小説『命泣組曲⑦』~理事長が、まさかの行動に打って出た?! | 『にゃんころがり新聞』

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ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

ここまでのストーリーを読んでいない方は、こちらからお読みください。↓

命泣組曲①~

女子大生・虹乃は、ママから頼まれ、一週間、長生病院に被験者として入院することになった。
ところが退院していい頃を過ぎても、病院から彼女にお声はかからない。
虹乃がママと連絡をとりたいと看護婦に申し出ても、
「あなたにママはいません」
と言われたり、虹乃のことをキチ子お母様と呼ぶ謎の中年女・フチ子が現れたり、孫の赤鬼ちゃん、青鬼ちゃんが出現したり、セックス狂いの先生と看護婦が登場したりなど、病院内はなんだかおかしな雰囲気につつまれはじめる。
……追いつめられた虹乃が、病院を脱出しようとするとき目にしたものとは?!

読者を未体験ゾーンへとつきおとす、爆笑のノン・ストップ・エンタテイメント!

 

 

 

命泣組曲⑦

 

 

 

 

 

文:にゃんく

 

 

 

 

振り返ると、白衣を着た医師と看護婦ふたりが、開いた扉から身を乗りだしていた。
「まさか……理事長……間に合わなかったか!」
と医者が嘆息した。

「あれほど、これ以上服用はしないでくださいって言っておいたのに……なんてことだ」
看護婦ふたりの白衣は今着たばかりのようなぎこちなさで、白い帽子からはみ出た髪は乱れている。彼女らはあたしたちの視線を意識して、ぱっつんぱっつんのミニスカートを上にずりあげる仕種をした。
「先生」

と幼顔の方の看護婦が消え入りそうな声で言った。
「なんだ。こんな時に」

と医者。
「……チャック」
「……おほん。失礼」
医者はチャックをあげてから、あたしたちのことがまるで目に入らないかのように、赤ん坊になった理事長のもとにまっすぐやって来た。その後に看護婦ふたりが続く。
「理事長、理事長!」
と医者が赤ん坊に顔を寄せ、話しかけている。

「聞こえますか? ぼくの言っていることがわかりますか?」
医者は赤ん坊の目をこじ開け、胸元のポケットから取りだしたミニ懐中電灯で瞳孔を照らしだしていたが、元気の良い赤ん坊の泣き声は途絶え、代わりに喘息のような、ヒューヒューという痰がらみの呼吸がはじまっていた。
「ヒューヒュー、ヒューヒュー、ヒュー」
「まずい、発作だ」と医者が弾かれたように言った。「はやく薬を」
医者が後ろの看護婦に手を伸ばすと、大きな胸を強調するように胸元のボタンをはずしている、スタイル抜群の看護婦が、腰につけたポシェットのなかをまさぐっている。
なかなか薬が出てこないあいだに、赤ん坊のほうは息をつまらせ、目を見開き、顔中の血管を浮きださせ小刻みに軀を震わせて呻吟している。
「早く薬を。まだかね。君はやることなすこと、いつも遅いね」
差しだした手を引っ込め、医者が看護婦を責めると、看護婦は薬を捜すのを中断し、
「そんな言い方って、ないわ」
と脹れっ面をしてみせる。医者は眉をひそめ、軽く咳払いをしたのち、無理に作った笑顔で看護婦の肩を優しく撫ではじめた。
「悪かったよ。すこし、言い過ぎたようだ。……愛している」
と耳元で囁いた。看護婦は眉間に皺を寄せながらも、ようやく薬捜しに戻る。そうして、

「何処だったかなあ?」

と呟きながら、ポシェットのなかを引っ掻きまわし、明らかに適当に取りだしたとしか思えない、赤と白のカプセル状の薬をつまみあげると、

「これかしら?」

と甘えたような声をだし、医者の掌に載せた。
医者は薬を見つめながら、一瞬顔をしかめた後、
「飲んでください、理事長!理事長!」
と赤ん坊に声をかけながら、口を開かせ、舌の奥に薬を滑りこませ、力ずくで呑み込ませようとした。
一拍おいて医者が赤ん坊の顎に添えていた手を離すと、赤ん坊の喉仏が動き、ごくりという音をたてた。
「良かった!」
と医者が安堵したように言った。
医者が指先についた赤ん坊の唾液を幼な顔の看護婦にハンカチで拭わせている。
「これで一安心だ」と言って医者は看護婦たちに話しかけた。「薬を飲まれたからには、もう心配はいらぬ」
医者はそう言うと、看護婦に笑顔を見せた。

「良かったわね」

と言いながら、幼顔の看護婦が赤ん坊の頭を撫でている。彼らの傍の金庫のなかには、黄色い液体の詰まった何十本もの試験管がぎっしり並べられている様子が見える。
けれど薬を飲んでから十秒もしないうちに、あたしたちが見守るなか、赤ん坊はあんぐりと口を開き、
「……、」
と声にならない叫び声をあげた。そしてまるで電気ショックにかかったかのような、おぞましい全身痙攣がはじまり、開いた口は小刻みに動いているのに呼吸は完全にとまってしまっているというふうな容態に陥った。赤ん坊はこらえきれずに、大量の、真っ赤な血を吐いた。
「理事長!」
それまで優しく赤ん坊の髪に手を触れていた看護婦が、不潔なものから手を離す仕種で、白衣の裾で指先についた血のよごれを拭った。理事長はしばらく血のまじった咳をしていたが、ある瞬間カッと目を見開き、その瞳の色が消えた。それは誰の目にもはっきりとわかる、生死の境界をこえた瞬間だった。
理事長の手首の脈をとる医者の動作からは、脱力感のようなものが見えた。
「絶命された」
医者はその言葉を吐くまえに、すでにがっくり首を垂れている。
「時間は?」
幼顔の看護婦が腕時計を見ながら言った。
「三時十一分です」
暫く誰も何も言葉というものを発しなかった。医者は薄く目を閉じ、何だか寝入っているかのように、頭を微妙に前後に揺らしている。
理事長の死という成り行きを前に、今五人が示した反応は、当惑、悲愴、焦燥、無関心、赫怒など、五者五様のものだった。
「返してください、あたしの若さ」
と言った自分の声が、場違いに響いた。
医者は、あたしの存在に、たった今気づいたかのように、吃驚した様子で振り返った。それからあたしに視線を当てると、鼻孔を広げると、フーンと鼻息を荒々しく吐いた。
「返してよ、あたしの若さ」
医者は赤ん坊に視線を落とし、地獄のような形相をしている赤ん坊の見開いた瞼を指先でそっと閉じると、ゆっくり立ちあがり、窓の外を後ろ手を組みながら眺めている。
「返して……」
とあたしが三度言いかけると、医者は、まるで聞き分けのない子供を諭すみたいに話しはじめた。
「この病院は、もうおわりです。今まで理事長の強引な経営によって、内部では、腐っていて、すでに崩壊していたのです。理事長の命を長らえるために、これまでいったい何人の人間が死んだのか、わからないほどです。でも、実際には、ほとんど効果というものがなかったのです。人間ひとりの命を差し出しても、理事長の寿命は五分も伸びていなかったでしょう。人の命を奪ったり、搾取したりして、自分だけが長く生きようとするなんて、はじめから間違った考えでした。理事長も、そのことを悪いことだとわかっていたのだと思います。でもわかってはいても、やめることができなかったのでしょう。人間とは、そういう生き物だからです。他人の苦しみに関しては、どこまでも、残酷になれるのです。そして今、ひとつのコミュニティの頂点に君臨していた理事長が死んだ。すべてがおわったのです。この病院だけではありません。病院をとりまく地域、地域を拡大した都市、そしてそれの連なりであるこの国。すべての縮図がここにあり、底辺の生き血を吸って、肥え太る頂点というからくりがあるのです。でも、その世界も、今日をもって終わりです。ジ・エンドです。この病院の瓦解は都市へ波及し、この国全土へ広がってゆくことでしょう」
そこまで話すと、医者は、あたしの方を向いて、ふふ。はははははは、と空(から)笑いをした。
「なんて馬鹿げているんだ。こんな、人を食ったような話が、現実にあるなんて! それを実現するために、難しい勉強をして国家資格をとり、ぼくが医者になったなんて! そんな悪いジョークみたいな話が現実に存在していいのだろうか。馬鹿げたシステムを維持するために、ぼくは医者を目指したのだろうか」
不意に部屋全体が大きく揺さぶられ、数秒のちに、激しい揺れがあたしたちを襲った。本棚がテーブルのうえに倒れ、床を構成しているひとつひとつのブロックが崩れ落ちてゆく。その崩れ落ちた隙間から、暗黒の奈落の底が垣間見える。既に下の階の崩落もはじまっているようだった。
はは、ははははは!
医者は床で丸まり、腹を抱え笑い転げている。
肉感的なほうの看護婦が、「先生、先生」と医者の背中を揺すって呼びかけた。
医者が一瞬笑いやめて言った。
「なんだね?」
「私、また腰のあたりが疼くんですけれど」
と看護婦は指を咥えながら言った。医者は丸まった姿勢のままぴょこんと頭だけ起こし看護婦のほうに顔を向けて言った。
「またかね。仕方ないね、君は。僕が治療すればするほど、疼いて仕方ないんだろう」
看護婦はなんだかモジモジしている。
「先生」
と今度は幼な顔の方の看護婦が医者に声をかけた。
「今度は、いったいなんだね?」
「あたし、内股のうえあたりがゾクゾクするんです」
と幼な顔の看護婦が言った。
「君までもか。仕方ないな。それじゃ、もう時間がないから、此処でふたり同時に治療してあげる。さあ、おいで」

看護婦ふたりが仔猫のように医者の元に身を寄せる。
激しい地震のために、立っていられないほどだった。夢人があたしの手を引いて、部屋の出口へ連れて行こうとする。
倒れた本棚のうえをよろめきながら歩き、倒れた棚で半分塞がった扉の、僅かな隙間から、あたしたちは部屋の外に滑りだした。螺旋の鉄骨の階段はぐんにゃり歪んでいて、危うく脚を踏み外して落下しそうになった。巨人か誰かが横合いから建物全体を揺すぶっているかのように、鉄骨の階段が、ゆっさ、ゆっさ、と揺れた。あたしは夢人の手をぎゅっと握って、階段の安全なところを選んでおりて行った。スリッパが脱げて裸足だった。降りれど降りれど階段は果てしなく続くように思えた。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

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