
昭和5年(1930)に「富士紡豊門青年学校」として建設されたという建屋。_瀟洒で 凛 としていますね。

現在は一階がカフェ、二階が資料館になっています。

入口前にカフェのメニューがありました。

入館します。

(↑右の壁に 登録有形文化財のブロンズのパネル。)
左手にカフェ入口。

先に二階の資料館を見ましょう。
一階へは靴のまま入れます。が、二階は土足厳禁だったので、まず 靴を脱いでスリッパに履き替えました。

↓二階へ上がる階段。木製です。(これは靴は脱ぎませんと、ね?)



↓踊り場にあった 和田豊治(ワダトヨジ)氏(←富士紡小山工場の経営立て直しに尽力した方。先に見た「豊門会館」はこの方の向島にあった別宅)の肖像画。

二階に到着。

↓窓から南を見たところ。/正面に噴水が見えます。(水は出ていませんが)/ 後で知りましたが、あの噴水も「登録有形文化財」になっているんですって。

(そういえば ブロ友さんの頁では 噴水から水が出ていましたっけー。/ 冬はお休み、なのかな?)
では展示を見ていきましょう。
↓まず壁に「小山町と富士紡績」とい書かれたパネル。(展示のテーマですね)


↑「北駿の一寒村であった小山に、富士紡績という今まで見たこともない巨大な工場がやってきたことによって、地域社会は一変した。/そして工場と地域社会は、さまざまな軋轢・摩擦を生じさせながら、同時に互いになくてはならない共生の関係を形成していったのであった。」 なんだか壮大なドラマの 幕開~ みたいな序。
どうなる小山町 どうする富士紡績???

「富士紡 生るゝ頃」



↑「一 巨大工場が来た!急に大きくなる町」、「二 洪水 伝染病 犯罪」、
↓「三 振り回される農民」、「四 役場も大変だった」、

パネルの見出しを見るだけでも「へー」「ほー」でした。

↓明治41年の開業式における来賓案内等々の計画書。

↑今豊門公園がある「落合」地区(須川と野沢川の間)には まだ何も書かれていませんね?
今では この小山町に かつて広大な敷地面積を持つ紡績工場があった事を偲ぶ事ができるものは ほとんど残されていないようです。/ 「豊門公園」として保存されているこの敷地にある 豊門会館 西洋館 は 数少ない(それゆえ大切な)よすが の様な物かも。


(↑森村橋は豊門公園からは直線距離で500m程離れた所にあるのですが、園内の ・西洋館 ・噴水 ・豊門会館和館・洋館 ・和田君遺悳塔 ・正門 同様「国の登録有形文化財」に指定されている、そうです。 _ 見てないんですけどね。 / 見てないといえば_ 指定文化財の「正門」は 私達が見た 駐車場そばの門とは 別! だったのでした。 という訳で 私達 正門 も見てないんですよね・・・ 残念><; ↓という訳で せめて とストリートビューからもらった絵を貼ります。)

- - - - -
では一階に戻って_


(↑吹き抜けの階段。/左の狭い階段は三階へ上がるもの。 上がり口にはチェーンが掛かっていましたが_)

カフェへ。




(↑南のテラス近くにグランドピアノが置かれていました。/他のお客さんがいらっしゃらない時は弾いてよい、との事でした。)
↓テラス。


(↑反対側にも席がありましたが そちらにはお客様がいらっしゃったのでカメラを向けてません。)
実は (結構_失礼)お客様が入ってました。そういう訳で室内では写真をあまり撮りませんでした。 / このエリアでは頼られてるカフェ、みたいですね?
席についてメニューを見る。


↑コーヒー、キャラメルチーズケーキパフェ、ヘーゼルナッツラテを注文。
どれも ちゃ~んと美味しかったです。(なるほど、人気な訳だ。)
ご馳走様でした。

_おしまい。