おだわらぐらし -25ページ目

おだわらぐらし

縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

(つづき)

高尾山の薬王院有喜寺を目指して歩いております。

参道のところどころに お不動さんの眷属 (三十六童子)の像が立っていました。

↑波羅波羅童子
↓伊醯羅(イケイラ)童子


(↓十一丁目茶屋を過ぎて~)


↓獅子慧(シシエ)童子

↓阿婆羅底(アバラチ)童子

 ・・・
その先に面白い杉の木がありました。




「たこ杉」

↑木を守るため 注意書きが必要なのはわかりますが、ここ にこのプレートを貼るのは「やめて...」でした。(うねうねした ユニークな根の姿が 隠れて見えません。。。)
↓その先に説明板もあった。

(↑ここに立つのは持堅婆(ジケンバ)童子)

↑「市指定天然記念物 たこ杉(蛸杉)
 高さ37メートル、目通り幹囲約6メートル、樹齢およそ450年の大杉で高尾山内にある都指定の飯盛杉に次ぐ大木である。
 「蛸杉」とは、「昔参道開さくの際、盤根がわだかまって工事の邪魔になるところから伐採しようとしたら、一夜にして根が後方に曲折した」との伝説とその根が「たこの足」ににているところから呼ばれるようになったものである。
  平成24年3月31日
    八王子教育委員会 」

又行った所にお地蔵さん達。

その先に_


↑なんだコレは?
↓まさかのマリオ-達でした。

(これも参道を彩るオブジェとして奉納されたもの?まさかね?)

<*>ブロ友-みるくさんからのコメントで知りましたが、上のマリオ達は「折り紙」ですって。(みやぶれなかったー)/ しかもこの折り紙作品の奉納者は 頻繁に展示作品を入れ替えているそうで みるくさんは「行くたびに違う折紙」をご覧になっているのだそう!// 面白く思ったのでググってみたら朝日新聞のこんな記事がヒット↓
https://www.asahi.com/articles/ASR2X6VJVR2VUTIL011.html
へえええーっ_ でした。

(みるくさん、情報ありがとうございました^^)


お寺の門が見えてきました。

その手前に_

↓利車毘(リシャビ)童子

↓法挟護(ホウキョウゴ)童子


↓門の柱には山号と院号が、梁には「霊気満山」と記された板が掲げられていました。

↑横に置かれた「日本遺産」のプレートによると これは「高尾山薬王院浄心門」だそうです。

_ここからがお寺の境内、ですね?

門を潜った先に「神変堂(シンベンドウ)」という 修験道の開祖役小角(エンノオヅヌ=役行者/エンノギョウジャ)を祀るお堂がありました。


↑左に立つのは因陀羅童子、 右に立つのは大光明童子。
↓左右に座る二匹の鬼は多分 役小角の眷属「前鬼(ゼンキ-男)」と「後鬼(ゴキ-女)」。

二人は夫婦_

↑多分こっちが後鬼で ↓こっちが前鬼、でしょうね?

↓扁額の文字は「神変大菩薩」。

↑おっと、揮毫者は佐藤栄作(総理)ですって。(へー)

↓境内案内図があった。

「現在地より薬王院まで 徒歩約8分です」との事。
下の「高尾山略記」を写します_。
「一、開創
  当山は天平十六年(1200有余年前)行基菩薩が聖武天皇の勅願を奉じ東国鎮護の総祈祷寺として開山された
 一、中興
  今から600年前、俊源大徳がこれを中興し併せて飯綱大権現を祀って修験道の根本道場とした
 一、宗派
  現在は新義真言宗智山派に所属する大本山であり高尾山医王院有喜寺と称する関東三山の一つである
 一、お護摩
  お護摩の日は智慧の火であり護摩木は煩悩をあらわし、この火を通じて全てのものを清浄にし御本尊の無限の力と信ずる者の力が一体となる時「お護摩の功徳」が生ずる
 一、杉苗の奉納
  当山を信仰する人々が御本尊に祈願をこめる時、又祈願成就の御礼に奉納下さるわけで大自然林の育成に力添えすることである。
 一、坊入りについて
  遠来の御信徒、ご講中参拝団並びに一般のご信徒の方々に精進料理をご接待いたします。
   詳しくは本坊にてお尋ね下さい。
              当山 」
(ふーむ、約600年前から飯綱大権現が祀られるようになった、んですね?)


もうあとちょっと。/ 元気を出して行きましょう。

長くなったので 頁を変えますー。