『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㉙ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

『にゃんころがり新聞』

「にゃんころがりmagazine」https://nyankorogari.net/
に不具合が発生しました。修正するのに時間がかかるため、「にゃんころがり新聞」に一時的に記事をアップロードすることとしました。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㉙ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 ジョーニーとストレイ・シープがトコトコと洞窟の入口から外に出て来ました。ジョーニーが云いました。「まったく妬けるったらありゃしない。おいら達を除け者にしてよ。熱すぎて、見てらんねえって」
 ストレイ・シープがスキップを踏むように跳びはねながら、「まあまあ、そうカッカしないで」と云ってジョーニーを宥めました。「そのうちあんたにも、いいことあるさ」



 明け方の、ひとつベッドの中で今、リーベリは心地良さそうな寝息を立てていました。無意識のうちにリーベリがリュシエルにその軀体を寄せて来て、ふたりのからだが触れ合いました。リュシエルは身体をずらして、リーベリから離れました。
 リュシエルは、昨晩のリーベリの美しい軀体が脳裏によぎると、むしろそれを頭から振り払うようにしました。
 リュシエルには、これ以上この女に手を触れてはならないというもうひとりの自分の声が聞こえて来るのでした。
 リュシエルが思い出しているのは、父のことでした。
 父のことを、家臣たちは、偉大な王であると、口を揃えて褒めそやしました。
 けれども、リュシエルには、父がただ冷酷で、自分のことしか考えない残忍な人間のように思えてならないのでした。
 そもそもリュシエルは自分が今まで、このように放浪の旅をして、命を狙われてまで逃避行を続けて来たのは、おのれの欲望のままに複数の女性を妾にしていた父に原因があると思っていました。
 父には、后である母のソフィー以外に、ネリという愛妾がいました。
 ネリの評判は極めて悪く、それはネリが貴族出身の女ではないということも影響していました。けれども、父が肉体的に溺れていたのはネリでした。
 ネリは父の寵愛をいいことに、まさに王宮の一年の歳入の三分の一に相当する金が、毎年ネリひとりのために消えていました。
 何人もの心ある家臣が父にネリの排除を意見具申しましたが、そのような献言をする者は皆、父によって左遷されました。
 ネリの過去は高級娼婦なのでした。そのことは、王宮の誰もが知る公然の秘密でした。しかし、父はおのれの性欲を満たすために、そのような女に多額の金を注ぎ込んで、政治をおざなりにしたのです。そんな父の行いを快く思っていなかったはずの自分なのに……結局は父と同じことを繰り返しているだけではないか。そのことに思い至り、このような意思の弱い人間に生まれついた自分を、リュシエルは情けなく思うのでした。
 政治のゆがみ、そのつけは、庶民に回されることになりました。借金の穴を埋めるために増税が乱発され、人々は酷使されました。当時、リュシエルは知りもしませんでしたが、王宮の外に一歩出ると、その日いちにちのパンすら口に出来ない飢えた人々が路上には溢れていたのです。
 今から八年前、シン王と十四歳だった頃のリュシエルは、王宮の外で民衆に襲撃されたことがありました。腹を空かせ、弾圧と理不尽な政治に愛想を尽かせた人々が、怒り狂った猛獣のようになって、死をも恐れず、突き進んで来ました。
 馬車の守護をしていた近衛兵は囲みを突破され、恐慌を起こし蜘蛛の子を散らすように逃げ散る有り様でした。王宮では威厳に満ちた父も、いざとなるとまったく頼りにならず、馬車の中で身をひそめ、目は見開き血走って、「はーはーはー」と肩で大きく息をし、ガタガタと身震いが止まりませんでした。これがこの国を治める王かと思うと、見苦しいことこの上ありませんでした。まだ自分の方が冷静だった気がしたほどです。馬車が止まり、カギをかけた戸がガタガタ揺さぶられました。馬車の屋根の上に一、二名が乗りあがり、「王を殺せ」と喚いています。
 結局この時は、親衛隊の数名が盾となり、王と自分の乗った馬車を逃がしてくれたために、からくも王宮の門をくぐることが出来ました。しかし、暴動は年々増加していました。その後、各地を放浪することになり、リュシエルは王と王の一族を良く思っていない人々が多くいることを初めて知りました。世の中のひずみは、手がつけられないくらい大きくなっていました。
 偶然にも、自分は政権から負われる身となりましたが、果たして自分に王がつとまるのか、リュシエルは不安に思っていました。考えてみると、むしろ王とならない方が良かったのではないか、このまま何処かでひっそり暮らした方が、幸せな一生を送れるのではないかとさえ思えました。
 この洞窟で、死ぬまでリーベリと一緒に暮らすのか?
 リュシエルは、胸に手を当ててじっくりと考えてみました。
 でも、答えは、ノーでした。
 自分はミミのことを愛している。
 リュシエルはベッドからそっと起き上がって振り子時計を見ました。間もなくリーベリが仕事に行くため目を醒ます時間でした。
 ベッドの真ん中あたりに、小さなコインほどの大きさの血の痕がふたつ付いています。
 リュシエルはそれをなかったことにするかのように、寝具をそっとリーベリのからだに掛けました。
 出来れば早いうちに、ぼくはこの洞窟から去った方がいい。リーベリの受ける悲しみをすこしでも減らすためには、それは早ければ早いほどいいに違いない。