安倍晴明・・・
921年~1005年、平安時代の陰陽師。
『尊卑分脈』によれば、右大臣・安倍御主人(みうし)から9代目の大膳大夫・益材(ますき)の子といわれる。
本人も大膳大夫を務め、左京権大夫、穀倉院別当などの官を歴任。
官位は従四位下。
「せいめい」と呼ぶことが多いが、実際はよく分からない。
今週は、オリンピックで『光る君へ』の放送がありませんでしたが・・・
土曜日に再放送を見ました。
その再放送の『光る君へ』の安倍晴明は・・・
権力者の藤原道長の依頼(この時は雨乞い)を一回断ったり・・・
依頼の見返りを望んだり(道長の生命10年)・・・
けっこう強気といいますか・・・ドライといいますか・・・
まぁ、道長に対して、他の人物がとれないような態度をとってますね。
ちょっと本などで、晴明と道長のエピソードを調べてみますと・・・
やはり晴明が道長を救う話がいくつかあるようです。
『古今著聞集』では・・・
道長が物忌みの時に、晴明と僧正・観修、医師・忠明、源義家が共に参篭。
この時に、南都より早瓜が献上され、物忌み中に早瓜はどうかと晴明に占わせたところ、そのうちの一つの瓜に毒気があると取り出し・・・
観修が加持をすると瓜が動き出し、忠明が瓜の2か所に針を立て、義家が腰刀で瓜を割ったところ・・・
瓜の中には、とぐろを巻いた蛇がいたそうで・・・
蛇の左右の目に針が立ち、首は切れていたそうです。
ただ、ここで源義家が出てきますが・・・
義家は、道長や晴明の後の世代の人なので、源頼光あたりの間違いか・・・作り話?
また、『宇治拾遺物語』では・・・
道長が法成寺というお寺を建立している時、可愛がっている白い犬を連れて、毎日見に出かけていたそうです。
ある日、その犬が道長の前を走り回って吠え、道長を寺に入れないようにしたようです。
何かあると思い、道長は晴明を呼び出し調べさせると・・・
道の中に道長を呪うものが埋められていると指摘し、掘ってみると土器を2つ合わせたものが出てきたそうです。
晴明が懐紙を鳥形に結び、呪文と共に投げると、懐紙は白鷺となって犯人のところへ辿り着いたそうです。
ただ、この話も・・・
法成寺が建立される十数年前に晴明は亡くなっているそうで・・・
本来は別な陰陽師の話なのか・・・作り話か?・・・
まぁ・・・
本当の事ではないかもしれないのに、こういったエピソードがいくつもあるってことは・・・
大河ドラマほどは、ドライな関係ではなかったような気がします。


