サイモンの休日(レスキュー…続編) | SFショートショート集

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SFショート作品それぞれのエピソードに関連性はありません。未来社会に対するブラックユーモア、警告と解釈していただいたりと、読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。長編小説にも挑戦しています。その他のテーマもよろしく!!

 実践レスキューやトレーニングシミュレーションがないとき、僕は普通の人間たちと同じように、いたって普通の生活をしている。年がら年中「レスキューボディ」をまとっているわけじゃないのだ。「レスキューボディ」は普通にでかくて目立ちすぎる。特殊な装置が身体のいたるところに装備されているから、まるでバンブルビーと間違えられてしまいそう。僕のようなサイボーグは意識を電子化して人工の身体にインストールされているだけなので、その意識を別の人工ボディにインストールすることも簡単に出来てしまうのだ。だから「休日用」のボディをちゃんと用意してあるのだ。休日用ボディは外見はまったく普通の「人間」と区別がつかない。どこにでもいる20代の若者と一緒である。普段の生活ではもちろんサイボーグであることはシークレットだ。

 レスキューサイボーグはある意味英雄かもしれないが、好きでなった人は誰もいない。だけど、瀕死の崖っぷちからこの世に舞い戻ることができた運命のいたずらに感謝して、レスキューの世界へ身を投じる人が大半である。レスキューといえば200年以上昔は「生身」の人間が・・・壮絶な災害現場で救助にあたるエキスパートと決まっていたが、時代は変わりサイボーグが主流となったのだ。そして、常に死と隣り合わせであった過酷な戦いの現場は、自律型レスキューロボットとのペアリングによって、「最小リスクで最大の救命」が現実化されようとしていた。

 

 僕は休日を思いっきり楽しんでいた。今日僕は、海中に巨大な泡の球体が建造され、その中ですべてが完結するバイオスフィアとして機能した海中都市に来ていた。周囲の海水を分解して酸素や水素燃料を生成して自活できるのだ。居住域には10万人が住んでいる。商業施設やレジャー施設もある。

 大規模なサンゴ礁、巨大なジンベエザメが悠々と泳ぐ姿、珍しい海の生き物、巨大な水中トンネルもあり、大迫力でサメなどの生き物を見ることができ、こうした海の生き物たちが作り出す優雅な空間は絶景だ。この海中都市の「水族館」は、レベルを超えた体験ができる。VRを利用して、希望する海の生き物たちになりきって一緒に泳ぐことができるのだ。僕は時々ここに来て、様々な海洋生物になりきって人間(サイボーグ)であることを忘れて過ごす時間を楽しんでいた。

 

 今日はイルカのブースをチョイスした。イルカは病気や怪我をしている人を判別することができ、支えるという行動を人間に対し行うことが出来る賢い動物としても知られている。イルカには胸ビレ・尾ビレ・背ビレの3つのヒレがあり、背ビレは体のバランスをとるため、尾ビレは泳ぐ時の推進力を生み出すため、胸ビレは舵の役割をしている。海中を自由に泳ぐための感覚は実際にイルカになってみないとわからないものだ。彼らが海中からジャンプしている光景を見たことがあるが、それは皮膚の表面についているアカを落とすためである。

 小一時間過ぎて、僕はようやくVRを解放した。すぐさま係員のAIロボがやってきて、頭からVR装置を外してくれた。ベッドから起き上がると、隣には椅子に腰かけたままVR装置を付けた若い女性がいた。その周りには慌ただしく何人かのスタッフが囲んでいた。AIロボに何事かと尋ねてみた。

「お客様がVRから戻らなくなってしまったようです」

よく見ると彼女の座っている椅子は医療用車椅子だ・・・ということは何らかの障害を持った人なのだろう。

「よかったらお役に立てるかもしれません」

周りのスタッフに僕がレスキュー資格を持っていることを告げた。

「このお客様は2時間以上前にVRに入ったままなんです。とっくに戻らなければいけない時間を過ぎています。装置には異常は見られません。こちらからの呼び戻し操作を受け付けないのです」

「もしかしたらこれは・・・僕がVRに入って連れ戻せるかもしれません。彼女の名前は?」

「えーと・・・お客様の名前はリリー・セトウチ」

さっそく僕はスタッフにお願いしてVRに入らせてもらった。

 

 

 ・・・なんと自由な世界なの。ここが私の探し求めてきた楽園。なんの制約もなく行きたいところへ自由に行ける・・・右、左、上、下、斜め・・・私はイルカになりたい。人間という不自由な衣から解放されたい・・・ここは天国。

 リリーは時間を忘れて海の楽園を満喫していた。

前方に数頭のイルカの群れ、

「リリー、やっと見つけた・・・僕はサイモンという」

「サイモン・・・あなたはどこから来たの?」

「僕は君を連れ戻しに来たんだよ」

「私は不自由な人間に戻りたくないのよ」

僕とリリーは並行して泳いでいた。他の4頭のイルカたちはグループから去っていった。2頭だけになって僕はリリーと話始めた・・・というよりも一種のテレパシーのようなもの、イメージを伝え合うのだ。

 

 

「私は筋萎縮性側索硬化症という病気です。中年男性に多く発症する病気なのに、運悪く私は発症してしまったの」

筋萎縮性側索硬化症は進行性の病気であるため、症状が軽くなることはない。徐々に症状が重くなっていき、いずれ呼吸不全となって人工呼吸器が必要になるが、進行しても視力や聴力、内臓機能、体の感覚などほかの機能に異常をきたすことは通常はない。医学が発達した今日でも、筋萎縮性側索硬化症の原因はまだはっきりと分かっていない。進行を遅らせる効果が期待できる内服薬や点滴薬はあるが、いまだに根治的治療法はない。

 

 推奨されている唯一の方法は・・・

 

 僕は思い切って彼女に伝えた。

「僕だって好きでサイボーグになったわけじゃないですよ。でも今の人生に十分生きていく価値を見出せている。人間でいることがベストとは限りません」

僕はサイボーグになった経緯と、レスキューサイボーグとしてのこれまでの経験をイメージとして伝えた。もちろんレスキューサイボーグ以外にもサイボーグとしての生きる道はいくらでもあることも添えて・・・

 

 彼女のかたくなな態度に変化が表れてきた。

「私・・・でも、考える時間をください」

そして、リリーは「戻る」ことを承諾してくれた。

 

 リリーはVRから解放されて、初めて僕と「人間の目」で対面することができたのだ。リリーは僕の姿を自分の目で確かめて、サイボーグとしての道を選んだことはいうまでもなかった。