から抜け出すことが大事です。
抜け出すためには、いい方法があります。
それは、好きなことを沢山増やすことです。
そうしたら、比べられなくなるからです。
前にも書いたと思いますが、
「足が速い」ひとは、沢山います。
ですから、「足が速い」だけだと、世界一にならない限り、必ず誰かに負けます。
でも、
「足が速い」+「歌が上手」になると、同じ組み合わせの人と出会う確率は減ります。
さらに、
「足が速い」+「歌が上手」+「料理が好き」になると、さらに確率は減ります。
そこに、
「足が速い」+「歌が上手」+「料理が好き」+「ロケット作って飛ばせる」がくると、
そりゃもう、同じパターンの人は、相当少なくなるでしょう。比べられません。
好きなことが、1つだけだと、簡単に比べられてしまいます。
でも、好きなことが沢山あると、比べられにくくなります。
それでもなお、比べようとしてくる人間とは距離を置けばいいだけです。
どうか、お願いだから、「好き」を誰かと比べないでください。
「好きったら好き!」でいてほしいと思います。
「好き」にランクなどないのです。