今月2回にわたって、仕事でマンハッタンに来ていた従兄弟のトシ君にカミングアウトをした話を書きましたが、親戚であると同時に、大学の後輩でもありビジネスマンである彼とは昨今の日米の政治や経済、社会問題の話もしました。

 

 

特に盛り上がったのは移民政策の話。というのも、トシ君が出張に来たちょっと前に、南部ジョージア州の韓国系自動車会社の工場建設現場で一斉に移民摘発が行われ、475人もの労働者が拘束された事件がありました。その中には、不法労働とされる移民だけではなく、韓国本社から出張してきていた社員や日本人の工作機器メーカーの出張社員も含まれていたとの報道もありました。よってトシ君も不安に思っていたのです。

 

 

トシ君の出張は、NY近辺の取引先を訪問して製品サービスのクライアントへの説明やシステムの使い方のトレーニング、そしてそれに関する様々な会議が目的でした。日本人ビジネスマンが出張でやってきてこういった活動をするには労働ビザは必要とされていません。90日以内であれば観光目的の日本人と同様ESTAで入国できます。これは、トシ君が勝手に判断していたわけではなくて、トシ君の会社がきちんと国際弁護士事務所に確認した上ので判断です。今回も同様の方法で入国したのですが、例の韓国系工場での社員拘束事件もあって、トシ君は、クライアント先の工場にガサ入れがあって自分も移民当局に職務質問にあって拘束されたら大変だと思っていたようです。

 

 

そんなこともあり神経質になったいたトシ君。クライアントの事業所に滞在中、技術者から製品サービスについて質問が相次ぎ、システムバグなどを解決しているうちに、技術的な話になっていき、これはもしやESTAで活動が認められている範囲を超すのではと思うようになったそうです。それで、こちらで得たジョージアでの韓国人拘束事件の話を会社にして、自分も心配だという話をしたら、アメリカ国籍を持つ社員を派遣してくれることになったそうです。たとえ今現在日本在住でも、アメリカ国籍者にはそういう活動の制限はありませんから。

 

それが、トシ君の滞在最終日にディナーに来た後輩君です。後輩君を最初に見たときは生粋の日本人だと思っていたのですが、聞いたら日本人のお父さんと中華系インドネシア人でアメリカのパスポートを持つお母さんがアメリカで結婚し、滞在しているときにこちらで生まれたのだそうです。よって、今も米国パスポートを持っています。その後両親が日本に来て、ずっと日本で育ったのと、お母さんはインドネシア出身とはいえ中華系なので、後輩君の見た目は日本人にしか見えません。今このブログ書いてる時に、インドネシア人の奥さんと子供がいる俳優ディーン・フジオカの離婚がニュースになっていますが、後輩君はまさにそんな環境で育ったようです。ディーン・フジオカの子供と違うのは、ジャカルタじゃなくて東京でずっと育ってほぼ日本人として育っていること。

 

ディーン・フジオカの離婚は国際結婚の難しさを物語る

 

そんなトシ君と後輩君、そして私の3人で、現在の日米の移民に対する世論の行方を憂いました。確かに度を越した不法移民の流入やビザ切れの後のオーバーステイ、また外国人の税金逃れ、社会保障のただ乗りは日米両国で問題になっています。それに加えて日本では、オーバーツーリズムや日本の文化伝統の軽視や破壊、一方アメリカでは麻薬の流入なども外国人を巡る議論の争点になっています。高市さんもトランプも当選の背景にはそんな国民の怒りの声を受けた形になっているとも言えるでしょう。

 

しかし、そんな民衆の怒りとは裏腹に、日米に共通して言えるのは、どちらの国も移民なしでは社会が回らなくなっていることです。日本に帰る度ごとに思うのはコンビニや飲食店での外国人店員さんの比率の増加。ずっと日本に暮らしていると気がつかないのかもしれませんが、1年に1回帰国する私には、今や東京にいても東南アジアのどこかにいるような感覚を覚えます。私が日本にいた頃からすでに、農場や工場などお客から見えないところで外国人(特に日系ブラジル人等)が多く働いていましたが、今や接客や小売などのサービス業の現場でも外国人がいないと回らなくなっているようです。


でも、それって究極的に言えば、好むか好まざるかにかかわらず、民衆が移民を必要としてるってことにもなるんですよね。

 

前回一時帰国した時、ある東北の老舗温泉旅館のフロントでネパール人がチェックイン業務をしてました。インバウンドが押し寄せるような有名観光地ではないので、インバウンド対応のために彼がいるのではなく、単に地元では日本人の労働者を採用できないからのようでした。でないと80過ぎたおじいさんとおばあさんぐらいしか働いてくれる人がいない。最近では、建設業界、土木業界でも外国人依存は強まっています。国家の安全保障上の観点から外国人を採用することに抵抗があるとされるインフラ関係、鉄道の保線業務にも外国人技術者に特定技能種で労働ビザを発給しようという動きもあるそうです。

 

移民排除しても、その後待ち受ける状況は、、、

 

アメリカではそれ以上に移民に頼った社会になっています。特定の業界で移民が多い、というのが難しいほど、ほぼ全ての経済活動で移民依存は常態化しています。よって、トランプ政権が移民排斥を訴えて、移民を追い出しても、後々になって経済が回らなくなってしっぺ返しをくらうのはアメリカの有権者なのです。例えば農業などはすでに大きな打撃を受けていると言われています。これまで農作物の収穫を担ってきた中南米系の移民が激減してしまったのです。だからと言って、アメリカ人の労働者を雇えばいいじゃないかとなるのかもしれません。しかし、そう単純でもないのです。移民依存の経済構造に慣れてしまっているアメリカ人、特に若者は農作物の収穫のような仕事を好まないという労働市場の不一致があります。またファーストフード店など店によっては店長以外全て正規の労働ビザを持たない移民労働者で運営されているところもあります。昨日、南部の某都市で1日に897人の検挙がありほぼ全員が強制送還になる予定だとニュースで聞きました。キッチン・接客スタッフがほぼ全員収監されたというハンバーガー店は営業できず閉店になるようです。なお、冒頭に述べた韓国系自動車工場もそうですが、きっかけは、外国人を快く思わない地元住民の密告によるものと言われています。

 

 

私のブログで扱えるような問題ではないので、従兄弟と話したことをきっかけに、アメリカの現状はこんな感じですよ、と言うレポに留めておきますが、政治的イデオロギー的に、そして感情的に移民を追い出しても、経済的には、待っているのは労働力不足による賃金の上昇、そして物価高です。アメリカでは、現在の移民排斥モードがどう社会経済に影響を与えていくのか、これからじわじわと影響が可視化されていくことでしょう。

 

少子高齢化の進む日本ではそもそも製品の供給が滞り、様々なサービスが受けられないと言う結果になります。それでも移民や外国人が嫌なら、経済活動の縮小をすればいいのかもしれませんが、国のレベルでそんな政策は取れないでしょう。日本の地方都市で「コンパクトシティー化」という政策がありますが、地方ならまだしも国政レベルで、国自体の衰退を連想させるような政策議論は難しいのではないかと思います。どの国も、技能の高い(=その国にとって有益となる移民)は欲しいけれど、不良外国人には入ってほしくない、というのが基本的な政策になるかと思います。しかしボリューム的には単純労働の分野においてこそ移民の需要が高いのであり、不良外国人化しやすいとされるそれほど教育レベルの高くない層が入ってくることは避けらません。

 

また、今の日本の状況を見るに、それこそ、今回登場した後輩君のような高スキル技術者の外国人にも居心地の悪い社会になってしまい、早晩賃金の高い国に逃げられる恐れもあります(とはいってもアメリカもヨーロッパも大して魅力的なところではないと後輩君は言ってますが、、、)。

 

いずれにしても、性善説に基づいたお花畑主義や、移民にはいづれ帰っていただく、と言うようなこちら側の勝手な幻想はすて、外国人が移民した先のルールを守らないと生きていけないようなきちんとした法整備が必要と思います。高市さんにもトランプにもそういったところを期待したいです。

 

と、久々に真面目な投稿でしたが、移民論争の行き着く先はどうなるのだろうと思う毎日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の到来を告げたニューヨーク。まだ紅葉の真っ盛りには早いですが朝晩は冷え込み秋の匂いを感じます。

 

毎年この時期にはほぼ週末毎にニューヨークから日帰りで小旅行をしていて、今年も10月最初の週末にハドソン川をずっと上流に行ったところに位置するハイドパークという小さな町に行ってきました。うちからは車で2時間弱、マンハッタンからは電車でもアクセス可能です。

 

 

 

旦那は義父の介護で2週間帰省中でしたので、今回の旅は、前の会社の同僚のK子さんと、彼女のお友達でアメリカ人女性のBさんと一緒。K子さんは、車なしの生活してるので、たまにこうして連れ出してあげています。昨年も一度郊外のショッピングモールに行くのにKさんをお連れして、その時Bさんとも会いました。よってこのメンバーでドライブするのは2回目。あまり天気の良くない日でしたが、雨には降られずまあまあのドライブ日和。鮮やかな紅葉にはちょっと早くとも、日頃来ることのないハドソン川上流地域まで来ると旅気分を味わえます。

 

この辺り視界が広くドライブだけでも清々しい気分になりますが、観光のハイライトがいくつかあります。

 

 

 

まずは、ヴァンダービルト・マンション・ナショナル・ヒストリック・サイト(Vanderbilt Mansion National Historic Site)です。アメリカ大陸に鉄道網を敷き詰めた鉄道王として有名なコーネリアス・ヴァンダービルト氏の別荘地が今は国に寄贈され史跡になっています。当時の別荘は綺麗に保存整備されて、今もその豪勢な暮らしぶりを垣間見ることができました。ヴァンダービルト家はその栄華を今に伝える名門財閥一家で、その子孫はアメリカの実業界の各分野で今も活躍しています。CNNのニュースで有名なアンダーソン・クーパーも実は、ヴァンダービルトの末裔です。今も全米中にヴァンダービルト家ゆかりの建造物が残され、私が通勤で使っているグランドセントラル駅一体の通りも駅舎の隣にあるビルも、ヴァンダービルトと名がついています。

 

 

 

 

そしてもう一つ外せないのが、第32代大統領フランクリン.D.ルーズベルトが住んだ邸宅(Home of Franklin D. Roosevelt National Historic )です。ルーズベルトはここで生まれ育ち、そしてポリオに罹って体が不自由になった後も難病の保養地として愛した場所です。現在は米政府の管轄のもと歴史的建築として保護されています。敷地内にはルーズベルト大統領と妻レオノアのお墓もあり、二人はこの地に静かに眠ってます。また同じ敷地内にはルーズベルト大統領図書館兼ミュージアムもあり、ここだけで半日は費やすことのできる充実した観光スポットと思います。第2次世界対戦時にアメリカの大統領として、日本を敵国として見ていた大統領であり、資料館には第2次世界大戦時の多くの資料が展示されています。また、日系アメリカ人を専用キャンプに隔離したのも彼。日本人である私には複雑な思いを起こさせる場所でした。ここ、マンハッタンに住んでる日本人でも知っている人が少ないので、ご興味を持っていただいた方はぜひいらして見てください。

 

 

 

 

ところで、この日は、アメリカ連邦議会で公務員予算が承認されず政府機関が閉鎖された5日目にあたりました。ヴァンダービルト・マンション・ナショナル・ヒストリック・サイトもフランクリン.D.ルーズベルトの生家も国立公園扱いのため、一部かアクセス不可能になっていましたが、園内ツアーは実施されていました。どうやらツアーガイドは連邦政府の職員ではなく、ボランティアの方々のようでした。これから紅葉の見頃を控え、観光客も冷えていくでしょうから、早く政府業務が再開して、上記2施設も通常営業に戻って欲しいものです。

 

 

以上、2箇所回っただけで結構な時間になってしまいましたが、我々にはもう一つミッションがありました。それは、ハイドパークにある大学に通うB子さんの息子さんに会うこと。この夏に入学して以降、二人の3ヶ月ぶりの再会の場面に立ち会うことができました。シングルマザーであるB子さんと息子さんが離れ離れに住むのは人生初ということで、お互いさぞ恋しかっただろうと思われる感動のシーンでした。その息子さん、K子さんから噂で聞いていたけれど、イケメン。高校時代はホッケーの花形選手。余計な情報だけど。

 

大学の寮に入ったものの、色々と不自由なので市内のアパートを探しているそうです。Bさんが家賃を払ってあげるらしいので、契約予定の物件を見たいとの親心で、K子さんと私も付き添って一緒に全員でゾロゾロと行ってきました。私のスマホの地図を使って学生街のアパートまで行ったので、スマホのアルゴリズムが働いたのか、男二人でシェアをする物件の案内が次々とインスタに掲示されるようになってしまいました。私のスマホ内のゲイ的な閲覧履歴を感知したのか、スマホ内のアルゴリズム、恐るべし。

 

こんな物件紹介広告が立て続けに表示

 

 

さて、盛りだくさんの日帰り旅行、あちこち行ったので、まとまりのないブログになってしまいましたが、最後に、ニューヨーク市内への帰り道に野菜類の即売やっている農園に立ち寄りました。りんごやなし、かぼちゃなど、実りの秋は到来したのだなと季節の移ろいを感じた旅でした。

 

 

 

リンゴと梨をたくさんに購入しました

 

ドライブ中、K子さんとBさん女性二人は楽しそうに話していました。私も混ざれる会話には混ざりつつも、二人の会話をBGMかわりに聴きつつ色々と考え事をする良い機会でした。K子さんもBさんも、明るい性格だけど、私の私生活の詳細を聞いてきたりしないし、踏み込んでほしくない領域には決して踏み込んで来ないので、楽しいドライブのお供に最適。車を持たない二人にとっては私のような存在は重宝なようで、また来年の今頃、収穫の時期に紅葉狩りに戻ってきましょうと話しました。

 

なお、この記事時間差投稿です。実際にハイドパークに行ったのは10月の上旬。あれから2週間近く経っているので、そろそろ紅葉も見頃を迎えていると思われます。

 

 

従兄弟のトシ君(仮名)にカミングアウトした話の続きです。

 

仕事でNYに2週間滞在したトシ君を、Dと私が住む家に招待して、入念に段階を踏んでカミングアウトをした話がこちら。ちなみに、カミングアウト記事の効果なのか、昨日の同性カップル部門のランキングで自己最高位の総合2位を獲得することができました。ご覧いただきありがとうございました。

 

 

ジリジリ順位を上げ従兄弟へのカミングアウトで初の2位。

 

トシ君が帰国する前の日の夜、次、いつ会えるかもわからないので、マンハッタンのイタリア料理屋で、2人だけでお別れのディナーに誘いました。カミングアウトしてから2人だけで日本語で話す機会がなかったので、カミングアウトの後どう感じていたかなどフォローアップしたい意味もありました。

 

ただ、その日トシ君は、仕事のヘルプで急遽日本から出張してきた日本人の若い後輩を1人にするのは可哀想なので、連れてきてもいいかとなり、一瞬「え?」と思いましたが、食事の前後に2人だけで話せるように時間を見つければいいかと思い3人でディナーすることになりました。しかし、そんな時間は全く見つけられず、食後はもう少し夜のマンハッタンをぶらぶらしたいという2人と別れることになりました。

 

ユニオンスクエア付近のDa Andrea

 

そして、その数日後。母親から衝撃のテキストが。

  • 母「あなた、ずっと一人暮らしだと思ってたけど、誰かと一緒に住んでるの?」
  • 私「トシ君から聞いたの?」
  • 母「まさこさん(仮名・義理の叔母、トシ君のお母さん)から聞いた。」
  • 私「え、まさこ叔母さん?親しかったっけ?」
  • 母「一緒にお芝居見に行ったりしてるわよ。」
知らなかった!トシ君の父(叔父=私の母の兄)は他界しており、外戚であるまさこ叔母さんとうちの母は、気軽に連絡を取るような関係ではないと私が思い込んでいたのです。
  • 私「へえ、で、叔母さんなんて?」
  • 母「あなたが稲垣君状態って聞いたけど。」
  • 私「稲垣君状態って何?」
  • 母「ほら、SMAPの吾郎ちゃんが他の男性と半同棲してるって話」
  • 私「そんなの知らないけど」

テキストのやり取りしながら、稲垣君状態という言葉を解析したら、10年くらい前に当時SMAPの稲垣君がテレビで「ひろくん」という年上のおじさんと半同棲しているという話をしたそうなのです。あれは稲垣吾郎のゲイカミングアウトだという意見と、ただの仲良い友達でしょ、という意見、いや、ゲイでもありバイでもあるんだ、等々大論争を引き起こしていたようですが、その後のSMAP解散騒動や稲垣君含めた3人のジャニーズ退所でしばらく稲垣君がTVから干されてしまったので、その後うやむやになりいまだに謎に包まれているようです。

 

もうその頃から私は日本を離れていたので、芸能ニュースには疎く始めて知りましたが、有名な話だったようですね。以下、ネットの拾い写真。ネタなのか、カモフラージュなのか、芸能界は奥が深いです。なお、ひろくんは既婚者で奥さんは元宝塚スターだそうです。

 

 

 

 

一体、トシ君は日本に帰ってまさこ叔母さん何をに伝えたんだろうと興味津々になりました。当初、トシ君にはうちの両親には言わないでくれとお願いするつもりでした。しかし、今後もし私の身に何かあった時に、Dと日本の私の家族の間に入って連絡してくれるのは親戚一同で唯一まともな英語が話せるトシ君以外にいないと思い、そんな役割をトシ君に期待してで私とDの生活を秘密にしてくれというのはやめました。流れにまかせよう的な。

 

そして今、稲垣君状態というキーワードが私の家族親戚内でバズっていることに加え、うちの母とまさこ叔母さんがまさか友達化していることは驚きでした。でも、確かに私がアメリカで過ごした20年の間にも、日本にいる母にもまさこ叔母さんにもそれぞれの人生があり、叔父なき後も2人が交流していることは嬉しくもありました。

 

さて、トシ君が私のDとの生活を稲垣君のような状態と表現したことについて、どう解釈していいのか。もしかしたら、本当にそう思っているのか、もしくは、彼なりの判断でNは男性と結婚している、という話をしてしまうと、叔母もうちの両親も驚くだろうから、煙に巻く意味で、ニュアンスは含むけど確定はさせないという例で稲垣君状態と称したのか。もしくは、トシ君と叔母の間では私の同性婚の話は確定したけれど、うちの両親にはきちんと言わないでおこうとなったのか。とても日本的な幕引きであることは確かです。

 

日本的なカミングアウト解釈といえば、ここ数年の氷川きよしの豹変ぶりから一時休業、その後復帰した時の軟着陸はとても日本的と思いました。氷川きよしはアメリカ的な枠に当てはめると、LGBTのT、つまり「トランスジェンダー」を指向しているように見えますが、紅白歌合戦で復帰した時は「これからも”自分らしく”歌を届けていきたい」という、とても日本的な言葉を持って多様性の時代の幕開けを演出しました。実質これがカミングアウトとされているようですが、欧米のように「He came out as trans(彼はトランスだとカミングアウトした)」と白黒はっきりさせるのとは大違いです。それどころか、日本の大手メディアでは氷川きよしの「演歌界の貴公子」路線を継承させようとしています。

 

氷川君の近影。彼のインスタ。一瞬中山美穂かと思った

 

私のカミングアウトを日本の家族に彼がどうやって伝えたのか、トシ君本人に真相を聞けばいいんでしょうけど、それはしていません。私とDの関係について、一緒に住んでいるという事実は知ってもらっているだけで十分で、解釈は両親や親戚一人一人のそれぞれのキャパや想像力に任せておこうと思うのです。母が知っているということは、父や弟にも伝わったのだろうけれど、今のところ誰も何も言ってきてません。よって、それほどスキャンダラスな話にはなっていないのか、それとも逆に、腫れ物に触るなの精神なのかもしれません。とりあえず、万が一私に何かあったときに、Dからトシ君経由で、うちの家族に連絡ができるルートが開設された事実に満足しています。

 

母からのラインでの会話の終わりに「でもアメリカみたいな危ない所で、1人で住んでると思ったから安心した」というフレーズを見てやや救われた気がしました。もしかすると、これが母にとっての真理なのかもしれません。トシ君へのカミングアウト、これで成功なのか、失敗なのか、とても日本的な結末を迎えたなと思っています。

 

最後に、せっかくなので、トシ君と後輩君と行ったイタリアンのお店「Da Andrea」の紹介。マンハッタン在住の時は、近くのミニシアターに映画見に行く時によく使ってました。隠れ家的に静かなお店で予約なしで入れる印象でしたが、今回行ったら満員でびっくり。いつの間に人気レストランになってました。予約しておいて良かったです。我々が行ったのはグリニッチ・ビレッジ(Greenwich Village)店ですが、チェルシー(Chelsea)にもお店があるようです。味、ボリューム、サービス総合点が高いレストランです。自家製ティラミスがおすすめ。

 

 

 

 

 

自己ベストのランキング2位。応援ありがとうございました

 

 

 

 

 

 

 

 

先月、従兄弟がニューヨークに出張中にホテル探しを手伝った話をブログにしました。

 

その従兄弟、トシ君。ハワイやカリフォルニアには旅行で行ったことがあるものの、アメリカに仕事で2週間も滞在するのは初。私とホテルの件でやりとりしている間に、私がニューヨークの郊外でどんな生活しているのか興味が出てきたみたいで、滞在中の週末のうちに遊びに来てもいいかと聞かれました。

 

私は日本の家族にはカミングアウトしていないので、当然、彼も私がゲイであるとは知りませんし、旦那Dという存在がいることも知りません。その週末は旦那も家にいる予定なので、さて、どうしようかと迷いましたが、結局従兄弟のリクエストを受け入れ、結果的にはこの機会にカミングアウトしようと決心しました。

 

私には父方母方合わせて15人の従兄弟・従姉妹がいますが、大人になってからはせいぜい親族の法事や祖父母の葬式で会うくらいでした。しかし、この従兄弟のトシ君とは昔から波長が合い、大学も同じで3年下の後輩でもあったので、例外的に友人の様に連絡を取り合っていました。一般的な日本人中年男性に比べるとフレキシブルかつリベラルな考えの持ち主で、彼にならカミングアウトしてもいいかな、と思ったのです。改修後あまり使っていないゲストルームもあるので、泊まっていけばと誘ってみたら喜んでくれました。

 

しかし、いきなりうちに連れて行って玄関先でDが待っていて「彼が私の旦那です、」というアメリカチックなカミングアウトは純日本人であるトシ君にはきついかなと思い、まずは心の準備をしてもらうためにまずは、うちを訪問する前の日にあらかじめカミングアウトすることにしました。

 

私:「トシ君、うちに来てもらう前に伝えておかなければならないことがあって、、」

 

トシ:「え、何?いきなり金髪の奥さんとか子供いるとか言わないでね?」(いかにも日本人男性的な返しでいきなりズッコケそうになりました。)

 

私:「うちに来てくれる時に、大切な人を紹介したいんだ。”彼”とはもう10年以上の付き合いて、ここ6年は一緒に住んでます。」(ドキドキしたけど、言ってしまった、、、。)

 

トシ:「(一瞬間が空いて)あ、そうなんだ。なんて名前なの?」(伝わったかなと思いました)

 

私:「Dという名前のアメリカ人」

 

トシ:「へえ、会うの楽しみ。何かお土産持って行くわ。Dさんは酒飲むの?」

 

と、ここまで話して、受け入れてくれたと安心しました。もしかしたら驚いていたけど、気を遣って平静を装ったのかもしれないとも思いました。ただ、もっと色々質問してくると思ったけど、やけにあっさりした反応だなという一抹の不安はありましたが。

 

そして、従兄弟トシくんの我が家訪問の日がやってきました。マンハッタンからメトロノース鉄道でやってくる彼をまずは私が最寄駅まで車で迎えに行きました。昨夜の電話での会話ではあまり詳しくは話せなかったので、車の中では、Dとの出会いの馴れ初めとか、今まで行った旅行先などの話をしました。直行すると10分くらいで着いてしまうので、そういう話を日本語で済ませておくために、わざわざ郊外ドライブをぐるぐると1時間近くして家に向かいました。ただ、遠慮があるのか、それほど突っ込んだ質問はありませんでした。あちこちカボチャの装飾が始まった秋のニューヨーク郊外の風景が綺麗で私とDの話よりも、アメリカでハロウィンの祝い方の話や最近の日本での異様な熱狂の話で盛り上がりました。

 

アメリカの秋の風物詩、道路沿いのカボチャの販売

 

ハロウィンももうすぐです

 

郊外ドライブの後、家に着きついにトシ君とDのご対面。英語で以下のような会話をしました。

 

トシ:「今日はご招待ありがとうございます。」

 

D:「”我々”の家にようこそ。あなたのことはNから聞いていました。会えることをずっと楽しみにしてました。」(Welcome to "Our" houseとDもカップルアピール)

 

トシ:「素敵なお家ですね。私もDさんに会えて嬉しいです。」(従兄弟のスマートな感じの返答にまずは安心。カミングアウト成功か!と思いました。)

 

しばらく、Dは日本での駐在経験や私との馴れ初めの話をしました

 

トシ:「日本にはよく行くんですが?」

 

D:「NWと2人でほぼ毎年行ってます」

 

トシ:「仲良いですね。今度日本にくるときは2人で私のところにも遊びに来てください。」

 

Dがいるときは全て英語の会話ですが、この会話から従兄弟が我々がカップルだということを悟ってくれたと信じていました。これまでも、親しい人たちにはこのような自然な流れでカミングアウトしてきました。ただ、「私たちがゲイカップルで、同性婚もしています」とは言いませんでした。一度はそうしようかと思いましたが、日本語で言うと生々しくなってしまい、トシ君がドン引きしてしまうのではないかと不安があったので、そう言うストレートな方法は使わず、家に呼んで、カップルとしての日常をみてもらう事でカミングアウトを完了させようと思ったのです。
 
その日の夕食は外食で済ませ、翌朝はDがありあわせのもので朝食を準備してくれました。トシ君は、私とDが2人でキッチンに並ぶ姿を見て、「仲良いね〜。うちなんて、(奥さんが)キッチンに入れてくれないんだよ〜」などと言うので、ああ、トシ君にカミングアウトして良かった、と思いました。
 
Dが準備した朝食。原価10ドルもしない
 
その後、しばらく歓談してうちの近所を散歩して郊外生活の様子を見てもらいました。そして、この日はDがコストコに買い物に行く予定を立てていて、トシ君も興味があると言うので、3人でコストコに買い物に行きました。Dがカートを押し、そこに私が自分が欲しいものをどんどんぶち込んでいくのを見て、トシ君がDに「お財布も一緒なの?」と聞いていました。そしたら、Dが「Yes, since we got married, we have joint account(結婚してから共同口座です)」とさらっと言ってました。
 
前の日の夜から、一緒にカップルとして生活する姿を見せてきて、こうして自然に結婚している、と言う言葉を自然な形で言ってくれたDにナイスジョブ!と思いつつ、トシ君の顔を見るのが怖くもあり、恥ずかしくもありました。私はずっと聞いてないふりをしていましたが、これで良かったなと思いました。トシ君はアメリカ本土のコストコは初挑戦。ハワイの店舗には行ったことがあるようですが、品揃えに興奮してました。奥さんや子供達へのお土産も見つかり満足げでした。それにしても、いつの間にか、日本のメーカー商品が増えていてびっくり。以前は、マヨネーズとかゴマドレッシングなどのキューピー製品、おーいお茶、ポッキーくらいでしたが、今や日本酒まで扱っているし、井村屋まで進出しています。
 
最近は日本の製品が激増しています
 
数年前までは日本酒がコストコで売ってるなんて考えられなかった
 
と言うことで、コストコという真剣な話をするには似つかわしくないような場所で、「結婚している」という超重要情報を伝えることになりましたが、こういう自然な流れの方が逆に良かったと思います。
 
従兄弟へのカミングアウトを共有させていただきました。コストコの後は、トシ君を駅まで見送り、Dとはトシ君を招待して良かったねと2人で話しました、、、が、この後トシ君へのカミングアウトが思わぬ方向へ転び、衝撃の展開になっていくことをまだ知る由もありませんでした。
 
と、私のブログごときでもったいぶったりして申しわけありませんが、長くなりそうなので、今日はこの辺で、、。

先週、気骨のあるアメリカのイケオジ政治家の話をブログに書いたら、好評でアクセス数、ランキングとも数日間にわたって好位置に食い込むことができました。イケオジネタ強しです。

 

ということで、今日はもう1人、地元ニューヨークからイケオジ政治家を紹介します。それはニューヨーク市長選に立候補しているNY州議会議員現職のゾーラン・マムダニ氏です。まだ33歳なのでおじさんという年齢には達していないかもしれませんが、大学生くらいの若い子たちが、彼のことをCool Daddy、まさにいけてるダディーと称していたので、彼の支持者が多い若い世代から見たら十分おじさんなんでしょう。50代目前の私から見たら、まだまだ青年の部類に入りますが。

 

 

彼は民主党のなかでも左寄りの民主社会主義者と言われています。出自は、アフリカ・ウガンダ生まれのインド系の移民で、宗教はイスラム教徒という、まさに多様性の街ニューヨークを象徴するような存在です。反体制で左派という思想で、ニューヨークの若者を中心に熱狂的な支持を得ています。今のところ、候補者の中で支持率は1位、このままの勢いを維持すれば11月の選挙では当選するでしょう。

 

公約を見ると、家賃を下げる、公共交通機関を無料化する、食品や日用品の物価を下げる、と庶民の味方というアピールですが、その財源として大企業や富裕層への課税を強化を掲げていますので既得権益層からは警戒視されています。私はもうニューヨーク市に住んでいないので、半分他人事のように聞いていますが、それでも、マンハッタンへの勤務者として市内で過ごす時間は多いので、治安問題などはとても興味があります。警察予算削減はまずいと思います。あと個人的には、バス無料は大反対です。一度COVIDの時に無料開放してしまってから、今や無賃乗車が当たり前になってしまってます。5番街やレキシントン街走ってるバスはアッパーイーストの金持ちも、ミッドタウンに通うホワイトカラー通勤者も乗ってくるので、みんなバス賃払ってる印象ですが、ハーレムに近くなるにつれてほぼ無賃客になってます。

 

マムダニ氏が思うように大企業や富裕層へ増税で辻褄合わせても、将来市長が変わって政策も変わった時、一度無料にした公共サービスを有料に復活させるのはとても難しいです。結局、公共サービスを税金で賄えなくなって財源がなくなれば、バスなどは路線廃止となり、結局は不便を被るのは住民なのです。

 

政策評価に話が逸れてしまいました。マムダニ氏本人の話に戻り、彼が若者特にZ世代から人気があるのは色々理由があると思いますが、存在がとてもカリスマチックです。恐怖を含む威圧のような感じではなく、笑顔の中にも芯がある、何かやってくれるだろうという期待感。そして、ソーシャルメディアの使い方もとても上手です。通勤の電車の中で、彼のアカウントを見てる若者を結構見かけます。まるでポップスターみたいな親近感を醸成するのに成功しているようです。彼自身もバリウッド俳優みたいな整った顔、均整のとれた体型をしていて、万人受けする容姿です。インド系移民とは言っても、インド大陸からやってきたわけではないので、あの聞きにくい特有のアクセントはないのでスピーチも耳障りがいいです。そして彼の奥さんがまた、唯ならぬオーラを醸し出している今時の新進女優みたいな雰囲気なのです。しかし、それでも雲の上の人の様な存在でもないという、人当たりが良くて、みんなに優しい学校の中のいけてるカップル、という存在と言おうか。

 

 

私はマムダニ氏より彼の奥さんにオーラを感じる

 

さて、ニューヨークの市長選挙まであと1ヶ月と迫りましたが、果たしてマムダ二氏は選ばれるのでしょうか。先週末に、現市長アダムズが選挙戦脱退を表明して、残るライバルは民主党候補者を一本化する予備選で戦ったアンドリュー・クオモ元NY知事。予備選ではマムダニ氏がクオモ氏に圧勝したのですが、クオモ氏はその後無所属候補者として選挙戦に残り今に至っています。様々な公共サービスの無償化など左派的マニフェストを掲げ、その財源として富裕層への増税を公言するマムダニ氏。その富の再分配的理論に対する既存の金持ち勢力(=主に中高年の白人男性層)が警戒しています。よって、いかに白人層を取り込むかが選挙戦の分かれ道となりそうです。と政治評論家みたいな口調になってしまいましたが、マムダニ氏はその生まれつきの人たらし力で、すでに有力有権者グループの白人のおっさんたちをメロメロにしているという情報もあります。

 

白人のおっさんたちを抱き込めば勝利確実?

 

また、余談ですが、現職のロンドン市長のサディク・カーン氏も南アジア系のムスリム。しかもイケメン。マムダ二氏が選ばれたら、世界の2大都市の市長が移民にルーツを持つムスリムに占められることになります。ロンドンもニューヨークも彼らの出自や人種、宗教などプライベートな属性をバッシングする風潮はほとんどありません。日本のように中身のある政策議論は2の次で、首長の学歴詐称などスキャンダルが選挙の争点化してしまう国と比べると成熟していると言えるでしょう。

 

いづれにしても、11月の市長選、目が離せません。