テーブルの上にはお椀が3つ伏せて置いてあって、その中のひとつに小さな白い玉が入っている。詐欺師は、どのお椀の中に玉が入っているか分からなくするために3つのお椀を左右に動かし(と言っても実は見え見えで分かるんだけど)、観客にどこに入っているかを当てさせるのだ。
すると観客の中の一人が「オレが賭ける」とか言って1000ペセタ札(当時は10ドルくらい)を、玉が入っているお椀の前に置く。お椀を開けると、その中には白い玉がある。
「いやぁ、やられたな。じゃぁ、君に1000ペセタ」なんて感じで、詐欺師のオヤジはそいつの1000ペセタ札に自分の1000ペセタ札を重ねてを手渡すんだな。
そして次の回が始まると、今1000ペセタをゲットしたばかりの青年がボクの方を振り返り、
「おい、兄ちゃん。どこに入ってるか見えただろ? 右だよ右。お前1000ペセタ賭けろよ」なんて、ウィンクしながらささやいてくるワケだね。
まぁ、そんな詐欺に引っかかったことはないけどね。
彼らは本当のカモが当たりに賭けると、仲間の誰かの「警察だ!」の声を合図に、あっと言う間に散り散りになって逃げちゃうんだ。もちろん掛け金の1000ペセタを持ってね。
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さすがにもう、そんな古風な詐欺師は居ないだろうと思っていた。もちろん居なかったよ。マドリッドにはね。でもパリにいたね。モンマルトルの丘の入り口の路地に。
さすが、世界中の観光客を集めるフランスの、パリの、モンマルトルだなって思った。
ボクが見た詐欺師(たち)は、お椀ではなくて直径が10センチくらいの黒いプラスチックの円盤を3枚使ってた。3枚の内の1枚の片面には、白い丸がつけられている。これを裏にしてテーブルの上に置き、3枚の円盤を順番が分からなくなるように左右に動かして(と言っても実は見え見えで分かるんだけど)……
「さてご覧の皆さん。白の印はどの円盤の裏側にあるとお思いかな?」
そう詐欺師が言うと、近くにいた派手な顔立ちの上に化粧の濃い、ちょいと挑発的な服装であばずれ感も魅力的な女が、いきなり「英語」で、
「ここよ、ここ! アタシはしっかり見てたからわかるわ。ここに賭ければ大もうけよ。だれか50ユーロ賭けなさいよ!」ってね。
旅情を掻き立てられたな。

モンマルトルから南西へ坂を下って行くと、歓楽街ピガール地区がある。
さくらの女の姿には、その地区の女のムードがあったと思う。
ロートレックの絵を彷彿とさせたね。
それも旅情の一つ。