_と その途中_

鬱蒼とした木立の中にある小社を訪ねました。

ここは 浅田さんの「カナガワ ポトガラヒー(真鶴編)」でも 「お林に猟師が崇める」 というタイトルで紹介されていた「山の神社(ヤマノカミ シャ)」。

一度伺わなくてはと思っていたところなんですよー。 何しろこちら、地元では 「不漁で借金をせざると得ない折、山の神に祈れば 借金と同額の鮪が網に入る」 と言われる程の 霊験あらたかな神様が祀られてるんですから。
あら、鳥居の額束(ガクツカ)部分に何か彫られています。


↑天狗の羽団扇? 八つ手の葉?/ どんなゆわれが?
ご挨拶。


祠左に記念碑が立てられていました。


↑写します「山の神社建替記念碑 / 古くから魚付保安林の守り神として漁業者が大量祈願をしてきた山の神社であるが、平成十八年一月には老朽化に加え台風による倒木で祠の屋根が破損したままであった。
この状況に心を痛めた融資が集まり本殿の建て替えが計画され、また八十余名からのご寄附滅び真鶴町の協力を得て、ここに完成となった。
平成十八年(2006)三月吉日 」
(↑左手に彫られている花は きっと町の花-ハマユウですね?)
↓おっと、記念碑は右手にもう一つありました。


↑こちらも写します。「山神社修復記念碑 / 当町の主要産業の一つである、石材採掘場として、ここでも石が切出され、また魚つき保安林として長く保存されているが、元文元年(1736)奉納の灯籠にも刻まれているとおり、商売繁盛、大漁祈願等信仰の場でもある、今面、露木勇太郎氏の遺志により、笠原律子、前田サト、高橋義雄、青き清治、青木タエ、三木隆、原小作の各氏、また、貴船神社、真鶴町漁業協同組合、貴船神社山神講、㈲青木東男石産、石芳石材店、㈱鈴木組各社の厚意と、真鶴町の了解により、本殿の修復、参道の改良、鳥居の移転等の修復ができた。
昭和五十九年(1984)七月吉日 」
(へーっ 脇の灯籠は江戸中期の物でしたかー)

山の神、_むかーしむかしから 人々の祈りを聞いてこられた神様なんですね?
ありがとうございました。/ 引き返しま2016す。


この後は改めて 半島の先っちょを目指しました。/ つづく
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2016年の記事ですが ⇒*
(↑キハダマグロが網に入る話、必聴(必読?))
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