【ほ】法華経寺(ほけきょうじ) | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

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法華経寺・・・

山号は正中山、通称で「中山法華経寺」とも呼ばれる。

日蓮宗大本山の寺院で、宗内随一の祈祷根本道場。

文応元年(1260年)に創立。

 

鎌倉時代、この地には千葉氏の家臣の富木常忍や太田乗明の館があった。

文応元年(1260年)、幕府に「立正安国論」を提出した日蓮はそのために迫害を受けるが、これを避けるために日蓮に帰依していた常忍のもとに身を寄せた。

この時に常忍は敷地に持仏堂を建て、これがのちに法華寺となった。

太田氏の館は本妙寺となり、法華寺本妙寺が合わさり法華経寺と名乗るようになった。

 

 

 

ちょっと前に、下総中山に行ってきました。

JR下総中山駅の駅周辺地図を見ますと、北東の方向に法華経寺という大寺院があるのを知り、ちょっと行ってみることにしました。

 

 

JR下総中山駅の北側には京成中山駅があり、京成本線が走っています。

その線路の踏切の先、何やら大きな門が見えます。

黒門と呼ばれる門でした。

現在の法華経寺の境内はまだ先ですが、かつての寺域はもっと大きかったってことなんでしょうね。

 

 

黒門から参道を更に進んでいくと、仁王門が現れました。

赤門とも呼ばれ、この先が現在のお寺の境内になります。

ここの扁額は本阿弥光悦によるもので、「正中山」と書かれてるそうです。

 

 

赤門の先は境内と言っても、塔頭や仲見世が続きます。

仲見世が途切れた先に、境内のコアエリアになります。

 

 

コアエリアで、まず目につくのが五重塔です。

本阿弥宗家10代の本阿弥光室が両親の菩提を弔うために、加賀藩の援助を受けて建立したそうです。

国重文になります。

 

 

その近くには祖師堂・・・これも国重文です。

祖師ですから日蓮を祀るお堂ですね。

 

 

祖師堂の裏には法華堂がありますが、これも国重文。

富木常忍の館に建立された法華堂(持仏堂)を移したものと言われてるそうですが、室町後期の様式らしく・・・再建と考えられてるそうです。

 

 

ちなみに、祖師堂と法華堂の間に四足門があります。

これも国重文です。

鎌倉時代に鎌倉の愛染堂から移築されたとされてますが、これも室町後期の特徴が色濃い建物らしいです。

 

 

祖師堂の北側に宝殿門と言う門があります。

 

 

宝殿門をくぐって、その先を進みますと聖教殿という建物があります。

ここには国宝である日蓮書跡の「立正安国論」「観心本尊抄」が保管されているそうです。

毎年11月3日に拝観することが可能とのことです。

 

 

 

国宝は見れませんでしたが、国重文がオンパレードで、なかなかのお寺でした。