【や】山本権兵衛(やまもと ごんべえ / ごんのひょうえ) | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

公辞苑(ハムじえん)【第二版】

吾輩の辞書には「不毛」という文字しかない!

特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

山本権兵衛・・・

嘉永5年~昭和8年 (1852年~1933年)。

日本海軍の育成に貢献し、明治37年(1904年)に海軍大将となる。

大正2年(1913年)に内閣総理大臣に就任し、第一次山本内閣を組閣するも、翌年シーメンス事件で退陣。

大正12年(1923年)に第二次山本内閣が発足、関東大震災の復旧にあたるが、虎ノ門事件により辞職した。

 (NHK『坂の上の雲』より)

 

 

 

 

 

 

 

 

二つ前の記事で書きましたが・・・

山本権兵衛は薩摩出身で、その誕生は鹿児島市内の加治屋町です。

 

 

 

ちなみに、大日本帝国憲法発布時の首相・黒田清隆の誕生の地は、山本権兵衛の誕生地から南東へ200m程度のところの近所ですが・・・

 

 

この黒田清隆誕生地当たりの地図をアップしてみますと・・・

シーメンスヘルスケアという会社がありました。

 

シーメンス・・・

冒頭に書きましたが、山本権兵衛が第1次内閣で総辞職したのはシーメンス事件という事件のためでして・・・

 

山本権兵衛誕生地近くに、『シーメンス』の名の付いた会社を構えるとは・・・

なかなか洒落の効いた個人事業主のか何かの会社かなと思ったのですが・・・

 

 

 

シーメンス事件を調べてみますと・・・

ドイツのシーメンス(ジーメンス)社による日本海軍高官への贈賄事件で、シーメンス社は電機メーカーらしいです。

 

シーメンス社は現在も続いている企業で、日本法人もあり・・・

グループ企業としてシーメンスヘルスケア社が属しているようです。

 

どうも、鹿児島のこの会社・・・シーメンス事件のシーメンス社の系列で・・・

これは・・・山本権兵衛誕生地の近くことを知ってて、ここに構ええてるんでしょうね・・・。