【た】平清宗(たいら の きよむね) ;近江旅路㉓ | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

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吾輩の辞書には「不毛」という文字しかない!

特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

平清宗・・・

嘉応2年(1170年)~元暦2年(1185年)。

平安時代末期の武将、公卿。

平家の棟梁 平宗盛の長男で、平清盛の孫にあたる。

母は平清子。

壇ノ浦の戦いで父 宗盛と共に捕虜となり、鎌倉へ護送され、源頼朝と対面。

その後、京都へ護送される途中に近江国野路口(草津市)にて斬首され、父 宗盛も同日に近江国篠原宿(野洲市)にて斬首された。

(大河ドラマ『鎌倉殿の13人』より 平宗盛・清宗 親子と安徳天皇)

 

 

 

 

 

 

4月18日(土)~21日(月)、滋賀県に旅行に行ってきました。

 

三日目は、彦根観光(ほぼ彦根城域のみでしたが・・・)に終始ししまして・・・

その後は、宿泊先の南草津へ戻りました。

 

 

そう言えば・・・

草津市に滞在しておいて、草津市は全然巡ってないな・・・

ちょっとだけ時間があるので、南草津駅周辺に見どころがあれば行ってみよう・・・

 

そんなことを考えつつ、南草津の地元のボランティアガイド協会の観光をマップを見てますと・・・

南草津駅から遠くないところに清宗塚という塚があるので、そちらを目指しました。

 

 

清宗塚は、平清盛の孫である平清宗を祀る塚です。

清宗の父は宗盛で、清盛の三男に当たり・・・

重盛(清盛の長男)・清盛 亡き後の平家を率いたわけですが、壇ノ浦の戦いで敗戦・・・

一門の多くが亡くなり、捕虜となった宗盛・清宗 親子も京都護送中に斬殺・・・

清宗はこの地(草津市)で斬首されたそうで、ここの塚は銅塚との伝説があるようです。

 

 

 

旧東海道沿いにあるようで・・・

 

以前に紹介した飛び出し坊やがお迎えしてくれました。

 

 

某病院の裏手の一角に塀に小さく囲まれたところがあり・・・

旧東海道に面した塀には、清宗塚であることを示した説明板などがありました。

 

 

塀を回って、清宗塚に寄ってみようと思いましたが・・・

塚のあるのは、塀に囲まれた一角で・・・

私有地との事・・・

 

・・・(´・ω・`)・・・塚を直接 拝むのは断念しました。

 

 

 

私有地でない別な場所からところから、清宗塚の方を眺めましたが・・・

・・・(´・ω・`)・・・やっぱり見えませんでした。

 

 

 

こうして、滋賀旅行 三日目の観光は、これで終了し・・・

四日目は どこへも行かず、自宅のある関東へ戻りましたので・・・

やや グズグズ感の・・・やや モヤモヤ感の中、旅を終了した次第です・・・

・・・(´・ω・`)・・・オシマイ

 

 

 

 

 

 

<オマケ>

 

なお、宗盛が斬首された地(野洲市)には、宗盛の銅塚と・・・

ここにも清宗の銅塚と言われるものがあるそうで・・・

 

 

伝承ですから・・・草津市と野洲市の清宗の銅塚が正しいか分かりません。

野洲の方のものは、父子が別な場所で斬首されたので、哀れ思って同地に葬ったとされているようです。