『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㊺ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㊺ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 リュシエルは何事かと愕いて駆け寄り、腰高窓を開けました。しかし、リュシエルが窓外を見回しても誰もいませんでした。遠景の森と村の家々が点在している他には、近くの赤レンガの家の屋根にカラスが一匹止まっているだけでした。カラスは小首を傾げていました。
「何もいないよ」
「変ねえ。さっきは誰かいるような気がしたんだけど。ちょっと私にも見せてくれないかしら?」
 リュシエルがメメの体を持ち上げてやると、窓の外に頭を突き出して外を見回していたメメが大きな声を出しました。
「あっ、いた! さっき誰かいると思ったのは、これのことだったのよ」
 窓の下には、赤い鼻、赤い唇、青い瞳、左目の付近にはハート型の黒い模様が入っている、一体のピエロの人形が落ちていました。
「こんな所に誰が置いて行ったんだろう?」
「何が置いてあったの?」とミミが訊ねました。
「汚いピエロの人形さ。誰かが捨てて行ったみたいだね」
 リュシエルは屈んでピエロの人形を拾い上げました。見せて、とメメが云うので、リュシエルはメメに人形を手渡しました。
「ぱっとしない人形だわね」
 ピエロのジョーニーは身じろぎひとつしませんでした。ミミの目が見えていたなら、そのピエロはリーベリの部屋にあった人形だと気付いたかもしれませんでした。
 ジョーニーはめでたく尋ね人の居場所を探知したわけでした。今までリュシエル達が森の中をさ迷っていたために、上空からいくら探しても見つからなかったのでした。けれど、今回の仕事はジョーニーとしても上出来の部類でした。これだけ早く見つければ、いくら気の短いリーベリだって、褒め言葉のひとつくらい云ってくれるだろうと思いました。あとは、リュシエル達にスパイの任務を見破られないよう気をつけて、ひとりでは帰れない方向音痴のストレイ・シープと合流し、洞窟に帰りリュシエル達の居場所をリーベリに報告すれば自分たちの仕事は無事終了するのでした。
 しかし、今、ジョーニーは自分を抱きかかえているメメの愛くるしさに目を奪われていました。こんなに可愛らしい人間の女性を見かけたのははじめての経験でした。またたく間に、ジョーニーの中に、メメとの愛情を育みたいという欲求が育っていきました。
 そのジョーニーの願望を実現させてくれそうな状況が早くも訪れました。メメがジョーニーを抱えたまま、ひとりで部屋の外へ歩いて出たのです。
「人の家なんだから、あんまり歩き回っちゃ迷惑になるよ」
 リュシエルの声が背後からしました。「はぁい」とメメは答えましたが、リュシエルの云う意味を分かって返事をしているのかどうか微妙なところでした。
 メメは好奇心いっぱいに家の中の探検をはじめました。ジョーニーも薄目を開けて、そんなメメの様子を心をときめかせて観察しています。
 メメひとりになって、ジョーニーはメメに話しかけたい気持ちがますます強くなりました。リーベリが必要としているのはリュシエルとミミの居場所だけで、この女の子はその中に入っていない筈だとジョーニーは考えました。この女の子をどうしても自分の物にしたい、その強い思いが「死んでいる人形」として演技しなくてはならない筈のジョーニーの口を、動かしました。
「もしもし?」
「きゃっ!」メメは飛び上がって驚きました。
「もしもしもしもし?」
「何? 誰?」
「おいらだよ。いま君が抱いているじゃないか」
「まあ、人形が喋ってる?」
「おいらはジョーニーっていうんだよ。驚かなくていいよ。おいらはピエロの人形の姿をしてはいるが、れっきとした人間だよ。リーベリ様がおいらを人間にしてくれたんだ」
 メメはびっくりして遠くへ投げてしまいそうになったジョーニーを、身体から出来るだけ遠ざけて手の中に持っていました。
「そういうことだったのね。突然、吃驚させないでよ。それなら私も同じなんだから」
「同じって?」
「私も元は人形だったの。ミミが魔法をかけてくれたのよ。そういう意味では、私たち、仲間ね。私はメメよ。仲良くしましょ」
 ジョーニーは、事態を把握するのにしばらく時間がかかりました。しかし、ようやく頭に血がめぐり、こんなことってあるのだろうか?と感動すらする思いでした。この子の云うことが正しければ、メメも自分と同じ元人形だったというではありませんか。云ってみれば、これは人形が人形に恋をしたということでした。いつかきれいな花嫁を迎えて、幸せな暮らしを送りたいという願いがやっと叶えられる時が来たような気がしました。これこそ神様が与えてくれた、百年に一度あるかないかの出逢いではないか。
「メメ」とジョーニーは云いました。
「なに?」
「おいらと一緒に逃げないか?」
「えっ?」
「おいらと一緒に逃げないか?」
「何処に?」
「此処じゃない何処かさ」
「でも、どうして逃げるの?」
「その……おいらと一緒に幸せに暮らさないか?」
「幸せに暮らすって云われても……さっき会ったばかりじゃないのよ?」
「それはそうだけど……君と出逢えたのは、何だかおいら、運命みたいな気がするんだ」
「ふうん、そうなんだ。でも、どうして此処から逃げたいの?」
「それは……此処はすこし危険過ぎるかもしれないからさ」
「どうして?」
「……そんな気がするんだ。つまり、胸騒ぎってやつさ」
「変なの。ま、いいわ。リュシエルたちに聞いてみるわ。それに、あなたが喋れることも教えてあげないと。きっとみんな吃驚すると思うわ!」
「ちょっと待って。あの人たちにはおいらが喋れることは内緒にしておいてほしいんだよ」
「どうして?」
「君がおいらと同じ人形だったから秘密を教える気になったけど、あの人たちは元々人間だろ? だからおいらは彼らのことをまだ信用できていないんだ」
「大丈夫よ。いい人たちよ」
「とにかく、おいらが人間だってことは、君の胸の内におさめておいてほしいんだ。それは約束してくれないか? おいらからのただひとつのお願いだ」
「……わかったわ。そこまで云うなら」
「おいらはみんなの前では喋れないフリをしているから、おいらに話しかけたりしちゃダメだよ」
「変なの」
「それから、おいらと一緒に逃げること、考えておいてくれよ?」
「遠くには行けないけれど、お外にお散歩に行ってもいいか、聞いてみてあげるわ」
「……あんまり時間がないんだ。散歩とかじゃなくて、おいらと一緒に逃げてもいいか、ちゃんと考えといてくれよ」
「もう、いろいろとうるさい人だわね。分かったわよ」
 メメはジョーニーを抱えたまま、リュシエルとミミのいる部屋の前でふたりで話していました。
「誰と話してるんだい?」とリュシエルが部屋の中から顔を出して尋ねました。
「私、このお人形さんとお友達になったの。このお人形さんねぇ、……」
 その時、メメはジョーニーが「シッ」と小声で云う声を聞きました。そしてたった今、ジョーニーと交わした約束を思い出し、急に黙り込みました。
「その人形がどうしたの?」
「このお人形さんねえ、ジョーニーっていう名前なのよ。ちょっと変な名前だけど、かわいいでしょ?」
「ジョーニー?」
「ええ」
「メメがつけたのかい? その名前?」
「いいえ。私じゃなくて……」再びメメは、ジョーニーの「シッ」という声を聞きました。「……なんとなく、ジョーニーって名前にしたの」
「ふうん。そうなの」

 

 その晩、夕食を食べてから、ミミは魔法の教科書をリュシエルに朗読してもらい、魔法の勉強をしました。体力を恢復させる魔法を覚えました。そして勉強するのに疲れると、三人は蝋燭の灯りを吹き消して床に就きました。
 ジョーニーはその日、皆が食事をする間も、メメの間近にいましたし、メメが眠りに就く時もメメの胸に抱かれて眠りました。
 ひと目惚れしたメメとずっと一緒にいられて、ジョーニーは満ち足りていました。外で待っているストレイ・シープのことなんか、全然忘れてしまったくらいです。けれども、時々、ストレイ・シープのくーくー鳴く声が聞こえて来て、ジョーニーは自分の任務を思い出させられました。
 別に、そんなに慌ててリーベリ様にリューシーの居所を報告しなくてもいいだろう、とジョーニーは思いました。もう少しメメの傍にいて、メメのこころをぐっと我が手におさめてから、リーベリの元に帰っても遅くはあるまい。
 自分も幸せになる権利くらい持っているのだ、とジョーニーは暗闇の中でひとり目を光らせていました。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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