【こ】越谷(こしがや) ~埼玉黄金週間② | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

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吾輩の辞書には「不毛」という文字しかない!

特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

ゴールデンウィークは宿・交通の手配がつかず・・・

埼玉県にある実家を根城に、埼玉のあちこちをチョコチョコと回ってみました。

埼玉の黄金週間(ゴールデンウィーク)・・・略してタマ〇ンウィークです。

 

 

4月29日(月・祝)、越谷方面に行ってきました。

もっとも降りた駅は越谷駅ではなく、北越谷駅になりますが・・・

 

越谷・・・

江戸時代に、日光街道・奥州街道の宿場町越ヶ谷宿として栄えた地です。

現在は越谷市という中核市で、埼玉県内5位の人口を誇っています。

今回は行ってませんが宮内庁鴨場も市内にあります。

 

 

こちらが旧日光街道の越ヶ谷宿だった場所に当たるようです。

越谷駅~北越谷駅の路線の東側にほぼ平行して走る道路の近辺がそれに当たります。

 

 

北越谷駅から旧日光街道を南に行ったところに香取神社があります。

越ヶ谷宿近くには香取神社が二社ありまして、地名をとって大沢の香取神社と呼ばれてるようです。

越ヶ谷宿は元荒川を挟んで越ヶ谷町と大沢町による合宿となっています。

ここの香取神社は大沢の方の総鎮守に当たるようです。

上の画像を見ての通り、奥殿の板壁にはさまざまな彫刻がほどこされています。 

慶応2年(1866年)の再建で、浅草山谷町 長谷川竹次良という彫刻師によるものになるそうです。

 

 

日光街道と元荒川がぶつかったところ・・・

その東に数百m行ったところに、越ヶ谷御殿跡があります。

橋が遠かったので、直接は行ってませんが・・・上の画像で、ちょうど川の向こう側が御殿跡です。

徳川家康によって慶長9年(1604年)に設けられた御殿です。

この地に御鷹場があり、鷹狩と民情視察をしていたようです。

 

 

元荒川を挟んで越ヶ谷御殿跡の逆側を川沿いに東に数百m行ったところに天嶽寺という浄土宗のお寺があります。

文明10年(1478年)創建らしいですが、戦国時代には小田原の北条氏の城砦として使用されていたそうです。

徳川家康、秀忠、家光は狩猟のたびに、このお寺を訪れていたそうです。

山門が面白い形態で、特徴的です。

 

 

天嶽寺に隣接する形で、久伊豆神社という神社があります。

参道がかなり長いです・・・。

久伊豆神社は元荒川流域を中心に分布する神社で、大国主命を祀った神社です。

越谷の久伊豆神社の創建の年代は不明ですが、平安末期から鎌倉期らしいです。

境内の池畔にはフジがあり、樹齢約200年になるそうです。

ちょうど見ごろに時期でした。

また、池畔に国学者 平田篤胤の仮寓跡があります。

ちなみに「久伊豆神社」は「ひさいずじんじゃ」と読みますが、「クイズ神社」と読む人も多く・・・

クイズ番組の祈願に来る人も多いそうです。

 

 

この日の越谷観光はこれで終了しましたが、実家に帰ってニュースを聞いてますと・・・

越谷レイクタウンでスプレー噴霧騒ぎがあったようです。

http://www.saitama-np.co.jp/news/2019/05/01/02_.html

史跡や寺社周りを中心に観光していたので、レイクタウンには寄りませんでしたが・・・

アウトレットを中心に観光していたら、巻き添えにあったかもしれません・・・。