船の旅は情緒があったよね。
汽笛の音も、徐々に岸壁を離れる時の見送りの紙テープも。
長い移動の時の中で、旅のような、生活のような、
そんな充実した時間が過ごせる。
それに比べて飛行機は... 密室に閉じ込められている内に、もう外国だもの。
そう言われれば、「なるほど」とは思うのだけど、
船で海外に旅立った経験の無いボクには、
飛行機の旅でも十分に旅情を掻き立てられる。
特に、着陸の時がスキ。
飛行機が、まるで鷲や鷹が降り立つ時のように
翼の面積を増やし降下を始めると、
ちょっと胸が高鳴る。
衛星写真の様な街が、
いつの間にかミニチュアの街になり、
それがだんだんと実物大の本当の街並みになって行くプロセスを、
小さな窓から覗いていると、ワクワクする。
見知らぬ街での、新しい経験を期待してね。
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この3日間は、酒も飲まずに世間から離れた場所に居たんで、
ついつい「旅」を考えてしまった。
酒があっても無くても、いつも放浪に憧れてるボク。
どこに居たかって?
以前、記事に書いたのと同じ、 ●ここ
夜景のキレイな都内某病院の4人部屋に、
消灯時間の後も、NHKラジオで英語、中国語、韓国語、スペイン語の放送を聴いている、
勉強熱心な「ご老人A」と、
機械のたくさん取り付けられたベッドに横たわり、ナースの呼びかけにもあまり応えることのない、
「ご老人B」と、
たくさんの点滴の管が天井から下りてきていて、
「まるでバニヤンツリーのようだね、南の島でのんびりしたいよね」
などと話をした「ご老人C」と、
4人で過ごしていました。

●Banyan tree (ベンガルボダイジュ)
いえ、入院してたワケではないんですよ。
もちろん、
増毛してたのでも、
脂肪吸引してたのでも、
整形してたのでもありませんってば。
4人部屋の4人目のベッドには主はおらず、
ボクは、老人Cの横の簡易ベッドで夜を過ごしていました。
あ、老人Cは、ボクの父です。
皆さんにご紹介は、まだでしたっけ?
父を簡単に紹介すると、
彼は、まぁ、生まれた後にあれやこれやあって、今を迎えているのですが、
おとといの朝、ベッドから起き上がれなくなったと、母から連絡がありました。
で、緊急入院。
病気は、どこにでもあるただの肺炎でした。
でも、体力がなくなっちゃって、朝、立ち上がれなくなったのです。
ただの肺炎でも、なにぶん年齢が年齢なもので、万が一ということもある。
「ご家族の方がどなたか、付き添っていただけませんか」
との、
黒縁のメガネが凛々しくも初々しい、担当女性研修医の依頼を、
もちろんボクは、二つ返事で引き受けましたとも。
どういうワケか、父は運がいい。
入院するといつも担当医が女性で、それもかなり美しい。
また、入院当日の担当ナースが、
1年3ヶ月前の父の入院時に、父子そろってお気に入りだったKさんだったりして。
うほほ~い! てなもんです。
最初は、「いつまでここで過ごすことになるのかな」
なんて「期待」じゃなかった「不安」に思っていたものの、
無事、父は回復基調で、
本日、個室を確保して引越しを済ませ、
晴れてボクは、娑婆に戻ってこられたという次第であります。
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それにしても、病院の生活って健康だな。
9時には消灯。
いくら自分が病人じゃないって言ったって病室で飲むわけにはいかないし、
携帯は使えないし、
持て余した時間を、本など読んで過ごしていたわけですよ。
旅のね。
だもんで、つい冒頭のようなことを考えていた。
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ちょうど読んでいた本の中の一節にこんなのがあってね。
「飛行機の着陸は何回経験しても気持ちの良いものではない。
一説によると八十歳の老人が1日を無事に過ごすのと同じくらいの危険度だそうだ」
そうなんだ。
父は、毎日をそんなにエキサイティングに過ごしていたんだ。
そいうえば、「魔の11分間」って言葉があって、
飛行機事故は、離陸後の3分間と着陸前の8分間に集中しているんだそうだ。
「...なんだってさ。ここに書いてあるよ。歳をとるってのも、刺激的なもんだね」
なんて、軽口を言ったりして。
「オレは着陸前の8分間だからな。いろいろトラブルも起こるさ」
「また来るよ。その時はKさんが担当の時がいいな」
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久しぶりに自宅に帰る電車の中で、
旅に行きたいな、なんて考えてたり。
着陸してから、旅は始まるのさ。
ボクはそう思う。
