おだわらぐらし -95ページ目

おだわらぐらし

縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

次に訪ねたのは、駿東郡(スントウグン)長泉町(ナガイズミチョウ)の「鮎壺の滝」です。(柿田川公園からは直線距離で3キロ程北、にあります。)

↑案内図。(これを見ても ここに滝がある事、ちょっと頭で絵にできませんよねー・・・?)

まず「鮎壺公園」の駐車場に車を置いて 黄瀬川の水辺を目指しました。


↑芝生広場の向こうに見えるのは 「鮎壺テラス」という 落ち口が見える川べりの休憩所。新しく清潔で 気持ちの良い場所でした。(後で寄ります)
↓広場をつっきって行くと_

↓遊具のある「子ども広場」に出ました。

↓その先から 川側、をのぞいてびっくり。

↑これは (冷えて固まった)溶岩流!

↑水が流れる川は 岩場の向こう、です。

↓まだよくわからないんだけど(脳内で滝を想像できない)、右から流れてきた水が 水路のような 幅の狭い流れ に集められてる のは見てとれます。

↓あ、で 集められた水があそこから噴き出すように落ちる、のかー!

こりゃーすごい!

(↑話横にそれますが亭主のiPhonだとこんな色に写るんですねー。羨ましいかもー)

この展望所から見られるのはここまで、だったので 少し川下に架かる橋 へ行ってみます。

橋へ向かう遊歩道からの眺め。





溶岩流は 元々はずーっと先まで流れて行ってたんだろうね? それが冷えて固まって 上を水が流れるようになって、先端から少しずつ落ちて~ 今ここまで後退した。_ ところなんでしょうね? / 因みにこの溶岩流は 1万年前の富士山の噴火が作った「三島溶岩流」、だそうです。尚、三島溶岩流の下の地層は「愛鷹(アシタカ)ローム層」という柔らかい地層で、この地層も又 滝の形成に関わっている、そうです。 (補足/愛鷹の噴火は40万年前頃に始まり10万年前頃に終わっています。)

そうそう、「鮎壺の滝」の名の由来は、遡上してきた鮎が この滝壷のためここより上流には行けず 群れていたから~ だと言います。(しかし鮎は故郷の川に帰る習性を持つ魚。産卵できない川に戻るとは考えにくいですね? 実際近年ここで鮎を見たという報告は聞かない~ そうです。。。)

遊歩道の先に吊り橋(その名も)「鮎壺のかけ橋」があります。



渡りましょう。(いや 渡るのは目的じゃありませんが)



改めて見る 鮎壺の滝。

↓動画で。


↓あ、バックに薄っすらと だけど_


↑富士山が見えます。(お天気が良ければ 滝と富士山、一緒にカメラに収められそうですね?)

いやー 思ってた以上に素晴らしい所でした。

引き返します。



「テラス」の方へ行ってみます。


↓テラスへ渡る陸橋の橋脚そばに「本宿用水」について書かれたパネルがありました。

↑へー「世界かんがい施設遺産(2023年11月登録)」になっている施設なんだー。/ 「甲州流水利方(蜘蛛巣間切)」というのを用いて 滝の上流側に取水口を設け 隧道を掘削して~1603年に完成したこの用水は「現役」だそう。 又、後の「深良(フカラ)用水(1670年完成)」の見本となった~といいますから 小田原市民としても 覚えたい事ですね。

↓陸橋からは用水の水門が見えました。

↓黄瀬川本流。

↓ここが取水口ですね?

(↑右手からの流れが左の水門を通って用水路へ流れる。

↑上の水門は余剰の水を本流に戻す役目をしているのでしょう。)

↓用水の流れを目で追う。

↑黄瀬川側。
↓陸橋の下を通って流れていく用水。

(清水町伏見のマルハン近くから 黄瀬川に戻る~らしいです。/しかし約500mも掘られた~という隧道がどこにあるのか・・・ ネット上に画像はあるのもの ⇒*  
場所はわかりませんでした。)
↓陸橋下に石碑がある。見てみます。

平成3年(1991)3月に立てられた「本宿用水隧道回収記念碑」でした。

その奥にもう一基石碑があります。これは?

↑こっちは平成11年(1999)秋に立てられた「本宿用水隧道回収完成記念碑」でした。(わずか8年後に又石碑が立てられる~ってちょっと珍しい? でもとりあえずこの新しい方の石碑により、「平成3年3月」の石碑に記された工事が 「平成二年度の第一基工事」だったらしい事がわかりました。 この石碑は「第一期工事 第二期工事 さらに 水門電動化工事」が終了した事を知らせていました。)

↓改めて_滝の落ち口側。


↑気持ちの良い水辺です。

↓テラス内の休憩スペース。


_地域にこんな素敵な施設があるって いいなあ!(羨ましい^^)


この後は、隣の裾野市にある「五竜の滝」へ行ってみました。/ つづく