『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー51ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー51ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

Ⅷ 執事のかえる君

 

 

 その頃、リーベリの住処である洞窟内の小部屋で、執事のかえる君が下命された案件についてリーベリに恭しく報告を行っていました。
 かえる君と云うのは、最近その頭脳明晰さをリーベリに買われて、事務方のトップに抜擢されたカエルのことでした。かえる君はオタマジャクシの頃から才気に溢れていて、つまり一度に十匹のカエルがゲロゲロ鳴き出しても、その内容を聞き分けることが出来ましたし、成人しては六韜三略を諳んじ、頭脳明晰さの点では右に出る者がいないほどでした。
 他のカエル達に比べて、体力の面ではひ弱なかえる君でしたが、執事の役職に就いてからは、リーベリから特別に黒い革のチョッキを着ることを許され、いかにも賢そうな、きらりと光る眼鏡を鼻の先に乗せて颯爽と執事の仕事をこなしていました。
 執事のかえる君がリーベリから調べるよう命令されたのは、王宮内の跡目を巡るゴタゴタについてでした。
 すでにリーベリも、リューシーの行方を箒に跨って方々探し回るうちに、ようやくリューシーが元王子リュシエルであることを突き止めていました。というのは、片田舎のロゴーク村ならいざ知らず、都に近付けば近付くほどリュシエル捜索の張り紙を目にする機会が多くなったからです。
 さて、かえる君曰く、「先代国王の愛妾・元高級娼婦のネリは、シン王の后ソフィーを地下牢に幽閉すると、計画通り自分の七歳の息子であるディワイを王に据えて、何も分からないディワイの代わりにネリが実質的に国の政治を牛耳っておりました。
 しかしですね、ディワイが王になってからというもの、王宮の野放図な乱費にますます拍車がかかり、次々と庶民を苦しめる増税策が推し進められていきました。諸方に無駄に建設される城や記念碑、それを造るために駆り出される人々。それに加え、ネリはもともと派手な生活を好みましたもので、庶民が一生働いても買えないような贅沢な衣装や宝石類、調度品などに目がなく、湯水のように血税を費消していきました。そのため民に重税を課さねば政治が立ちゆかなかったのであります。
 国中にネリと新王ディワイを憎悪する声が充ち満ちていきました。そんな折、はじめから結末の分かっている裁判にかけられて、処刑されることが決まった王妃のソフィーは、処刑場に引き出されることになりました。
 しかしです、処刑の当日、何十人もの決死の集団により、ソフィーは救出されたのであります。救い出したのは、ピラーという中将が率いる手勢でありました。ピラーとソフィーはしばらく行方を晦ましていたのですが、ピラーは作戦の準備が整うと、ネリとディワイのいる城を手勢を率いて攻め立てました。城の中からは内通者が多数出て、水も漏らさぬ警備が敷かれていたはずの城が、ほんの数十分で実にあっけなく落ちました。燃えさかる焔、兵隊たちの荒々しい跫音が響く中、ネリと幼君ディワイは玉座で自害して果てたのであります。
 このようにして、王宮内部の政変は一応おさまったわけですが、ソフィーのひとり息子であるリュシエルの行方だけが依然わからないままでありました。勿論、方々へ王子捜索の指令は出されていましたし、逆賊ネリ一味が処罰されたことも国中に宣伝されてはおりました。ところが、何時まで経ってもリュシエルの行方が分からなかったのであります。
 そんなところへ、リュシエルに護衛としてついていたマデラー少佐が孤影蕭然と王宮に帰って来たのであります。マデラー少佐は以前の面影もなく、窶れ、衣服はまるで乞食のように成り果てていて、身体からは鼻を摘んでも臭ってくるような異臭が漂っていました。マデラー少佐はソフィーが王の代理として王宮に舞い戻ったことを知って、逃亡先から急ぎ帰還したのです。
 マデラー少佐はまことに七生報国という言葉を絵に描いたような男でありましたので、ソフィー王妃にまみえ、これまでのいきさつ――道中リュシエルと離れ離れとなり、王子を見失ってしまったこと、リュシエルはおそらくもう不帰の客となってしまっていること――を告げると、自らの非力を詫び、王子を守り通せなかった責任を取り、その場で懐剣を抜き去り、あわや自害して果てようとしたのであります。ソフィーが玉座の間から転び出すような勢いで、マデラー少佐を止めて、その手から懐剣を払い落として曰く、『まだ生きている可能性もあるのですから、私達もあきらめないで希望を持ちましょう、あなたにはこれまで随分ご苦労をかけましたね、世間知らずの王子をその手ひとつに預けてしまって……どうかこれからも命を粗末にせずに、まだ生きているやもしれぬ王子とこの国の為にあなたの力を貸してください。王宮の高官の中には、随分といかがわしい人物が増えてしまったというのに、あなたのような人物が埋もれているのは道理に合わない』。そのようにして、ソフィーはマデラー少佐の階級をごぼう抜きで一気に中将にまで昇らせたのであります。有り難いお言葉ばかりか、そのような破格の扱いまで一身に受けて、以来マデラー中将がソフィーのためならますます身を粉にして働くようになったのは云うまでもありません。
 御存知ないかもしれませんが、このマデラーという男、元々は薄汚い乞食だったのです。その乞食の何処に目をつけたのか、当時のピラーという中将が、彼を兵士として取り立てたのが、そもそものはじまりです。それから十年も経たぬうちに、乞食のマデラーが、軍隊の最高位である将軍の次に偉い中将という階級にまで昇りつめたのです。
 さて、間もなく国中にリュシエルの似顔絵がばら撒かれ、大捜索団が結成され、リュシエルの居場所が王宮の兵隊たちにより国の隅々まで捜索されることになり、今に至っているのであります……」
 執事は自分で自分の言葉に酔ったようにしばらく演説の余韻に浸っていました。
 ところが、それまで目を閉じて、執事の報告を聞いているのかいないのか分からない様子だったリーベリが、突然目を開けて云いました。「よく舌の回るカエルだこと」
 その言葉を聞くと、可哀想なかえる君は額から滝のように滲み出した汗を拭くために、黒ベストのチョッキのポケットから急いで手巾(ハンカチ)を取り出しました。「ま、まことに、申し訳御座いません。すこし、饒舌に過ぎましたでしょうか?」
 かえる君が狼狽するのを見て、ふん、とリーベリは鼻を鳴らしました。「王宮の兵隊たちがリュシエルを見つける前に、あたしたちの手で見つけないとね。厄介なことになるわ」
「まったくもって、仰るとおりで御座います」
「リュシエル……」リーベリは自分に云い聞かせるように何事か呟いていました。
「何で御座いましょうか?」
「なんでもない……」
 リュシエルたちの捜索に出たジョーニーからはいまだ何の連絡も入っていませんでした。執事のかえる君ですら、中間報告くらい入れても良さそうなものだと思ったほどでした。そのために、翼を持ったストレイ・シープとコンビを組ませていたのですから。
  正直、リーベリは痺れを切らしはじめていました。リーベリが我慢の限界に来ているらしいことは、執事のかえる君にも分かりました。執事はずり下がった眼鏡を小指で上げました。
「この者は如何致しますか?」
 執事は、キリストのように両手両足に枷をはめられた男を見て云いました。男は洞窟の壁に寄りかかって立っていました。男の衣服は至るところ破れていて、汚れています。それは拷問の跡を示していました。両手両足の枷は、鎖と連結されていて、その鎖は釘によって洞窟の壁に打ち付けられていました。この男は王宮の出先機関である北方総督府のお役人で、王宮内の情報を仕入れるためにリーベリの一味の者によってこの洞窟まで拉致されて来たのでした。
「放してあげていいわよ。もう聞くこともないわ」
「わかりました」執事のかえる君はそばにいたカエルの兵隊に命じて、お役人の枷をはずさせました。
「お慈悲だ。行くが良い」
 と執事のかえる君は鷹揚に告げました。
 お役人は、両手両足の枷をはずされると、ふらつく身体で立つこともやっとというふうに、しばらく猫背になって小刻みに震えていましたが、やがて壁に手をつきながら、一歩一歩洞窟の出口目指して歩いて行きました。
「水晶を出して」とリーベリに云われて、執事のかえる君は慌てて戸棚の中から水晶を取り出しました。水晶を布巾で一拭きした後、袱紗を敷いて、その上に水晶をそっと置きました。まだお役人の姿が見えました。お役人は衰弱しているために、その足取りはひどくのろいのでした。リーベリはそんなお役人のことなど既に眼中にないように、目を瞑り、水晶に掌を翳していました。リーベリが念を込めてしばらくすると、水晶の中に像が結び合わされるのが傍らに屹立している執事にも覗き見ることが出来ました。リュシエルとミミが何処かの部屋のベッドの上で静かな寝息を立てて眠る様子が、窓の帷越しに映し出されています。
 此処は何処だろう? と執事は首を傾げました。
 続いて像は掻き消えて、水晶は違う角度の風景を映し出しました。それは清流の川べりでした。ジョーニーと五歳くらいの女の子供が何やら楽し気に話していました。女の子がポケットの中からクッキーを取り出し、半分に割ってジョーニーに手ずから食べさせています。ジョーニーは幸せそうな顔でクッキーを頬張っています。
「何をやってるの、こいつらは?」リーベリの怒りに震える声が聞こえてきました。「どおりで方々探しあぐねても、見つからなかったわけだわ。あんなに道草食わないでねって念を押しておいたのに……」
  リーベリは癇癪を起こし、執事に高い声で地図を持って来るよう命令しました。
 リーベリが地図を広げて水晶に何やら小声で話しかけると、しばらくして水晶の光が地図上の或る一点を指し示していました。「此処にいるのね……分かったわ。でも、あいつ、人間になったとたん、恩を忘れて勝手な行動を取りはじめるなんて。まったく、人間は信用できない、動物も信用できない、人形も信用できない。信用できるのは自分だけだわ……」
「仰るとおりで御座います」
「うるさいっ」
 執事のかえる君は首を竦めました。かえる君の頭をかすめて、ひゅう、と飛んで行った水晶が、洞窟の壁にぶつかって粉細工のように砕けました。
「ひっ」執事のかえる君は飛び退きました。もう少しで、粉々に砕けたガラス片が体に刺さるところだったのです。
「カエル達をすぐ呼んで来なさい。体力のある者十匹ばかりよ。集まったら即出発するわよ」
「ははあ!」
 執事のかえる君は、今や二十匹あまりにも増員されていたカエルたちの中から、体力に自信のある者十匹を選りすぐり、馬車の準備をさせました。
 馬車は煌びやかな装飾が施されていて、雨が降ってきても大丈夫なように屋根もついていました。
 車には帷が付いていて、帷を閉めると中に誰が乗っているのか外からは見えないように工夫されていました。リーベリはこの車の中にリュシエルを乗せて洞窟に帰るつもりでした。
 御者台にリーベリが坐ると、車は南へ向けて出発しました。馬車の中には、執事も乗り込んでいます。
 洞窟を出て五十メートルほど行った処に、先程の拷問を受けたお役人が白目を剥いて口から泡を吹き倒れていました。
 牽き手のカエル二匹は汗をびっしょり掻いて、一生懸命車を牽いていました。残りの八匹のカエルたちも、喘ぎながら車の後ろについて走っています。
 リーベリはカエルたちに容赦なく鞭をくれながら、リュシエルに会いたい一心で、夜通し駈けさせました。

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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