EF65形500番代P | はやこま すていしょん!

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更新頻度は遅めですが、日々の出来事や趣味的なことを書いていこうかなと思っています。若干鉄分は濃い目の予定(笑

今日は高崎車両センターの旧型客車返却回送を撮影しました。牽引するのはPトップことEF65 501です。

(EF65 501・吹上〜行田・2017年4月18日)

なんでPトップと呼ばれているのかというと、EF65形500番代Pのトップナンバーだからです。PはPassengerのP。つまり客車(PC=Passenger Car)牽引用を示すPです。

もっとも今回のような旧型客車を牽引するために登場したわけではありません。旧型客車は蒸気暖房の熱源や電気暖房の電力を機関車から供給されないと冬場は寒くてたまらなくなってしまうのですが、EF65形は元々貨物用電気機関車なので、蒸気暖房用の蒸気発生装置(SG)や電気暖房用の電源装置(EG)を搭載していないのです。

ではEF65Pはどんな客車を牽引するために製造されたのか。それは20系ブルートレインでした。

(「あさかぜ」ナハネフ22-21・東京・1982年8月)

20系が登場したのは1958(昭和33)年で、その頃は旅客用電気機関車のEF58形が直流電化区間を牽引していました。20系の特徴はディーゼル発電セットを搭載した電源車による完全自給自足、完全電化のシステムでした。

1960(昭和35)年に登場した電源車カニ22形はパンタグラフを搭載し、直流電化区間では架線電力で電動発電機を駆動して電力を供給スタイルとしました。そのため、非常時に電気機関車からの操作でカニ22形のパンタグラフを降ろすことができる「カニパンスイッチ」と20系の車掌と連絡できる電話回路、そしてKE59形ジャンパ連結器をEF58形に増設しました。

 

好評だった20系ブルートレインは15両編成に増強されることになりましたが、旅客機のEF58形では牽引定数が不足するため、牽引力のある貨物用電気機関車EF60形をベースに20系牽引装備を加えたEF60形500番代が1963(昭和38)〜1964(昭和39)年に製造されました。

(EF60 501・碓氷峠鉄道文化むら・2010年5月8日)

ちなみにこの写真では20系牽引装備を撤去しているのでKE59形ジャンパ連結器がありません。

EF60形500番代は15両編成の牽引を可能としましたが、歯車比4.44で定格速度は全界磁で39km/hと低いのが弱点でした。そのため最高速度95km/h運転をするために弱め界磁40%を多用した結果フラッシュオーバーが多発したため、弱め界磁49%、40%の使用が禁止されたそうです。

もっともこのEF60形500番代の投入はEF65P投入までのつなぎ的存在だったようです。

1965(昭和40)年にEF60形の後継機となる貨物用電気機関車としてEF65形が開発されました。

(EF65 1・京都鉄道博物館・2016年5月14日)

EF65形の特徴は歯車比を3.83と高速化したことです。さらにバーニア付き抵抗カム軸制御器を搭載してEF60形並の牽引力を確保しています。

とういうことで高速性能が求められる20系の牽引機としてEF65Pが1965(昭和40)年に登場しました。

(EF65 501・高崎機関区・2004年12月11日)

EF65PにはEF65形500番代と同様のカニパンスイッチと電話回線、KE59形ジャンパ連結器を装備。さらにAREB電磁自動空気ブレーキ用の装備が搭載されました。

AREB電磁自動空気ブレーキは1968(昭和43)年10月のダイヤ改正からの20系110km/h運転に備えて搭載されたブレーキシステムです。

ブレーキの応答性を高めるために20系に搭載された電磁弁に指令を送るための指令器をEF65Pに搭載し、電磁回路を内蔵したKE72形ジャンパ連結器が装備されました。またブレーキ増圧装置も搭載しています。

なお20系はAREB化の際に空気バネ用の小型空気圧縮機を撤去して、機関車から空気の供給を受ける方式に変更しました。そのためEF65Pには元空気ダメ管も装備しています。

なお20系が110km/h運転するのは直流電化区間だけで、交流電化区間では100km/h、非電化区間では95km/hで運転しました。しかし空気バネに空気を供給する関係上元空気ダメ管装備機に限定されることになり、SLの20系牽引は終了しています。

また20系の110km/h運転にはEF65Pが必要不可欠となったため、東京発着のブルートレインはもちろんのこと関西発着のブルートレインや「日本海」にもEF65Pが使用されました。

14系や24系はCL自動空気ブレーキを搭載し、空気バネ用の空気圧縮器を搭載したため、牽引機を選ばなくなりましたが、東京発着のブルートレインは1978(昭和53)年までの13年間に渡ってEF65Pが担当。毎日過酷な距離を走り続けました。

 

ところで、EF65形500番代Pが「P」と名乗っているにはワケがあります。それがEF65形500番代Fの存在です。

(EF65 520・碓氷峠鉄道文化むら・2010年5月8日)

FはFreightの頭文字。つまり貨物用と言う位置づけです。EF65形自体が貨物用なわけですが、EF65Fは貨物は貨物でも1,000t高速貨物列車を100km/hで牽引するために開発されました。

基本設計はEF65Pで、10000系貨車のCLE電磁自動空気ブレーキを制御するための電磁回路とKE72形ジャンパ連結器、ブレーキ増圧装置が装備されています。

連結器は10000系貨車に併せてブレーキ管と元空気ダメ管付の密着式自動連結器でを装備。金属パイプの破損防止のため、復心装置を備えています。

また1000tの貨物列車を100km/hで牽引するためには牽引定数が不足するため、重連運転を前提として重連総括制御装置とKE70形ジャンパ連結器、釣り合い管を装備しました。

20系客車の牽引にも対応していて、KE59形ジャンパ連結器や元空気ダメ管のホースも装備しており、スカートが物々しくなっていました。実際20系の牽引にも使われたことがあるそうです。

EF65F形は上越線や東北本線にも運用範囲を拡げましたが、その際に一部車両につらら切りが設置されています。現在碓氷峠鉄道文化むらで保存されているEF65 520もつらら切り装備機です。

 

このEF65Fの投入は暫定的で、1,000t高速貨物列車を単機で牽引可能な電気機関車の開発はは10000系貨車の開発と並行して進められ、1966(昭和41)年にはEF90形(後のEF66 901)が試作されました。

(EF66 35・大船〜藤沢・1983年)

そして1968(昭和43)年からEF66形の量産がスタートし、EF65Fは東海道・山陽本線の高速貨物列車の牽引から撤退しています。

さらに1970(昭和45)年から東北本線に20系ブルートレイン「あけぼの」の運行が始まりましたが、東北・上越線の高速貨物列車用のEF65Fに加えて「あけぼの」用のEF65Pを投入するよりも万能機を投入した方が得策だと判断され、1969(昭和44)年からEF65形1000番代PFが投入されました。

(EF65 1001・鶯谷・1982年8月)

EF65PFはその名の通り20系の牽引装備と10000系の牽引装備、そして重連総括制御装置を備えた客貨両用機として増備されました。

 

1000番代はEF65形の完成形となり、改良を重ねながら増備を続けました。そして1978(昭和53)年から東京発着のブルートレイン牽引機としてEF65Pを置き換えました。

(「富士」EF65 1114・大船〜藤沢・1983年)

ブルートレイン牽引の任を解かれたEF65Pは貨物用となりました。

(EF65 537・土呂〜東大宮・1984年9月25日)

EF60形500番代は20系牽引装備を撤去して、塗色も一般色に塗り替えられましたが、EF65PとEF65Fは装備を撤去することなく、塗色も特急色を堅持していました。

 

1987(昭和62)年4月1日に国鉄が分割民営化。EF65Pは501のみがJR東日本に承継され、それ以外はJR貨物に承継されました。

JR貨物承継機は1989(平成元)年度から更新工事Aが実施されました。

(EF65 506・梶が谷貨物ターミナル〜府中本町・2005年3月6日)

しかし全機がこうしんされることはなく、2005(平成17)年ごろからEF65Pの廃車が進行しました。最後まで残ったEF65 535も2008(平成20)年3月で運用を離脱。

(EF65 535・大宮車両所・2008年5月24日)

EF65 535は長い間保留車となっていましたが、2013(平成25)年に東芝に譲渡されました。

 

唯一JR東日本に承継されたEF65 501は臨時列車、工事列車、配給列車の牽引に使用されています。

(EF65 501・大宮・2014年5月20日)

ちなみにJR貨物に貸し出されて貨物列車を牽引したこともあります。

(EF65 501・蕨〜南浦和・2006年10月29日)

でも、やっぱりブルートレインカラーの客車を牽引した姿が一番似合いますね。

(「EL&SL奥利根号」EF65 501・上尾〜北上尾・2008年5月6日)

EF65 501の末永い活躍を願っています。