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おだわらぐらし

縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

ちょいと白金台を歩いて参りました。

最初に訪ねたのは瑞聖禅寺(黄檗宗)

↑三田線の白金台駅を八芳園の方へ出て すぐ見える寺号標。_って 今まで何度もこの道通ってるのに この時まで気づかなかったんですよね・・・。(お寺へ行く という気持ちがあると見えるのに 気持ちがないと見えない寺号標?^^;)
↓参道の先に冠木門。

_と その手前にお地蔵様の祠。


↓扉の上に「地蔵堂」と記した板。

↑中においでになったのは ほっそり としたお地蔵様でした。(塩どけ地蔵 塩かけ地蔵 の類でしょうか?)

では門の中へ。

(_後で知る事になるのですが この門は「通用門」で、本殿に附属して「国の重要文化財」に指定されていた、のでしたー)

↑門扉の「卍くずし」の組子がいかにも黄檗宗のお寺らしいですね。
↓門の内に入ると 右手に鐘撞堂が見えました。


↑その奥に ちら と本堂が認められます。
↓脇に立てられていた石碑は 何が彫られているのか さっぱり読めませんでしたが、SF映画で登場するような不思議な文字で埋め尽くされていました。

(↑「瑞聖寺■庭築■山...」もう無理。/が、 なんと石碑名が地図に載ってました「瑞聖寺後庭築假山記碑」ですって。でも読み下し文は見つけられないなあ。全文が掲載されてる頁をご存知の方 いらしたら教えて下さいませ。)

↓こちらが本堂(大雄宝殿)。二段重ねの屋根、一階左右に丸い窓(円窓)、_黄檗宗らしい造りです。


↑上の扁額には「大雄寶殿(ダイウホウデン=本堂)」、下の扁額はすみません読めません。が多分「萬徳尊(マントクソン=釈迦)」。 (本山 万福寺の大雄宝殿も上の段に「大雄寶殿」、下の段に「萬徳尊」という扁額があるので。)
↓正面の飛び石からは本堂に伺えない造りだったので 脇へ回ります。

↓近くに立てられていた説明板。

↑「国指定重要文化財(建造物)
 瑞聖寺大雄宝殿
   通用門 一棟
   指定 平成四年八月十日
 紫雲山瑞聖寺は、江戸で最初の黄檗宗の寺院で、寛文10年(1670)から建設に着手し、翌年諸堂が完成しました。創建伽藍は享保11年(1728)と延享2年(1745)の二回の火災で大きな被害を受けましたが、文化年間(1804~18)に再び整備されました。
 大雄宝殿は黄檗宗寺院の中心的建物で、身舎(モヤ)の外側に裳階(モコシ)を廻らせ、身舎の屋根は入母屋造、本瓦葺で、寺格にふさわしい雄大な規模を持つ黄檗建築の仏殿です。棟札から宝暦7年(1757)の再建と推定され、その後、何度か修理が行われました。二重屋根の外観や細部意匠に黄檗建築の特徴を保ちながら、組物の簡略化、正面吹放(フキハナチ)部分の化粧軒裏天井、背面一間通りの吹放、内部の両脇に畳敷床を設けるなどの特徴があり、江戸市中に残された数少ない本格的仏堂建築として貴重な存在です。昭和60年(1985)から63年にかけて解体修理が行われ、仏壇回りを除いて往時の雄大な姿が再現されています。
  紫雲山 瑞聖寺 」

港区指定有形文化財
 彫刻 木造釈迦如来 及 阿難(アナン)・迦葉(カショウ)像
 瑞聖寺は、黄檗宗寺院として江戸じおいて初めて建立されたものです。開基は青木甲斐守重兼で、黄檗宗を二本に開宗した中国僧隠元(インゲン)の弟子である木庵性瑫(モクアン ショウトウ)が開山として招請され、寛文11年(1671)に落成しました。
 本尊釈迦如来坐像(寄木造)は、体部背面に金泥で記した「寛文十一辛亥(シンガイ)」の銘があり、瑞聖寺開山の時の造像であったことがわかります。また、頭部内刳(ウチグリ)麺に「音羽仏師祐運治郎兵衛(ユウウンジロベエ)」の墨書銘(ボクショメイ)があり、京仏師の作とわかります。
 両脇侍の阿難・迦葉立像(寄木造)も、釈迦如来像の一具像として、保存もよく、伝存するのは貴重です。
 中国明時代の様式を伝えた、区内における稀有の作例として貴重です。(後略)」
 
本堂前の廊下_、軒下に玉(煩悩珠/ボンノウジュ)を咥えた木製の魚(開梆/カイパン)が下がっています。

(開梆は 食事や法要の時を知らせる合図に叩かれるもの。/お寺によっては参拝客に向けての「絶対に叩かないで下さい」なんて貼紙があったりしますよね^^;)


(↑奥の方に下がる青銅の板は「雲版(ウンバン)」。こちらもやはり 鳴らし物 です。)

本堂両側にある丸い窓(円窓)。近くで観ると 思いのほかに 立体的 でした。


扉脇_右の柱聯(チュウレン)には_「碧水丹山復長生之画」、

左には 「紅輪白月虹無盡之燈」 と書かれているそうです。

いや 全然読めないんですけど_わかる字を検索窓に入れたら すぐヒットしました。(これは詩でしょうか? 宗派によっては聯にはお経が書かれていたりしますけどね・・・)

扉の前。(上の扁額は先にも打ちましたが お釈迦様 を意味する「萬徳尊」。)


(↑桃や猪の目がくりぬきになっています。)

中をのぞくと 段の上に黄金に輝くお釈迦様の座像、その両脇に弟子の阿難と迦葉の_これまた金色の立像が見えました。
更にその右には黄檗宗のお寺らしく 布袋和尚の座像もありました。(尚、こちらの布袋様は「山手七福神の一体」とか。)

本堂前を過ぎた所に 青銅製の鳴らし物_雲版が下がっていました。

↓二つの丸(庚申塔等と同じだとすると 右が日で 左が月 かな?)と飛天?

↑「寛文十一■(←多分年の異体字/1634年)辛㐪(←亥の異体字)正月吉旦」
↓反対側も見てみましょう。/あ、こっちが表ですね?

↑「武蔵州紫雲山瑞聖禅寺」に続いて_
「住持木菴」とあります。木菴さんは万福寺二代住職にしてこのお寺の開山者。最後の二文字は読めないのだけどもし「瑫置」だとしたら_瑫は開山者「木菴性瑫(モクアンショウトウ)」のお名前で ご住職本人が「私が置きました」という意味で~ ともとれる? (これからお寺で鳴らし物を見たら 記されている文字もよっく見ようと思います。)

本堂裏へ回ると_


↓小ぶりの建屋がありました。

「開山堂」だそうですが、

↑葵の御紋の幕が張られています。徳川家と繋がりが?(江戸時代は将軍家の庇護を受けていたそうですから もしかしたらそこから_かも?)

表へもどり、モダンな「庫裏」部分を拝見。


因みにこちらは かの 隈研吾さん が手掛けられた事で有名_なんだそうです。(へー。2018年に出来ていたそうだからもう7年も前・・・)
庭部分には水が張られ 枝垂れ桜も「島」にあるように見えます。


張り出しは なんだか舞台のよう。


~と これで拝観を終えて 帰ってしまったんですから~ギター 残念!

土曜日(11/1)に『アド街』で この庫裏前から本堂を見ると水鏡に映って素敵~ と知りました。/ 皆様、瑞聖寺にいらしたら 「逆さ本堂」を見るのをお忘れなく。
(撮影したのは10/24)

「ありがとうございました」

退出します。

(来た時とは別のルートを通り、 下の山門を拝見します。)


脇に咲いてた芙蓉。



↑門を潜り~
↓振り返ったところ。


↑門の上の扁額には寺号、聯には_門梱禮(?)時無出入 ~~~(読めません^^;)」。
↓通りから改めて見た山門。


ほぉぅー 良いお寺でしたー。

(この後は明治学院大学へ行ってみたのですが その話は頁を変えまして_)