まだ夏の暑い日。
記録を辿れば8月20日は町内の夏祭りで賑わっていた。
無理やりにでも「地域密着型」になろうとしていた北口は、
いつもたった独り、焼きそばや焼き鳥を買ったりして参加したようなフリをしていた。
半ば意地になって、毎年欠かさずに覗いていたけれど、
ところどころに存在するコミュニティに全く属さない北口は、所在なさげでどことなく寂し気だったと思う。
この夏も「顔だけでも出しておくか~」とトボトボトと屋台に向かって行くと、
背中から「やあ」と声を掛けられた。
振り返ってみると、いつもお世話になっている喫茶店のマスターだった。
マ「良く来たねー」
北「いやいや、すぐ近所ですから~。あれ??ステージに出るんですか?」
マ「うん、これからしゃぎりをやるから見て行ってよー」
北「ああ!はい!!」
そうか、しゃぎりかぁ。
そういえば随分と前、ランチを食べに行った際に、
北口はこの人に「しゃぎりに参加しないか?」って誘ってもらっていたのだった。
マ「良かったら俺たちのしゃぎりチームに入らない?」
北「えっ、えっ??(突然の申し出にビックリ)どんな人たちなんですか??」
マ「地元の仲間達。もし、あんたが入ったら最年少だなぁ」
北「(北口の歳にして)さ、最年少ですか・・・」
そもそも仕事の予定次第で毎週参加できるか分からないし、最年少だと気を遣う事も多そうだし、
元々人見知りするタイプなので丁重にお断りをしたのだけれど、
知っている人の、そしてもしかしたら自分も居たかもしれないステージをとても興味深く見ていた。
演奏が終わると、上手に演奏できたからか、充実した表情のマスターは北口の傍に戻ってきた。
北「見てましたよ、カッコ良かったですー」
マ「ああ、聴いてた??・・・・冷たい物でも食べる??」
北「いやいやいやいや」
マ「じゃあ、焼きそばでも食べる??」
北「いやいやいやいや」
演奏後に興奮していたせいかもしないけれど、色々と奢ってくれようとする。
確かに、子供といっても全くおかしくない歳なので、素直にいただくべきだったかもしれないが、
焼きそばくらいは自分で買える財力(?)は持っているためその時は遠慮した。
てーか、実際はもう十二分にお腹いっぱいっだった。
いやいや、まだ焼きそばも焼き鳥もカキ氷も食べていなかったけれど。
だから、正確には・・・胸がいっぱいだった。
マスターにそんな風に声を掛けてもらった北口は、とても嬉しかったんだ。
北口が沼津に居た証。
小さなコミュニティはしっかりと出来てたんだね。
はじめて、町内の夏祭りにちゃんと参加できたって喜び、感謝していたんだ。
それから3ヶ月半。12月5日にマスターは亡くなった。
発見するのが難しく、進行の早いそれは、唐突と言える速度で彼の命を連れ去っていった。
突然お店の営業時間が短縮され、マスターがお店に出なくなったが、
病名や状況を教えてくれたママさんの「良くならないわけないよ」「頑張っているよ」という言葉を聴き、
いつか、あの胸がすくような丁寧な接客で、美味しいコーヒーを飲めると信じていた。
北口にとっての救いは、あきらめていた亡骸との対面を果たすことが出来た事だ。
定刻からは随分と遅れてしまったけれど、しっかりとお別れの挨拶ができた。
棺の中のマスターはとてもキレイな顔で、本当に眠っているようだったけど、
それが余計に短期間で逝ったことを想像させ、なお更口惜しく思われたりもした。
そんな事を思・・・うまでもなく、遺族の方に申し訳ないくらいに、
遺影を見た瞬間に既に北口はベロベロに泣いてしまった。
もしかしたらマスターは「なんでそんなに?」って思っているかもしれないなぁ。
告別式には行けないけれど、その時間にはもう一度手を合わせようと思う。
そして、変わらずに『RR』に通い続けることが、マスターへの一番の供養だと思うんだ。