例年入り口側にはEF65が2両並べて展示していたのですが、EF65が全車新鶴見機関区配置となったためか、今年はDD51がその任に就いていました。
DD51 1188は吹田機関区に配属され城東貨物線で活躍していました。

2011(平成23)年には、東日本大震災の復興支援列車牽引のために富山機関区に貸し出されたこともあります。
DD51 759も1188号機とともに吹田機関区に配属され城東貨物線で活躍。

やはり東日本大震災の復興支援列車牽引に使用されました。
DE10 1048は吹田機関区から広島機関区に転属してきました。

大竹駅での入れ換えに使用されているようです。
DE10 1588は門司機関区に所属していたカマです。

塗装は入換動車色。この塗装のカマは検査時期の延伸、釣り合い管、ジャンパ線の作用停止処置が採られているそうです。
今回の展示で注目を集めていたのがEF210-301。

山陽本線瀬野~八本松間「セノハチ」の新しい補機として投入されるカマです。PQ軸を相変わらず装着していましたので、まだ試験運転中の様です。
このEF210-301に置き換えられるのがEF67 2。

EF60をサイリスタチョッパ機に改造したカマでしたが、いよいよ引退の時期を迎えました。
多分一番人気だったのがEF66 1。

特に原形に復元された側には常に人だかりができていました。
反対側は更新工事の名残が残っていて微妙です。

広島名物であるEF500-901は、JR貨物が試作したVVVFインバータ制御の交直両用機。

6,000kW級のマンモス機でしたが変電所容量不足を招き、さらに交流区間では完全なオーバーパワーとなった上に高調波による誘導障害が多発したため量産化は見送られました。今ではここで毎年見ることができるだけとなっています。
これまた広島でしか見られないのがEF59 21。

セノハチ補機EF59の種車はEF53でしたが、さらに不足分を補うためにEF56を改造したグループの1両です。パンタグラフが中央によったEF56スタイルの機関車はこの1両のみが現存しています。

EF510-6は運転台を解放していました。

JR貨物機は自動進段となり、電気指令式ブレーキとなったため、運転台はどれも整然としていますね。

展示車ではありませんがEF510-5もいました。

庫内にはEF200-901が検査入場中。

EF500とともに試作された6,000kW級機ですがこちらは量産。しかし変電所容量の問題で性能を抑制しています。
EF200はリンク式駆動方式を採用しているため、大歯車と車輪の間に変位を吸収するリンクが備わっています。

ちなみに他のJR機は吊り掛け駆動。
EF210-117も検査入場していました。

EF210-145は車体つり上げ実演に使用されました。

ディーゼルエンジンも置いてありました。こちらはDD51用のDML61Z。

V形12気筒61リッターインタークーラーターボディーゼルエンジンで1,100psを発揮。DD51はこれを2基搭載しています。
DE10用のDML61ZBは1基搭載なので単体出力は1,350psとなっています。

広島車両所にはカットボディも保存されています。これはEF59 16でEF53 17を改造したものです。

ちなみにEF53ベースのEF59 1が碓氷峠鉄道文化むらに完全体で保存されています。
EF61 4は新型機関車で唯一の蒸気暖房(SG)搭載の旅客機でした。

SGも搭載された状態で保管されています。

1961(昭和36)年10月1日のダイヤ改正で151系「つばめ」が広島まで延長された際にセノハチの補機としてEF61が選ばれました。そして八本松で走行解放を行なったため自動解放テコのシリンダーが備わっています。

EF61と初期のEF60はクイル式で落成しましたが、不具合が多かったためリンク式に改造されました。

なんとなくリンクが見えますね(笑
EF58 113のカットボディもあります。

SGも搭載されていますが、痛みが激しいですね。
D52 1は広島車両所のシンボル的存在です。

しかしテンダー車の台枠の腐食はもの凄かったですが。
楽しくすごした広島車両所でしたが、構内にはひっそりとEF200-1が置かれていました。

キレイですが、すでに引退しているようです。
EF200は性能を持てあましたまま引退していくのでしょうか?