ロシア初の交響曲とは・・・チャイコフスキー作曲の交響曲第1番「冬の日の幻想」です。この交響曲を示されたとき、ペルブルグ音楽院初代の院長ルビンシテインは全く気に入らなかったようです。この交響曲は、交響詩的な性格を色濃く持っていたので、ヨーロッパの交響曲が持っている強固な形式感が希薄だと思ったのでしょう。ロシアの大地のイメージを次々と提示していくような音楽であり、まさに交響詩だったのです。
標題の「冬の日の幻想」は第1楽章に付けられたものに由来している。
第1楽章「冬の旅の幻想」
このほか、第2楽章にも標題が付されている。
第2楽章「陰気な土地、霧の土地」
恩師アントン・ルビンシテインの弟ニコライ・ルビンシテインが設立したモスクワ音楽院の講師として招かれたチャイコフスキーはニコライに勧められて交響曲を作曲しました。
交響曲が仕上がると、チャイコフスキーはサンクトペテルブルクのアントン・ルビンシテインやニコライ・ザレンバに楽譜を見せて意見を聞いた。2人はこれを酷評。
そのような師の不評にもかかわらず、これを評価して初演を実現してくれた人がいました。1866年に開校されたモスクワ音楽院の初代院長、ニコライ・ルビンシテインでした。全曲の初演は作曲から2年後の1868年2月15日、ニコライ・ルビンシテインの指揮で初演は大成功でした。
この曲は至る所にロシアの民謡の旋律が使われていて、さらに最終楽章では革命的な学生運動の中で歌われた「花が咲いた」のメロディが使われています。この作品は何度か改訂され、現在はかなり整理整頓されて短くなった1874年版(第3稿)が決定版として採用されています。
チャイコフスキーといえば交響曲4番、5番、6番「悲愴」がとりわけ有名ですが、この第1番は親しみやすい曲想と魅力的な旋律で、クラシック音楽の中でも私は大好きな曲の一つです。アンタル・ドラティ指揮の交響曲第1番 ト短調 作品13 「冬の日の幻想」 ロンドン交響楽団 1965年7月29日&30日録音を聞いてからは、交響曲4番、5番、6番「悲愴」以上に好きになりました。
○指揮者アンタル・ドラティについて
1906年4月9日 - 1988年11月13日)は、ハンガリー出身の指揮者・作曲家。
アメリカや北欧での活躍が長く、イギリス女王エリザベス2世からナイトに叙任されている。
ドラティはアメリカでのオーケストラ指揮者として1937年、ワシントン・ナショナル交響楽団との共演でデビューしました。1940年にはアメリカ合衆国に移住し、1947年に帰化しています。
1963年にピエール・モントゥー、ゲオルク・ショルティと共にロンドン交響楽団の3人の指揮者の一人として初来日。1982年には読売日本交響楽団に客演しました。モノラル時代からデジタル時代にかけて、約600点の録音を残し、バルトークやコダーイの作品のほか、ストラヴィンスキーの三大バレエは評価が高いです。ドラティはオーケストラ・ビルダーとしての才覚を見込まれ、いくつかの危機に瀕したオーケストラを救済し、失われかけた名声を取り戻すのに力を尽くしました。
アンタル・ドラティ指揮でチャイコフスキーの交響曲第1番 ト短調 作品13 「冬の日の幻想」を聞いてみたい方は下の「アンタル・ドラティ指揮:・・・」をクリックしてください。「クラシック音楽用アップローダー 」のページが開きます。各楽章ごとにダウンロードしてください。下方の「ダウンロード」をクリックするとダウンロードできます。
アンタル・ドラティ指揮の交響曲第1番 ト短調 作品13 「冬の日の幻想」 ロンドン交響楽団 1965年7月29日&30日録音 第1楽章
アンタル・ドラティ指揮の交響曲第1番 ト短調 作品13 「冬の日の幻想」 ロンドン交響楽団 1965年7月29日&30日録音 第2楽章
アンタル・ドラティ指揮の交響曲第1番 ト短調 作品13 「冬の日の幻想」 ロンドン交響楽団 1965年7月29日&30日録音 第3楽章
アンタル・ドラティ指揮の交響曲第1番 ト短調 作品13 「冬の日の幻想」 ロンドン交響楽団 1965年7月29日&30日録音 第4楽章
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