大磯迎賓館(旧木下家別邸)見学 | おだわらぐらし

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エリザベス・サンダース・ホーム 「澤田美喜記念館」見学に続いては、 「大磯迎賓館」(←大正元年に建てられた 四谷の貿易商・木下建平氏の別邸)の見学会(予約制)へ参りました。

そうそう、この場所は元々丘陵地帯 でしたが、大磯駅から大磯海岸へ下りる道が無くては不便(←国鉄には元々大磯に駅を作る計画はありませんでした。が大磯に「日本初」の海水浴場を作った松本順らが 駅の必要性を説いて 1887年の開業にこぎつけています)、と 切通しの道がつけられたそうです。/ 木下家の洋館はその 道と道の間の「三角の土地」に建てられたので 地元では「三角屋敷」と呼ばれたそうです。(~というのは この後の見学会で教わった話ー。)


(↑木下邸のすぐ下は大蓮寺です。)

↓「登録有形文化財」と「景観重要建造物」の指定を受けている事を知らせるパネル。


↑説明文を写します。
「正面の洋館は旧木下家別邸と呼ばれ、切妻造スレートぶきで左右の屋根上にドーマー窓(屋根窓)、各室にベイウインドウ(出窓)を設けているのが特徴です。大正元年に建築され、工法はいわゆるツーバイフォー工法で、国内最古の部類となる建築遺構でもあり、平成24年2月23日に国登録有形文化財に登録されています。
 緑豊かな土地に周辺環境と調和した風格のある佇まいは、神官と石垣を携えた敷地と一体となって、大磯の別邸文化を現代に伝える景観を形成しています。」

門を通ります。


↑これはレストランとしての「大磯迎賓館」の案内、かな?(それにしては閉店時間が書かれていませんが_)

↓右手に文字を切り出しにしたメタルのオブジェ。


↑「The 1st 2X4 house Japan」
これも後でガイドさんから教わった事ですが、この家は デザインも工法も「洋風」ですが、意外にも(?)設計は小笹三郎という アメリカ帰りの日本人(アメリカにも小笹氏が建てた建物が残っているそう)、木材もその加工も 日本で行われており、この家は 「現存する日本最古の国産材ツーバイフォー(2x4)工法住宅」 なのだそうです。(オブジェはそれを来館者知らせるためのものなのでしょうね?)

まずは外観を鑑賞。

↓ツーバイフォー(2X4)は、骨組みとなる柱を立てず 「面」で構成していく建築方法だそうで、(積み木のように?)一階を造り 二階を造り 最後に屋根を載せる のだそうです。(つまり「通し柱」が無い) 外壁の板も 下から順に張って行く のですって。


通し柱が無い と聞くと 何となく地震に弱いのでは?と気になりますが 意外にも(?)この家は頑丈で あの関東大震災でも崩れなかったそうです。(神戸や東北の震災でも2X4の家は多くが倒壊を免れており、その耐震性は高く評価されているのだそうです。へー)


↑ベイウインドウ部分。
↓入口。洋風に 扉は内開き、になっています。

_が、意外にも建てられた当初 館内は「畳敷き」だったそうです^^)))

↓壁面を見ます。複雑な作りのようで 通し柱無し の2X4では逆に「事もなく」作れるのだそう・・・。


(↑あの 積み木で上に載っけた~ っぽい2Fの張り出し箇所も チョチョイノチョイ?)

↓見学会の開始時間になったので館中へ。


↓受付後 案内されたのは

二階の南の角の部屋でした。

↓海側の窓ガラスはアールデコ風ステンドグラス調でしたが、これがいつの時代に取り付けられたものかは不明、との事。(一時レストランだったりしたので その時に入れられたものである可能性もあるらしい。)
↓しかし 窓部分はオリジナルの可能性が高い、そうです。



窓は「上げ下げ型」(シングルハング)。

↑クレセント(三日月形)錠もオリジナルかな?
↓壁側には大きな鏡。

↓アールデコ調の照明。(オリジナルかどうかは不明との事)


↑シーリングメダリオン(鏝絵)にアカンサスのリーフ&スクロール(渦巻き)の模様。(保存が良すぎてこれがオリジナルかどうかは 疑いを持ってしまうところですが、アカンサスの意匠自体は古いドアノブなど あちこちに残っているそうなので、もし 後の修復の手によるものだとしても 元の雰囲気を残すための事と思ってよさそうですね?)/ 渦巻き模様部分に隙間がありますが これは「換気口」の役目をしているそうです。

↓アールヌーボー調の帽子掛け。


これはレストラン時代に持ち込まれた物かな?(「アールヌーボー調」「帽子掛け」で検索したら通販サイトで同じ商品がヒットしましたので。/でも雰囲気は部屋にマッチしてますね?)

この部屋では ガイドさんから資料を見せて頂きながら この家についての詳しいお話を伺いました。



(↑説明を受けた部屋は右頁の「洋室F」です。)

↓頂いた冊子には この家を建てた 小笹三郎氏が 1910年にアメリカはワシントン州シアトルの日本人町の中に建てた「パナマ・ホテル」も載っていました。(日本人には嬉しい 「銭湯」つき!)

このホテルにまつわる「物語」が又 深くて_...。

(戦時中「敵性国民」として日系人が強制収容所へ収監されている間 このホテルの地下銭湯は日系人の「荷物預り所」となっていたそうです。残念ながら戦後になっても受取手の現れなかった荷物は 今もここに残されている、のだとか_)

説明を聞いた後は、二階の他の部屋も見て回りました。

(↑手前のドアが洋室Fのドア、その奥が階段、も一つ奥が洋室Eのドア。廊下の先はバルコニーです。)

洋室E。(式場として使う時は ブライズルーム、だそう。)

↓照明。

↓ドアノブ。アカンサスの意匠が用いられた角座が素敵~。


洋室Eの向かいの 洋室D(式場として使う時は 親族控室)



↓サンルームへ。


(現在眼下に見える 新館_レストラン棟の屋根は 当時はありませんでした。)


↑本館と新館を繋ぐ屋根付き廊下を上から見ています。

↑さざんか通り側 ↓県道610号線側。


↑一見何の変哲もない球形の照明ですが 実は高さが自在に変えられるんです!(ガイドさんがやって見せてくれましたが 面白かった^^)

(一階と三階は見学コースに含まれておりませんでした。)

↓一階の壁に掛けられていた写真。(大磯にかつてあった名士達の邸宅や別邸)

↓邸宅・別宅のマップ。

大磯には昔 華やかな社交文化があったのでしょうねー。


見学に続いては レストラン棟でお昼を頂きました。