『2月の嘘景色』(作/山城窓)~ショートショート | 『にゃんころがり新聞』

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2月の嘘景色

 

 

 

 

 

 

文/山城窓

イラスト/蛇の目(イラクサ)

 

 

 

雨でもなく雪でもないものが降ってきた。堅い氷のつぶ。ヒョウってやつ? ま、雨よりマシね。ヒョウはコートの上を跳ねて、アスファルトを転がっている。濡れずにすむってすばらしい。
くだらない幸せを感じてから私は再び歩き出した。とりあえずバスに乗ってしまおう。面接の時間にはまだ間があるが、時間をつぶす余裕が今の私にはない。自堕落な灰色の雲の下で私は歌を口ずさんだ。声はヒョウより透き通る。たぶん透き通るのが好きなのだろう。大通りに出ても人の気配はない。それを確認すると私の声は自然と大きくなる。楽しい楽しい歌の時間。ずっと歌っていられたらいいのに、なんて思う自分がまた愛しい。
バス停には人が一人だけいる。残念ながら歌の時間はこれで終わりだ。透き通ったままの声に別れを告げると、今度は私が透き通りそうになる。だからしっかり地に足を着ける。私は現実を踏みつけて、現実と同化する。だけどそこに埋まってしまいたくはない。足が埋まればもちろん歩けない、と一人合点。
見知らぬ男の後ろに並ぶ。黒いコートの男。顔は見えない。かっこいいコートを着ることで、プラス10点を目論む男。たぶん、顔はイマイチだろうな。なんて思った瞬間男は振り返る。目が合う。すぐに目を逸らす。それほど悪い顔じゃない?っていうか少しかっこいい? そう・・・・・・85点。コートの分を引いても75点。そこそこってところ? 食事に誘われたらどうする? うん、ついていく。面接なんか面倒くさいし、どうせ落ちるし。さあ、声を掛けてきなさい。緊張なんかしないでよ、そういうのって面倒くさい。私は好みじゃないってこと? そんなの本当は関係ないくせに。誰でもいいくせに、勇気の無さを誤魔化そうとする。男ってそんな生き物だ、って女も所詮はそんなもの。きっとこの人は大事な用事があるから、私に声を掛けてる場合じゃないのね、って言い訳を勝手に作ってしまって、あ、バスが来た。
乗降口のドアが開いて、私は歩を進めようとする。けれど男は動かない。待ってられない私はその横を通りすぎる。と、そこで男の足元に目を留める。この人の足、ちょっと埋まっちゃってる。なるほど、そりゃ声掛けてなんかいられないわね。
そんな男を横目に私はさっさとバスに乗りこむ。吊り革にしっかりと摑まってから、振り向くと男はやっぱり突っ立ったまま。何かを待ち続けたまま、現実に飲まれていった男が少しずつ遠ざかっていく。

 

 

(おしまい)

 

 

 

 

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